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創立74年の協励会五代目会長の佐野 智さんに聞く
『到来した健康寿命延伸時代への実践』

国民の健康づくりへ“不易流行”に“奉仕の心”を添えて
地域密着型の健康サポート薬局を目指したい



国民の健康寿命延伸ニーズに対応し地域密着型の健康サポート薬局づくりを目指す創立74年の協励会(日本薬局協励会)が、6月10・11の両日、『協励の心 一を以て之を貫く〜地域で信頼される薬局であるために〜』をテーマに、法相宗大本山薬師寺長老の山田法胤師(法相宗別格本山喜光寺住職)の特別講演と、差別化商品の販売事例を披露しあう全国大会を開催する。そこで大会を前にして、「これからも、より一層研鑽に励み国民の健康づくりへ“不易流行”に“奉仕の心”を添えて、健康寿命延伸に貢献する地域密着型の健康サポート薬局を目指したい」と語る同会五代目会長の佐野 智さんに、協励会の今、そして高齢者人口の増大に伴い高まる国民のヘルスケアニーズに、どう対応していくのか。『到来した健康寿命延伸時代への実践』を語っていただいた。

(インタビューと文◎流通ジャーナリスト・山本武道)


創立74年後の今も地域住民に寄り添い健康創造をサポート


協励会。1938年、東京に誕生した松香雄二さん主宰の自家製剤研究会が前身。1948年9月、伊豆の大仁で開催された準備委員会の翌年の1949年2月に行われた全国代表者会議が実質上の創立になる。歴代会長の初代は佐々浪正典さん(佐々浪ファーマシー)。1952年に就任して以来、実に40年の長きにわたり活躍された。

二代目に白木太一郎さん(薬局白十字)、三代目は前納秀夫さん(マエノ薬局)、四代目は小田美良さん(小田薬局)、そして現会長の佐野 智さん(薬局白十字)は、2022年6月に就任した五代目会長だ。

創立74年後の今、会員は全国に2,514店舗。会員店が、国民の健康創造をサポートし信頼されている背景には、日々、研鑽していること。グループ会を通じ、悩みや成功事例を披露しあうことによって、地域住民に寄り添ってきたこと。そして常に会員薬局に提供される商品はグループ以外の薬局が取り扱うことのできない、会員限定の差別化商品の存在があった。


ーー4年ぶりのリアル開催になる全国大会は、1950年4月の第1回から数えて今年で第74回目。
大会のテーマに、『協励の心 一を以て之を貫く〜地域で信頼される薬局であるために〜』を掲げています。


日本薬局協励会・佐野 智 会長

佐野会長 「一を以て之を貫く(いちをもってこれを貫く)とは、一貫して変わらずに道を進むこと。柔軟な心と謙虚な態度を持ち、頑固一徹でなく調和を図る気持ちがあってこそ、一つのことを貫くことができるという意味があります。協励会では、同じ考えを持った人たちが集い、全国大会を開催してきました。第74回大会の会長として、私自身が何を会員の諸先生にお伝えしたいかですが、“最大よりも最良の薬局たらん”という基本理念に基づき、歴代会長の“心”を改めて辿りながら、佐野色を出していけたらと思っております。

幸いコロナ禍も薄れてきましたし、これまで“温故知新”を通じ基本が大切なことを学びましたが、さらに多様化する時代にあって、“不易流行”が不可欠なことを呼びかけたいと考えています。この4文字は、『いつまでも変わらない本質的なものを大事にしつつ、新しい変化も取り入れること』を意味します。

つまり、いつまでも変わらない本質的なものとは、『旧きをたずねて新しきを知る温故知新』に、さらに新しい道理や知識を見出して自分のものにすることですが、大会では、選定品を用いた症例報告、選定品ベスト3の販売事例を中心とした混協を用意しましたし、そして特別講演の講師には“日本の心”を全国で話されておられる法相宗大本山薬師寺長老の山田法胤師をお迎えして、『かたよらないこころ』と題してご講演いただきます。

このテーマは協励会の原点でもあり、歴代会長に受け継がれてきましたが、これからも私たちは、“不易流行”に“奉仕の心”を添えて国民の健康維持・増進に取り組み、健康寿命延伸に寄与すべく地域密着型の健康サポート薬局を目指していかなければなりません。全国大会で、会員の諸先生と笑顔でお会いできることを願っております」


ーーコロナ禍の3年間は会員薬局にとっては来店客数が減り、しかも処方箋調剤部門にも影響を与えたようですが…。


佐野会長 「確かに、この3年間に及ぶコロナ禍の中で、地域に根ざした相談型薬局として、コロナに感染しない予防法や、外出先からコロナを持ち込まないこと。そのためにはどうするか。もしも感染したらどうするか。コロナに感染しない体づくりのこと等々・・・地域住民の方々から相談を受けるケースがたくさんありました。

このようなことは、即売上げに結びつくことではありませんが、協励会の会員諸先生は“奉仕の心”で接し、健康体を取り戻すための方法をしっかりと提案し、お客さまとともに辛かったコロナ禍を乗り越え、会員薬局も少しずつ3年前の状態に取り戻しています。地域密着型薬局として日々、研鑽を積み店頭で来店客に接してきた協励会の真価を受け止めていただける時代が到来したといえるでしょう。

