中国・桂林の山奥でしか生育しないといわれるウリ科の果実「羅漢果」。古来より「神の果物」と呼ばれ、鎮咳や解熱薬として用いられてきたという。「羅漢」には「尊敬や施しを受けるに相応しい聖者」の意がある。故に羅漢果の英語表記「モンク(僧侶の)フルーツ」も聖者の代表を冠したと考えられるが、なぜ「僧侶」なのだろう。この疑問を羅漢果づくりに生涯を捧げる範天環(ハンテンカン)さんに問うと、羅漢果を発見し世に広めたのは漢方医であったという伝承を話してくれた。
…昔むかし、中国における伝説の神様が、たまたま桂林の地に降り立った。神様はその地の風景や気候、そこで暮らす人間をいたく気に入り、帰り際に空から不老長寿の種を蒔いていったという。
それから年月が過ぎ、1人の高明な漢方医が薬の素材を求め桂林の山奥に分け入った時のこと。昼夜歩き詰めで探し回ったが目的の素材は一向に見つからない。お腹が空いて体力も尽き果て、ついには気を失い倒れてしまった。
どのくらい寝込んだだろうか。ふと見上げると、見慣れた果物とも瓜とも異なる黄緑色の実が目前にある。割って食べたら、なんと甘いこと!1個全てを食べ終えると、みるみる力が湧いてきた。
「これは神様からの贈り物だ!」と持ち帰って植えてみたら、青々とした葉の間に幾つもの大きな実が育った。収穫した実を煎じて町民に振る舞うと、咳で悩んでいた者、肺の病気を患っていた者が、次々と治っていった。
漢方医は実を絶やさぬよう大事に守り続け、128歳の天寿を全うした。死を悼んだ町民が、漢方医の名前をその実に冠することにした。彼の姓は「羅」、名は「漢」であった…。
――古の漢方医は医師免許など持たずとも、秀でた知識と人格を持つ聖者と崇められていた。話に出てくる羅漢さんが医者なら英語表記も「ドクターフルーツ」となりそうだが、日本同様に中国も昔は僧侶が医師を兼ねることが多く、羅漢さんもあるいは僧侶だったかも知れない。なお、この話は範さんが度数の高い白酒を飲みながら語ってくれたもので、どこまで正しいのかはわからない。ただ、羅漢果が重用されてきた歴史の長さと、それを愛し守ってきた人々の思いは、理解できた気がする。(八島)