矢澤一良博士(早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長)が「ヘルスフードのこれから」を探る対談企画「矢澤一良博士が行く!ウェルネスフード・キャラバン」第2回、亀田製菓の代表取締役会長CEOのジュネジャ レカ ラジュ氏との対談の後編は、いよいよ亀田製菓の話に移る。米菓メーカーとして知られる亀田製菓が目指す新しい企業の姿、その哲学と未来について。そして世界に挑む日本企業の糧となる、インドを始めとしたグローバル市場での戦い方――矢澤博士とジュネジャCEOの〝研究者魂〟がこれからのウェルビーイングを指し示した。※【前編】はこちら(記事=中西陽治)
矢澤氏:大学での研究者時代から太陽化学での卵との出会い、そしてロート製薬での「健康経営」の確率を経て、今おられる米菓を中心とした「亀田製菓」の代表取締役会長CEOに就任された。この新しいチャレンジはびっくりしました。
ジュネジャ氏:私は研究だけでなく世の中によいものを示したいという想いがありました。その想いがロート製薬の「健康経営」という点で評価されたのはうれしく感じます。そこで人生が終わると思っていたら、また新しいチャレンジが待っていました。
亀田製菓の前代表取締役会長 CEOの田中通泰さんにお誘いを受けて、亀田製菓の将来の経営戦略について考えるクロスファンクショナルチームでお話しする機会がありました。
会の参加者は当時まだ中堅だった今の経営陣や執行役員でしたが、その場で20年後の亀田製菓を語っていたのです。「これはおもしろい」と感じました。
会の後、田中さんが私に「亀田製菓をどう思いますか」と問いかけました。「亀田製菓はすごいですね。無限のポテンシャルがある」と素直な思いを打ち明けました。
あと「人間にとって欠かせないものですから『食』産業は、絶対に無くなりませんよ」と付け加えました。「美味しさと感動を持っている米菓は、世界にもっていけますよ」とお伝えしたら、とても喜んでおられましたね。
それから田中さんに「福井県にプラントベースフードの工場があるから見にきませんか」といったお誘いをいただくようになり、一緒に食事をする仲になりました。
矢澤氏:まんまとハマった、ということだったかもしれませんね(笑)。
ジュネジャ氏:彼は「私たちは今、世界に出ていこうとしています。米菓だけでなく新しい『食』分野に挑戦したい」と言いました。
亀田製菓は乳酸菌の素材も持っているし、最先端の食技術を持っています。
例えば矢澤先生、亀田製菓グループの尾西食品の「携帯おにぎり」を見てください。これはお米のイノベーションですよ。水を入れるだけで食べられる「携帯おにぎり」は常温で5年保存でき、かつ5年たってもおいしい。電気もガスもない時でも食べられますし、スプーンもお皿もいらない。
つまり、災害食以上の活躍ができるのです。アウトドアや山登りをするとき、海外旅行に行くとき、日本食が食べたいでしょう。さらに言うならば地球外で食べられる可能性を持った宇宙食でもあるのです。
日本企業はこのような優れた技術を持ちながら、自身で気づいていないのです。
尾西食品の長期保存食には「携帯おにぎり」のほかにカレーライス、クッキー、パンに加えてハラル対象のビリヤニまである。水を入れるだけでおいしいカレーライスが食べられる。
世界中においしさと感動を届けることができる、これが亀田製菓グループの強みですね。
ジュネジャ氏:もう一つ、亀田製菓が持つ乳酸菌素材の価値です。
亀田製菓は米由来「植物性乳酸菌K-1」と酒粕由来の「植物性乳酸菌K-2」を持っています。米由来「植物性乳酸菌K-1」は肌の潤いを維持する機能と整腸のダブルクレームを機能性で届出受理されています。
「植物性乳酸菌K-1」は〝お米〟から生まれた乳酸菌です。亀田製菓の乳酸菌は、もともと低たんぱくのお米を作っていた時に誕生しました。
フレイルの観点ではたんぱく質は重要ですが、一方で腎不全の患者にとって高たんぱく食は透析のリスクを高めます。
たんぱく質のコントロールをしなければならない。「ゆめごはん」という商品は、魚や肉で適切なたんぱく質を摂りながらお米では抑えてバランスをとりましょう、という考えで作りました。
20年以上の研究からお米から乳酸菌が得られることが分かり、機能性表示を得られるまでに成長しました。
亀田製菓の〝米菓〟はみなさんご存じだと思います。「亀田の柿の種」「ハッピーターン」「亀田のつまみ種」「ぽたぽた焼」といったトップブランドがあり、マーケティングにも注力しています。
同じように「亀田製菓の乳酸菌」の知名度を上げるべく、今後マーケティングと営業を強化していきます。
「植物性乳酸菌K-1」は肌や整腸の機能があります。「植物性乳酸菌K-2」はホコリやハウスダストに対応した機能があります。このようにお米や酒粕から生まれる乳酸菌にはまだまだ可能性が秘められているのです。
この2つは死菌のため、機能性表示食品への応用として優れているのは、米菓のように焼いた食品にも機能が付与できるという点でしょう。
矢澤氏:私は1973年にヤクルトに入社しました。その頃は「生きている菌が便秘や腸内を改善する」というのが主な研究でした。
