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【連載】「ラカント」で紡ぐwell beingの輪〜仲間と培った想いを社会に還元


第6回 スポーツアドバイザー 萩原 智子さん


――現在は各種スポーツ団体の理事や東京都教育委員会の委員なども務め、社会貢献活動にも積極的に関わる萩原さんですが、そもそも水泳を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

小学2年の頃、白浜の海で溺れかけた私を(溺れているとは知らず)父親が笑って「泳いでいて嬉しかった!」と言われたことが悔しくて、「親をびっくりさせるくらい泳げるようになりたい」と水泳を始めました。そこから数えて2012年に引退するまでの23年間、人生の約半分は泳いでいたことになります。選手時代に得た経験、仲間たちと培ってきた想いを社会に還元したいと考えながら、活動の幅を広げてきました。

萩原智子さん選手時代のプロフィール:
中学3年で日本ジュニアのメンバーに選出。200m背泳ぎで中学新、高校3年間は3連覇と向かうところ敵なし。シドニー五輪はメダルに一歩及ばなかったが、2002年の日本選手権で史上初の4冠(100m、200m自由型、200m背泳ぎ、200m個人メドレー)、同年のパンパシフィック水泳選手権で200m個人メドレーで金メダル獲得。アテネ五輪選考に漏れ2004年に一時引退したが2009年に復帰。2011年に子宮内膜症を発症。手術・リハビリを経て2012年に日本短水路選手権50m自由形で日本新を叩き出す。同年開催のロンドン五輪を目指すも届かず2度目の引退を決断


――選手時代で得たものとは何でしょうか。

多くのアスリートは4年に1度のオリンピックを目指してトレーニングを行います。4年という周期の中で、どの大会でどういう結果を出すか、それに合わせてどういうトレーニングを組み立てていくのかを、綿密に計画し実行していく必要があります。選手人生でそれを経験したことで、自身をコントロールする力がついたと感じます。この経験は、引退してから今日まで、何かしらの行動を起こす場面で役立っています。


――メンタルの管理も難しかったのでしょうね。

長い選手生活の中で、辛いこと、悔しく、情けなく思うことは山ほどありました。2000年のシドニー五輪で4位に終わった時などは、「私は弱い人間だ」と落ち込みもしました。それでも競技を続けてこられたのは、指導者や競泳仲間、家族が支えてくれたからです。

アトランタ五輪の選考会に落選した高校1年の頃、口先で「(五輪に)行きたかった」とうそぶく私を見かねた指導者から、「大切なのは、ここからの人生だ」と言われ、2人で話し込んだことがあります。思春期というのもあり、想いをうまく伝えられない私にその指導者は、「自分をさらけ出して良いんだよ」「弱音を吐けたほうが強くなれるんだよ」と諭してくれました。

その言葉によって、今までの自分が体と心をコントロールできていなかったこと、コントロールできないために万全な準備ができず、「弱い」という言葉で片付けていたことに気づきました。また、抱えていた悩みも、自分で解決できることとできないことがある。背負いきれない悩みは周りに助けを求めても良いのだ、という心持ちに変わりました。


――2011年の日本短水路選手権に出場した2ヶ月後に、子宮内膜症の発症を公表しています。

以前から月経痛に悩んでいましたが、周りから「痛み止め薬を飲んでおけば大丈夫」と言われ、気にすることなく、病院にも行きませんでした。やがて大量の寝汗や胃痛、排便痛など、あちこちに支障が出るようになり、検査を受けた内科の先生から「紹介状を書くのですぐに婦人科を受診してください」と告げられました。

周りからは、「もっと早く受診すればよかったのに」と言われましたが、女性の社会進出が進む今と違い、当時は婦人科系疾患に理解が進んでおらず、情報も少なかった。複数の病院を巡った末に信頼できる先生と巡り合い、その方の治療提案の中から手術を選択しました。


――リバビリを経て2度目の競技復帰を果たされました。

30歳を超えて、出産と子育ての願望もあったので、初めは「水泳をやっている場合ではない」と考えました。ただ、手術で7cmの大きさの嚢胞を切除した際に、先生から「錘(おもり)が取れたからもっと早く泳げるよ!」と冗談を言われ、久々に笑いました。そして、「手術して2、3年は妊娠を前向きに考えらえる状況になっているから安心してね」と言われ、気持ちが軽くなったのを覚えています。また、歩くのもしんどいリバビリ中に、家族から「いつから泳ぐの?」と言われたり…。周りのポジティブな言葉が、病気を克服し復活する力となりました。


――術後に体を労る習慣などできましたか?

「水を飲め」「体を冷やすな」など、様々な方にたくさんのアドバイスを頂き、その中から、自分自身に合ったものをチョイスして実践しました。現在も時間に余裕のある時は「半身浴」で体を温めるようにしています。


――食生活も変わりました?

競技を始めた頃は、母親が懸命にメニューを研究してくれ、旬の素材を用いたアスリートご飯を作ってくれました。当時の私は線が細く筋肉も増えにく、指導者にも「食べることもトレーニングだ」と言われていたので、学生時代は1日7食を日課にして、お弁当以外に大量のおにぎりや果物ををバックに入れて通学していましたね(笑)。

2度目の復帰時、私は30歳。年齢に相応しいメニューをトレーナーさんや管理栄養士さんとも相談して決めていました。特に気をつけていたのが赤黄青=信号の色の素材を取り入れること。彩を増やすことで食欲が増し、栄養のバランスも良いと教えられました。また夜は内臓に負担がかからないよう、鶏肉や豚肉を蒸す・茹でるなどの調理法を取り入れ、脂を減らしたり、大豆由来のたんぱく質を多めに摂ることを心がけました。信号の色を取り入れた食事法は、引退した今でも気をつけています。


――サラヤとはどのような形で出会ったのですか?

