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毎回サラヤにゆかりのある方を紹介している連載企画「ラカントで紡ぐウェルビーイングの輪」。今回はモデルでSRI.RAMANA RITA YOGUE ディレクター兼イラストレーターの太田明花(おおたはるか)さんをお招きした。太田さんはサラヤがボルネオで行う環境保全プロジェクトのツアーに参画してから、ずっとサラヤの“ファン”を公言しており、ヨガの精神とサラヤの理念を重ね合わせ、受け取った恩恵を世の中に返す活動を展開している。彼女のヨガへの想いとサラヤ愛を、前後編に渡りお届けする。(取材と文=八島 充)
――ヨガと出会う前からモデル業に携わっていたのですか?
モデルに憧れたのは13歳の頃。手に取った海外版「vogue」を見て、当時TOPモデルだったリンダ・エヴァン・ジェリスタや、クリスティー・ターリントンのような表現者になりたいと思ったのが最初です。2002年から本格的にモデル活動を始め、25〜26歳までは「表現力を極めたい」「モデルとして成功したい」と、がむしゃらに仕事をしてきました。
私には、幼い頃に川崎病を患った妹がいます。その後もアトピーなど体調の不安が続いていたことから、「お肉は消化に負担がかかることもあるらしい」と母が食生活を見直したことをきっかけに、我が家の食卓からお肉がなくなりました。魚は食べていたので、今でいうペスカタリアンのような食生活です。

そんな中、ファストフードのCMオーディションに参加し、10年ぶりにお肉を口にしました。撮影用で冷たくパサパサになったお肉を「おいしい」と言って食べ、結果的にオーディションには合格しました。しかし、その瞬間、ふと「こんなの嘘じゃないか」と我に返ったのです。
モデルとしてさまざまな商品に携わる中で、「この商品を本当に人に勧められるだろうか」「自分に子どもが生まれたら選ぶだろうか」と考えるようになりました。体や暮らしについて学ぶほど、自分が本当に大切にしたい価値観と仕事との間に少しずつズレを感じるようになり、その違和感は次第に大きくなっていきました。そして、自分の気持ちに正直でありたいと思い、モデルの仕事を辞める決断をしました。
生業としてきたモデルの肩書を捨て、何者でもない自分には不安だけが残りました。ストレスのせいか、顔や手に発疹が出るようになり、自分の声や心を無視して生きるとこうなるのかと、実感しました。そんなときに、神奈川県藤沢市にある、ほうとう屋の「へっころ谷」と出会い、そこででバイトを始めました。これが後に、大きな転機となります。
――バイト生活を経てヨガと出会うまでをお聞かせください。
「へっころ谷」は「地産地消」を大切にしているお店で、自ら野菜を育て、味噌や納豆も自作していました。とにかく美味しく、体に活力をもたらす料理に感動し、働かせていただくことになりました。バイト生活は唯一の癒しとなり、仕事を通じ自分を取り戻すための学びの場にもなりました。
その頃の趣味の1つが「茜染め(あかねぞめ)」でした。「茜染め」は日本でも古来から親しまれてきた草木染の一種です。赤く染まった色は「お腹の中の赤ちゃんが見ている色」とされ、リラックス効果があり、原料となる茜の根は、体を温めたり、血をきれいにすると伝えられています。日本の茜はとても貴重なので、私はインド茜を用いて肌着や小物を染めて楽しんでいました。
女性を元気にする茜染の下着を作りたいと思い立ち、シルクの下着ブランドの展示会を尋ねました。手作りの味噌を手土産に挨拶をしたその先で、日本初のヨガ専門誌「Yogini(ヨギーニ)※」のカメラマンである小澤義人さんと出会いました。
※現在は「The yogis magazine(ザ ヨギス マガジン)」として年4回発行

後日、小澤さんがYoginiの橋村編集長とヘアメイクの方を連れて「へっころ谷」を訪ねてきました。橋村さんから、「ほうとうの麺は柔らかいですか? ちなみに(太田さんの)体は柔らかいですか?」など冗談めいた質問を受けましたが、それが抜き打ちのオーディションでした。
翌日に橋村さんから長いメールが届きました。「3人であなたの中の光を確かに共有しました」という言葉とともに、『Yogini』が2004年の創刊以来、日本のヨガシーンを牽引してきた雑誌であること、そして編集部が長年築いてきた想いや歴史が綴られていました。
「ヨガの難しいポーズは必要ありません。それ以上に、はるかさんが持つエネルギーそのものをそのまま誌面にパッキングしたい」
その言葉に深く心を動かされました。納得できない仕事は受けないと決めていた私ですが、このメールに心を動かされ、モデルを再開することを決意しました。
――ヨガモデル初体験の感想は?
撮影のテーマは「アーユルヴェーダ」(=インドの伝承医学)。そこで伝えられた指示は、「大地のエネルギーを体の中に取り入れるようイメージしながら呼吸して、そこに立ってください」というものでした。
これまでのモデルの仕事は、商品や服の魅力を伝えたり、美しく見せることが求められる撮影がほとんどでした。でも、この日の撮影はまったく違いました。その人がどんな存在としてそこにいるのか――。モデルとしてではなく、生きている人間そのものを撮影しているように感じたのです。そのことに気づいた瞬間、涙があふれてきました。
その後も静かに呼吸を繰り返す流れの中で撮影は進みました。
「ああ、これがヨガなのか…」そう感じた私は、一気に興味を惹かれ、もっと深くヨガを知りたいと思うようになりました。
――コロナ禍で取り巻く環境が変わったとか。
実は憧れのモデルだったクリスティー・ターリントンもヨガ愛好家でした。彼女のヨガの先生であるゴヴィンダ・カイ氏が来日し、橋村さんが代表を務める株式会社Lotus8の「Studio+Lotus8」でクラスを行うと聞き、興味津々で東日本橋のスタジオを訪ねました。
ゴビンダ・カイ氏が伝えるアシュタンガヨガは、決められた順番でポーズを積み重ねていく伝統的なヨガです。クラスでスタジオに響いていたのは、先生の「One, two, three…」という英語のカウントと、生徒たちの呼吸音だけ。細かな説明はなく、初めて参加した私は何をすればいいのかも分からず、周りの生徒を見ながら見よう見まねでポーズを取り続けました。
「辛い。いつまで続くんだろう。」
そう思っていた矢先、不思議な感覚が訪れました。周りの音が遠のき、自分の呼吸だけがはっきりと聞こえる。深い瞑想の中に入っていくような感覚でした。体がふわりと浮いているようでいて、足はしっかりと大地についている。呼吸を繰り返しながら、「私は今、ここで確かに生きている」と、言葉にならない感覚が体いっぱいに広がっていったのです。
その体験は、それまで味わったことのないものでした。そして私は、ヨガという世界に強く惹かれていきました。
――コロナ禍で取り巻く環境が変わったとか。
毎日のようにヨガを続けるうちに、私の頭の中はヨガのことでいっぱいになっていました。もっと知りたい、もっと学びたい。その気持ちは日に日に大きくなり、ヨガに夢中になっていたのです。
その頃の自分を振り返ると、まるで美しい花を一日中眺めているような感覚でした。