その研究課程の失敗ではオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)を使って加熱死菌体にしてから廃棄しなければなりませんでした。生きている菌のままでは廃棄してはいけなかったのです。加熱処理した翌日、オートクレーブから素材を取り出して、興味半分でマウスに与えてみたことがあります。これがおそらく世界で初めて死菌体としての機能を確認した事象かもしれませんね。
ただ当時は〝生きている菌〟が優先されており、「死菌体を売るなんて」「縁起が悪い言葉だ」といった風潮でしたね。今では菌体成分にも効果や機能がある、ということが明確にされて、そこでの菌の生死はただの言葉に過ぎないという風に変わりましたよね。
また乳酸菌は自分で酸を作り出すため酸には強いわけです。胃を通過して便には摂取した乳酸菌株が入っている。菌体成分が機能を発揮してくれるならば、生菌・死菌にこだわる必要はないでしょう。
ジュネジャ氏:素材を有する企業にとってリソースはさまざまあると思いますが、私たち亀田製菓が自慢しているのは「お米からとれた乳酸菌」であることです。お米は毎日食べているものですから。
機能性の研究や臨床試験をしていますが「なぜ」という想いが尽きないのです。
これは経営にも言えることで、課題に対していつも「なぜ」と問い続けています。
矢澤氏:ジュネジャさんは研究者魂を持ち続けた方なのだとつくづく感じました。健康経営にも言えることですが収益だけでない、「なぜ」という探求心、そこがすごいところだと感じます。
ジュネジャ氏:矢澤先生にそこまで言ってもらえるなんてとてもうれしいです。
私が明確にしていることはまさに〝ウェルネス〟です。これは社会課題なのです。
新年度を迎えましたが、私は新入社員に「あなたたちは従業員ではなく、社会人になったのです」と教えています。「あなたは社会に何が貢献できますか」という問いかけです。
私も新入社員として入社した時に、卵の研究を通じて赤ちゃんの健康に役立つことをしたい、と考えていました。あるいはお茶に含まれるカテキンとテアニンならば世の中にどんな良いものを伝えられるか、食物繊維の可能性のためインドからグアーガムを持ってきた時もそうでした。
常に意識していたのが、健康を届けることによる社会貢献であり、単なる金儲けだけではないのです。
今の亀田製菓グループでもその思いを形にしています。例えば災害など何かあったなら「携帯おにぎり」のような長期保存食をもっておいしさと感動を届けますよ。
「食」とはおいしさと感動です。とにかくおいしくなければ、健康も社会貢献も実現できないのです。
矢澤氏:本当にその通りです。
古くから薬の世界では「良薬口に苦し」と言われてきました。まずくてもいい、というかある種「まずいほうがいい」という考え方です。
でもこれは「食」の世界とは全く違う。おいしくなければ継続すらかなわないでしょう。食品を研究・開発してきた企業は、どんな食べ物でもおいしくできる腕(技)をもっています。そこをもっと伸ばしていくべきだと思います。
ジュネジャ氏:ウェルネスに関してですが、私が亀田製菓で示した方針が「Better For You」です。
亀田製菓が、おいしさと感動を持った食品を持っている。そのすべてが健康へとつながるのです。
具体的には、「亀田の柿の種」の減塩タイプを発売しています。これは売り上げも好調です。昨年、食後の中性脂肪の上昇を抑える柿の種「57g 亀田の柿の種 食後の中性脂肪が気になる方向け」を発売しました。
こういったヘルスケア軸の商品を展開することで新たに「亀田の柿の種」を手に取っていただけるようになりました。一般の消費者ですと通常の「亀田の柿の種」を選ばれるでしょうし、血圧が高い人なら「減塩 亀田の柿の種」を選んでいただけるでしょう。
米菓も乳酸菌も長期保存食もそうです。全てが健康とウェルネスにシフトしていくのを感じています。
もう一つの理念が「Rice Innovation Company」です。私たちは米を中心としたイノベーションを起こす企業になる、ということです。これまでと同じ米菓だけならば世界で戦っていけません。日本から世界へ、つまり「1億人から80億人へ」です。
日本と全く同じ「亀田の柿の種」「ハッピーターン」ではなく、その国に合った商品でなくてはならない。ですからインドで販売している柿の種は、辛さも製法も違います。
私は卵やお茶の研究をやってきましたが、お米はあらゆる機能性成分を持っていると感じています。その機能性成分を活用したお米のイノベーションの一つをご紹介しましょう。
グルテンが含まれる小麦をアレルギーで食べられない人が増えており、今はグルテンフリーの食品が増えていますよね。一方でお米にはアレルギーの原因になる成分が少ないことがわかっています。
私たちは米菓で培ってきたお米の素材を持っていますから、米粉〝だけ〟のパンを作り出しました。
矢澤氏:米粉だけのパンは作るのは大変難しいのではないでしょうか。今まであったのは「米粉が何%入ったパン」のような商品でしょう。