1度目の引退後、雑誌「スイム」が発刊する冊子に協賛してもらったのが最初です。冊子の中に洗髪に関する企画があり、サラヤさんはココナッツ由来の「ココパーム南国スパシャンプー&トリートメント」を紹介していました。その後も関係は続き、2度目の引退後に、水泳の普及・強化と教育、社会貢献や地域活性化を目的に主催する「萩原智子杯」の3大会に毎年ご協賛を賜り、現在に至ります。

「萩原智子杯」は山梨・福島・愛知で開催されている(画像は山梨の大会)

「萩原智子杯」の情報が掲載される「ハギトモスマイルプロジェクト」サイト:https://hagitomo.com


――サラヤに対する印象をお聞かせください。

サラヤ協賛のポスターを掲げる萩原さん

「ヤシノミ」シリーズは植物性で無添加・無着色で体に優しいだけでなく、原料生産地のボルネオ島の環境保全活動を行うなど、地球に優しい製品です。近年の同社は海洋保全にも乗り出し、海岸に漂流するプラスチックごみの削減や海洋資源の持続的活用を啓発する「対馬プロジェクト」(https://www.blueocean-initiative.or.jp/tsushima/)を推進されています。

一方で私は、アスリートによる社会貢献活動を後押しするHEROsのメンバーとして、「萩原智子杯」の中で「脱使い捨てプラスチック」の活動を展開してきました。自然を守りながら持続可能なビジネスを追求されているサラヤさんの姿勢に賛同するとともに、「脱使い捨てプラスチック」の先を行く本質的な活動は大きな学びとなっています。


――「ラカントS」も愛用しているのですか?

サラヤさんから紹介された当初は、糖尿病予備軍の父の食事にぴったりだと思い薦めてきましたが、私も引退後の体型管理の一助として積極的に活用しています。ジャムや梅シロップなど、大量の砂糖が必要としていたメニューは「ラカントS」に置き換えて作っていますし、煮物や卵焼きなどの甘味付けとしても重宝しています。

「ペンギンゆうゆ」の表紙


――2024年に絵本「ペンギンゆうゆ」(文芸社)を発刊しています。その経緯、伝えたい内容を教えてください。

小さい頃から「絵本を出したい」という想いがあり、構想を書き留めていました。そんなある日、文芸社の「絵本大賞」の募集広告を眺めていると、下校してきた子供に「ママの夢は何?」と聞かれたのです。これまで自分の想いを口にしてこなかったことを省みて一念発起、応募を決断しました。残念ながら入賞は逃しましたが、後日出版社から連絡があり発刊していただいたという訳です。

内容は水泳大会に挑むペンギンの「ゆうゆ」が、様々な出会いを通じて成長していく物語で、最終的に「本当の優しさ」「本当の強さ」とは何かを伝えています。失敗しても、それを受け止めてくれる環境があることを知ってほしい…。ほぼ自分の体験がベースですね。   


――次回作の予定は? 

物語の構想は頭の中にありますので、いずれ形にできれば良いですね。


――Hoitto!はドラッグストア関係の閲覧者も多いのですが、ドラッグストアの活用法や、ドラッグストアに期待することを教えてください。

薬に化粧品に洗剤など、家にある日用品はほぼドラッグストアで揃えているのではないでしょうか。最近は処方箋データを送って、時間が来たらすぐに受け取れる仕組みもあり便利でありがたいお店という印象です。

アスリートの視点から、薬とドーピング問題は密接な関係にあり、スポーツファーマシストの資格を持つ薬剤師さんがドーピングから選手を守ってくれています。将来的に、スポーツファーマシストが全国津々浦々のドラッグストアに人材配置されれば嬉しいですね。


――最後に、2028年のロス五輪に挑む日本競泳陣の状態を教えてください。

2021年の東京五輪、その後のパリ五輪を経て、「最近、競泳は元気がないね」と言われる時期もありましたが、その後組織体制が大きく変わり、昨年あたりから次世代の若手が台頭してきました。

昨年の世界選手権では複数メダルも獲得し、今年に入ってからは男子100 m平泳ぎで大橋信選手が8年ぶり、女子800m自由形で梶本一花選手が22年ぶりに日本記録を更新しています。先日の日本選手権では、ベテランの鈴木聡美選手が女子平泳ぎで3冠、50 m平泳ぎでは9連覇という偉業を達成しており、若手とベテランが良い形で融合しているのも好材料です。

9、10月にはアジア最大のイベント「アジア競技大会」「アジアパラ競技会」が日本(愛知・一部東京)で開催されます。Hoitto!の読者の皆様も是非応援してくださいね! 


第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)公式サイト(https://aquatics.or.jp/tournament/57921/


――私も応援します!本日はありがとうございました!

萩原智子さんの2014年以降の主なプロフィール:
2014年 一般社団法人日本知的障害者水泳連盟理事就任/2015年 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員就任/2019年 公益財団法人日本体操協会改革推進担当理事就任/2021年 東京オリ・パラの両大会を解説、初の女性解説者に/2022年 一般社団法人日本知的障害者水泳連盟副会長就任/2023年 公益財団法人日本スポーツ協会日本スポーツ少年団副本部長、一般社団法人上月財団理事、東京都教育委員会委員就任