私たちは「森が地球を守る」と聞くと、山の木々を思い浮かべがちですが、もうひとつの森が海の中に存在していることをご存じでしょうか?
それが、「ブルーカーボン」と呼ばれる海の炭素吸収源です。
海の中には、アマモなどの海草、ホンダワラなどの海藻、マングローブや干潟など、CO₂(二酸化炭素)を吸収して炭素として固定する“海の森”が広がっています。
これらの生態系が、海の豊かさを育み、森の木々と同じように二酸化炭素を吸って、炭素を固定します。さらに、稚魚や甲殻類のゆりかごとなり、漁業資源や海の生物多様性を支えています。水質も浄化し、海の健康そのものを支える存在です。
今、「海の砂漠化」と言われる藻場の消失が全国的に問題となっています。
海底の階層の群落である藻場の消失によって、海底の岩肌が露出して、植物がほとんど育たない貧植生状態になる現象が起きています。温暖化による海水温の上昇、ウニの増殖による食害などが、藻場の減少の主な原因だとされていますが、海底湧水の減少についてはあまり知られていません。
私の暮らす鳥取県の日本海、そして汽水湖である中海圏域は、かつて、「海の森」が非常に豊かでした。特に、島根県の宍道湖から続く中海は、日本で5番目に大きい湖でありながら、海水と淡水が混じり合う汽水域であり、多様な生態系が広がる貴重なブルーカーボン生態系でした。
かつては、アマモやクロメなどの藻場が広がり、手長エビ、ハゼ、ウナギ、ワカメ、アサリなど豊かな水産資源に恵まれていました。中海は“育くむ海”として地元漁師たちの暮らしを支えてきたのです。
今50代の人が幼少期の頃は、そこが見えるほど透明な水の底には、海藻が揺れ、手づかみでウナギが獲れるほど、たくさんのウナギが生息していたと言います。
しかし、今は、海底にヘドロが溜まり、酸素が行き届かない死の海となり、水は混濁し、藻場はなくなり、生き物たちが消失しています。かつて、中海の干拓や淡水化が計画され、とくに、中海沿岸部の護岸工事により、海底湧水という目に見えない命の水脈が停滞したことが、藻場の消失につながっているという専門家の指摘があります。
海底湧水とは、地下水が海底から湧き出す現象で、栄養塩の濃度が高く、地域によっては河川と同等の栄養供給源となっています。
地に降った雨が森の腐葉土を通って地下に染み込み、フルボ酸、フミン酸などの有機酸と結合したミネラル(キレートミネラル)をたっぷり含みながら湧き出す、“海を育てる湧水”です。植物が吸収しやすいキレートミネラルや酸素が含まれた海底湧水は、海藻やプランクトン、貝類、小魚たちの栄養源になります。
私たちが普段意識しない地下の水脈が、実は海の藻場を支え、ブルーカーボンの源となっているのです。
かつては、砂浜や岩場だった海岸も、日本全国多くの場所で、護岸となっています。
淡水と海水の地下水の境界域である砂浜、海底湧水が湧出する浅場や入り江は、埋立事業や海岸道路の建設によって消失し続けています。また、水路のコンクリート化などによって雨水が地下に浸透する自然の水循環の仕組みが破壊されています。
水のダイナミックな循環は、人にとっての血流のようなものです。地球の動脈硬化の改善が、地球の健康を取り戻すために重要なのです。
山から海まで、流域すべてのつながりの中に、私たちの豊かな暮らしがあるのです。
近年では、日本各地でも藻場の保全・再生プロジェクトが始まっています。企業のカーボンクレジットとしての活用も進みつつあり、地域の漁業者や市民が参加する再生活動も広がりつつあります。
私たちの海との関わり方が、藻場を通して地球の豊かさを育む鍵になっています。
プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)
地域創生医/天籟株式会社 代表取締役医師
東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学講座共同研究員
一般社団法人プラネタリーヘルスイニシアティブ(PHI)代表理事
予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。
(次回「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は10月中旬に掲載予定です)
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