
ボルネオ島は1年を通じ日本の夏のような気候で、平均湿度も80%以上と蒸すような暑さだ。島全体が豊かな熱帯雨林で覆われ、1万5000種以上の植物と200種以上の哺乳類が生息する“生物多様性の宝庫”と言われている。サラヤ(更家悠介社長)はボルネオ島北部のマレーシア・サバ州で、絶滅が危惧される動植物を守る「ボルネオ環境保全プロジェクト」を展開している。連載「マレーシア・ボルネオ島レポートその②」では、約20年にわたる同社の活動内容と、活動の持続性に向けた社会課題をお伝えする。(取材と文=八島 充)
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マレーシア、ブルネイ、インドネシアが分割統治するボルネオ島は、総面積が日本の1.9倍と世界でも3番目に大きい島。年配の日本人にとってこの島は、「からゆきさん」と呼ばれた明治時代の移民女性や、第2次世界大戦中の日本軍の占領、そして戦況悪化による捕虜の虐待など辛い思い出もある。ただ戦後はマレーシアとの和解が進み、良好な関係を今に築いている。

1970代はサバ州から輸入した材木(ラワン材)が日本の高度成長期を支え、80年代には日本のODA等を通じ現地のインフラが整備され近代化を支えた。時同じくして広大な土地を活用したアブラヤシの栽培が始まり、アブラヤシの実から取れるパーム油が世界各国に輸出され、サバ州の産業の中核となっていく。
今やパーム油は地元経済を支えるのみならず、食品加工などで世界中が求める資源だが、アブラヤシ農園の増加によって、ボルネオの熱帯雨林の面積は40年で半減した。その結果、野生動物の生息地が消失あるいは分断され、人間とのトラブルも増加している。
農園に入り込んだボルネオゾウは、アブラヤシの木を倒して芯を食べる。被害を防ぐためにゾウを追い払い、傷つけ、毒殺する事例も出ていた。しかし、ゾウの被害はニュースになるが、農園の被害はニュースにならない。農園にとっては絶滅危惧種であっても害獣であり、生活を脅かされ続ける状況に不満を募らせていた。
現在、「ヤシノミ洗剤」などの原料の一つとしてパーム油を使用するサラヤは、この問題を重く受け止め現地を調査し、「動植物を保全しながら持続可能なパーム油の生産を目指す」ことを決意する。「近づき過ぎた野生動物と人間の距離を離す」ことを主眼に、およそ20年前から「ボルネオ環境保全プロジェクト」を推進してきた。
近年はサラヤのプロジェクトに多くの企業・団体が賛同し、活動の輪は世界規模で広がっている。その一方で、当初の目的に達していないプロジェクトが存在し、新たな課題も生まれている。以下に、サラヤが行ってきた「プロジェクト」の概要、その現状と課題を紹介する。
【取り組み】「ボルネオゾウ救出プロジェクト」は、傷ついたボルネオゾウを救出して森へ帰す試み。サラヤが2005年にサバ州の野生動物局に依頼したことから始まった。「ボルネオ・エレファント・サンクチュアリ」は、帰すべき森が見つからない、戻る群れが無い孤児のゾウなどの保護施設として建設。第1フェースでサラヤや旭山動物園のほか複数の日本企業の援助により、ゾウの収容施設、スタッフ用宿舎、倉庫が竣工している。

【現状と課題】第2フェーズは新規スポンサーのもとで医療棟の建設ほかが計画されていたが、コロナの影響もあり着工は滞っている。保護されるゾウの増加を想定した施設の拡張も課題。施設を維持するための収益源として「エコ・ツーリズム」の導入や、行き場のないゾウの受け入れを国際的に協議するなど、新たな視点も必要になっている。
【取り組み】ゾウが農園や人間の居住地に近づかないよう、ゾウが好む植物「ネピアグラス」などを植林し、人間との接触を減らす取り組み。ゾウは自然の中で採食できるようになり、安心して移動することが可能となる。

【現状と課題】主に保護区を流れる川沿いに植えられ、川の裏手にある農園を守る効果が出ている。なお、植樹される「ネピアグラス」は、元々は外来種だが定着し、ゾウの好む植物となった。「ゾウと人間の境界線を作る」目的に適う一方で、現地の生態系保護の観点からは反対意見もある。