「きれいだね、きれいだね。」そう言いながら、ずっと花だけを見つめている…。でも、どんなに美しい花でも、それを眺め続けているだけでは人生は前に進みません。
あるとき、ヨガも同じなのだと気づきました。ヨガは人生そのものではなく、心にそっと飾る花のような存在。自分を整え、満たし、輝かせてくれるもの。そして、その花から力をもらったら、自分自身の人生をしっかり歩んでいくことが大切なのだと気づいたのです。
そんな気づきを得た頃、新型コロナウイルスが世界中に広がりました。アルバイトをしていたへっころ谷も、Studio+Lotus8も休業となり、立ち止まらざるを得ない時間が生まれました。この時間が、これからどう生き、ヨガから受け取ったものを、どう社会へ還元していくのかを見つめ直す、大きな転機となりました。
コロナ禍で仕事がなくなった頃、自宅でスタジオ・ロータスエイトのオンラインヨガを受けていました。「何かお手伝いできることはありませんか」と伺ったことをきっかけに、スタジオの仕事に関わるようになりました。
写真を撮ることが好きだった私は、オンラインヨガのPRのために先生方の撮影などを担当するようになりました。また、コロナが収束に向かう中でスタジオが周年祭を開くことになり、「生徒さんたちに元気になってもらいたい」そして、「コロナで傷ついたヨガスタジオを元気にしたい」そんな思いから、記念のTシャツを制作しました。
私がイラストを描いたTシャツは予想以上の反響をいただき、シュリ・ラマナリタヨーグというブランドを立ち上げ、ヨガグッズの展開を始めることになりました。今は、日本全国のヨガスタジオを元気にし、ヨガの素晴らしさを届けたいという思いで活動をしています。ヨガスタジオが元気になれば、その先には、子どもから大人まで、一人ひとりの心と体が健やかになる未来がある。その未来を信じて、この活動を続けています。
――サラヤとの出会いはボルネオ訪問がきっかけだったのですね。
サラヤさんが行うボルネオの環境保全プロジェクトを視察するツアーに参加させていただいたのが始まりです。


このプロジェクトは、世界中で需要が高まっているパーム油を生産するために熱帯雨林が伐採され、現地に暮らす動物の命が脅かされている現実を知ったサラヤさんが、現地の自然を守りながら、持続可能な経済活動を実現するため始まったものです。具体的に、パーム油の主要産出地のボルネオで熱帯雨林の土地を買い戻し、ゾウやオランウータンを救出して森へ返す試みなどを行っています。
ツアーでは、危険を伴いながら原料となるヤシの実を収穫する生産者の姿なども見させていただきました。このツアーに参加したことで、現地の実態を知らぬままではいけないという思いを強く持ち、企業の責任として社会課題に立ち向かうサラヤさんに、改めて尊敬の念を抱きました。

とはいえ、私たちが個人としてできることは限られています。パーム油を原料とするサラヤさんの「ヤシノミ洗剤」の売上の1%が、ボルネオの環境保全活動に寄付されると知って以来、私は「ヤシノミ洗剤」を含むサラヤ製品を購入し、同社の活動を応援しています。
その応援の輪をもっと広げるために、サラヤさんと「SRI.RAMANA RITA YOGUE」ブランドのコラボによるTシャツを制作しました。ボルネオで出会ったゾウとテングザルと一緒に、象の鼻のポーズと、猿王のポーズを描いたデザインで、このTシャツをきっかけに、日々の暮らしの中で小さな選択が、環境を守ることにつながっていくことを少しでも知ってもらえたらと思っています。
また、コラボでは無香料のヤシノミ洗濯洗剤も一緒にお届けしました。肌へのやさしさだけでなく、動物や環境ににも配慮したものへと変えてみる。そんな小さな選択のきっかけにもなれば嬉しいです!

――今号のお話はここまで。次号では、サラヤとの新たな協業、自身の健康法、ヨガを通じて得た社会観と今後の夢、そしてドラッグストアの活用術などをお話しいただきます。
太田明花さんInstagram:
https://www.instagram.com/haruka_haruka_/