高齢者人口の増大に伴い健康寿命延伸へ様々な取り組みを実践し、激化する医薬小売業界にあって高まる地域住民の健康ニーズに対応していかねばなりません。コロナ禍は私たちに多くの教訓を与えてくれましたし、そのためにも国民の健康づくりへ貢献し地域で信頼される薬局でありたいと思っております」


ーー3,050の会員が地域で活躍されていますが、店頭で来店客の悩みを聞き、“モノに心”“心にはモノ”、そしてカウンセリング商品を添え“健康づくり”に寄与してきた協励会へ、新しいお仲間が参加されていますが…。


佐野会長 「協励会の会員薬局は、過去も現在も、これからも地域になくてはならない存在として医療機関や住民からのニーズに応えなければなりませんが、24時間、365日の無休営業、在宅医療・介護分野では通常の訪問活動に加えて高カロリー輸液を調整するクリーンベンチや無菌調剤室の設置などについては、ヒト・モノ・カネも含めて、すべての機能の実践は個人の薬局では対応することは難しい局面もあります。

地域密着型薬局を目指し地域住民からのニーズに対応するためにも、われわれだけでなくドラッグストアの方々と手を携えて地域住民の健康を支えていく必要があります。夜中の突然の発熱の場合、医療機関が空いていない、協励会会員薬局も店を閉じていれば、深夜営業をされているドラッグストア店頭が、セルフメディケーションの最前線になります。

さらに協励会グループには、調剤薬局の方々の参加も目立ってきています。もちろん処方箋調剤主力型薬局の方々にとって調剤は重要な業務の一つではありますが、保険医療財政の中で生きてゆこうとすれば、どうしても先細りになってしまうことに不安感を抱いている方が増えてきているように思います。

競合が目立つ中、かつて“数は力なり”としてドラッグストアや調剤薬局にも入会をお誘いしたこともありましたが、ほとんど反応はありませんでした。しかし将来を見据えるならば、協励会が持っているノウハウを学び、将来の発展に結びつく武器(利益商品とカウンセリング)を確保できることを認識された方々が入会されるケースが増えてきました。


ーー薬剤師業務は処方箋調剤もさることながら国民のセルフメディケーション・ニーズの武器としてOTCの推奨販売も欠かせません。


佐野会長 「協励会への入会メリットの一つは、何でも話し合える仲間が大勢できること、二つ目に医薬品小売業界の情報がいち早く正確に入手できること、三つ目は特色ある選定品(専売品)の研究・研修により販売ができることにありますから、これからは競合から、地域住民の“健康サポート役”として、互いに必要とする部分を補い共生していくことが重要になってきています。

医薬分業は今や80%に手が届くまでになり、オンラインによる服薬指導、電子処方箋をはじめ薬局のDX化が進められていますが、どんなにデジタル化が進もうとも、そこにはヒトが関与し“心”を添える必要があります。確かに薬剤師にとって処方箋の調剤業務も大切ではありますが、同時に国民のセルフメディケーション(自己治療)の重要な武器の一つであるOTCの推奨販売機能も欠かせません。

当店で行う薬学生の実習では、「これからの時代にあって医療機関にゆくまでもない症状ならば薬局で相談をしていただくケースが増え、OTCが重要になってくる。だから研鑽してOTCも売れる薬剤師になりなさい」と話しています。ぜひ薬科大学には、“相談薬局“という科目を設けていただきたい。

薬科大学を卒業し薬剤師試験に合格したら、親の店舗を継承することもあるでしょうし、自身が地域を支えてゆくという強い決意を持ち薬局を開局することもあるでしょう。健康に不安を持つ地域住民が、『あの店に行こう』と思ってもらえる店づくりに力を注いで欲しいですね」


<取材を終えて>


筆者の山本武道

協励会の取材は、新聞社に勤務した1969年の翌年に始まった。「医薬分業は遅々として進んでいないが、必ず医師は診療、薬は薬剤師がそれぞれを担う日が到来する。そのために薬剤師はいざという時に備えて、調剤室を遊休化せずに活用しておくべきであり、そのことを実践しているグループを取材しなさい」―当時、勤務した新聞社の編集長から指示されたからだ。

私自身、営業として採用されたものの、会社が休みになると薬局の取材にばかり専念していたから、営業部では落第生だった。むろん書いた駆け出し時代の原稿は掲載されることはなかったが、訪問先は協励会の会員薬局が多く、当時から会員薬局の差別化商品は薬局製剤であり、この薬局製剤の研究会こそが、協励会誕生のルーツだったのだ。

そのうち全国大会も取材するようになり、中でも数人のグループに分けて行われる混協(混合協励会)は、会員薬局が悩みを打ち明け、専売商品(日邦薬品工業)の推奨販売の成果を紹介するなど、日々発生する店頭でのストーリーを聞くことができる楽しいひと時でもあり、多くの会員薬局と出会う場でもあり、私の記者生活に多大な影響を与えてくれた。

初代会長の佐々浪正典さんの自叙伝『我が薬業人生』も手がけることもできた。連載は、1984年6月に開催された第35回目の全国大会を目指して始まった。連載は、当時所属していた新聞社で毎週1回、35回にわたり掲載された。それから39年が経過した今、第74回全国大会を取材する機会を得た。毎回そうだが、今回も会場で当時のことが“走馬灯”の如く、蘇ってくるに違いない。