【取り組み】ボルネオゾウの救出活動に加え、同じ絶滅危惧種であるオランウータンの生息域拡大のために始まったプロジェクト。川によって分断された森と森をつなげる吊り橋をかける試みで、サラヤは2008年〜2013年までに6号橋まで設置している。
【現状と課題】現在はサラヤの活動を参考に世界各国のNPO・NGOらが活動を引き継いでいる。ただ、オランウータンは最も絶滅の危険性が高い「絶滅危惧IA類(CR:近絶滅種)」に指定されており、楽観できない状況なのは変わりがない。
【取り組み】野生動物の生息域と農園を隔離し、共存を図る取り組み。農園になった土地を買い戻し、分断された保護地をつなぎ「緑の回廊」を確保する計画。 農地の買い戻しに巨額の資金が必要なことから、サラヤは生物学者やNPOとともにサバ州政府公認のNGO「ボルネオ保全トラスト(BCT)」を設立。2008年に日本支部「ボルネオ保全トラストジャパン(BCTJ)」を設立し、日本窓口として企業・団体に支援を呼びかけている。

【現状と課題】土地の買い戻しに協力した企業・団体には土地の命名権が与えられる。サラヤは2025年までに13ヶ所を「サラヤの森」とし、2023年には菓子大手のカルビーも命名権(「カルビーの森」)を取得した。動植物の保護がパーム油生産の持続可能性につながり、最終消費者が恩恵を受ける。その認識を、日本をはじめとした全ての企業に広げることがプロジェクト継続の鍵となる。
2015年の国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以降、環境問題は人類共通の課題となり、SDGsをCSR(企業の社会的責任)の中核に置く企業の社会的な信用は増している。とはいえ、SDGsの概念が希薄な20年前に「ボルネオ環境保全プロジェクト」を立ち上げたサラヤの道のりは、決して平坦ではなかった。
連載その①でも触れたが、サラヤは2004年創設の「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」に日本企業として初めて参加し、国内外で販売するパーム油関連商品の全てにRSPO認証のパーム油を取得している。また、それら関連商品の売上の1%を、ボルネオ島の環境保全活動に充てている。

非認証パーム油より高価な認証パーム油を使えば、当然原料コスト増となり、価格競争面で不利となる。また、売上の1%を保全活動に充てれば商品の荒利益が減少する。業界内に「エコは儲からない」という認識が蔓延していた当時を振り返り、同社広報宣伝統括部 統括部長・廣岡竜也氏は、「事業の足を自ら引っ張っていると、社内外で逆風が吹きました」と述懐している。
これを解消するために同社はまず、活動の意義を伝える従業員教育を徹底しベクトルを合わせた。同時にソーシャル系メディアへ活動を売込み露出を強化し、環境関連の様々な賞へのエントリーも開始した。その甲斐あって同社の活動は数々の賞を受賞し、社外の評価は徐々に高まっていった。
「対外的な評価が取引先に注目され、営業マンのモチベーションも高まりました。発売当初から長年苦戦していた「ヤシノミ洗剤」も消費者の選択肢の一つとして定着し、売上高は増加を続け、長く愛される商品へと成長しました。これからも、当社の活動を応援してくださる取引先と、その先の消費者と共に商品を育てていきたいと考えています」(廣岡統括部長)

サラヤが掲げた「動植物を保全しながら持続可能なパーム油の生産を目指す」という目標は、環境と経済という双方のアプローチが、バランスよく折り合うことで成就する。単純に悪者探しをすれば良いものではなく、100%の正解もないが、自らを信じ行動を起こすことに大きな意義がある。それこそが、持続可能社会の一つの答えだ。
今では、サラヤのプロジェクトに賛同する企業・団体のネットワークが広がり、現地のヒトや企業を監視する役目を果たしている。今後はSDGsを学んだ若者たちがそのネットワークに加わり、持続可能な社会の答えを求めて活動することになる。次回の連載その③では、現地のアブラヤシの農園とパーム油抽出工場のレポートとともに、今回のツアーに参加した学生が体験し感じた「ボルネオ島の今と未来」をお伝えする。
【おまけの動画】