ジュネジャ氏:そのとおりです。私たちは亀田製菓グループ会社のタイナイを通じて「Happy Bakery」ブランドを作り、世界に向けたおいしい米粉パンを届けています。
「Happy Bakery」は食パン、丸パン、ベーグル、クッキーとラインアップも豊富です。
ジュネジャ氏:社会貢献には環境も大切です。プラの削減や、エネルギーや水を減らすなどカーボンフットプリントとして実践しなければなりません。
今後、たんぱく質クライシスと言われる動物の肉が食べられなくなるような時代が訪れます。たんぱく質のサプライチェーンは今のような形ではなくなるでしょう。
矢澤氏:動物を食べない方向にいずれは向かう、ということですか。
ジュネジャ氏:それには理由が多くあります。
1kgの牛肉を作るために10kg以上の穀物類が必要になります。加えて20,000ℓ以上の水が必要と言われています。与えるエサや資源とは別に、牛のゲップから出るメタンガスによる環境負荷もあります。
すると、将来的に食肉用の動物を生産することは難しくなるでしょう。未来の水の問題は表面化しているにも関わらず、穀物はそこまで問題視されていません。
私は、植物性たんぱく質が重要になってくると思いますが、植物だけでも答えは出ないでしょうね。日本では農家も減少していますから。そうすると最後は微生物が代替となるかもしれません。
矢澤氏:私は魚もいいと思いますね。魚はSDGsにも合致しています。藻類を食べた魚に需要は移るのではないでしょうか。
いずれにせよたんぱく質クライシスは受け入れざるをえないとして、プラントベースだけに限らない環境維持に沿った食品を考えなければいけない時代にきた、と思うのです。
ジュネジャ氏:そのとおりだと思います。それを実践するのが亀田製菓の「Better For You」です。
ジュネジャ氏:私がおもしろい、お伝えしたいと思うのが、日本人のクラフトマンシップです。
これは世界の人が誰も勝てないスピリットです。
矢澤氏:それは世界中を見てきたジュネジャさんから見て思うことですか。
ジュネジャ氏:どの国に行っても感じますね。「日本人のクラフトマンシップ」、これに自信をもってほしいのです。
私も「日本は素晴らしい」「日本人が大好きですよ」とマスメディアに出ることでそれを広めています。
私が日本に留学した時は「日本でこんなことができる」と夢のような気持ちでした。
でも今は、日本人が自信を忘れていっているように感じます。「海外に出るのがめんどうくさい」「リスクがある」と議論ばかりしているように私の目に映るのです。
ですから私はクラフトマンシップに自信をもって〝(海外に)出ていこう〟と言いたい。
矢澤氏:クラフトマンシップはモノではない。〝モノづくり〟ですよね。
ジュネジャ氏:そうです。日本人の心にある、生まれ持ったもの、器用で貴重な精神が遺伝したものだと思います。
あまり比較はしたくありませんが、世界中の工場を見てきて、日本人の〝モノづくり〟に驚きます。〝モノづくり〟はモノを見なくてもわかります。例えば美しい日本建築は、ひとつひとつが非常に繊細です。
もう〝食〟はいわずもがな、ですね。
今、訪日外国人が一番喜んでいるのは日本の〝食〟でしょう。東京の豊洲市場や築地を見てください、外国人であふれていますよね。
矢澤氏:本当にそうですね。私たちは「機能性おやつ」というプロジェクトを立ち上げています。その中で特に捕食・間食、つまり3食を補う「おやつ」を食べるときに、「また食べたい」と思ってもらえるように、おいしい「食」による楽しい雰囲気づくりが必要だと思います。
それが今、実現しつつあるように感じますし、これをもっと進めていかなければならないでしょう。
ジュネジャ氏:そのためには、研究開発者のみんなにもっと自信をつけてもらいたいですね。クラフトマンシップに自信をもってくれれば、安売りせずにしっかりとした価値を武器に世界に出ていける。
自分たちの技術と商品のポテンシャルや価値がわからないで、安く売るのではなく、消費者の目線で考えなければならないのです。
それがWillingness to pay=消費者が支払いたいと思う価格水準、なのです。この商品にどれだけ支払ってくれるか、消費者に決めてもらう、ということです。私たちはその価値がある、と自信をもって提案するのです。「亀田の柿の種」の味とカリッとした食感も、他にはできない技術で成り立っています。
矢澤氏:クラフトマンとしての誇りを忘れるな、というメッセージですね。
ジュネジャ氏:私が目指す経営はとてもシンプルです。難しい話はできない、でも技術者ですので深堀りをします。経営の観点での「なぜ」です。
ですから社員には基本的に3つのことしか言いません。「ブレないこと」「人を大事にすること」「変化すること」です。私も働きます、そしてまず社員に還元します。人が変わらなければ誇り高いクラフトマンシップは生まれないのです。
私は技術者ですからイノベーションを起こしたいと思っています。
先のたんぱく質クライシスもそうですが、フードロス問題にかかわる賞味期限など解決する糸口は、長期保存食にあるように食領域にいくらでもあるのです。
そして大切なのが「収益性」です。一生懸命、研究して利益を生み出せないのは技術者がかわいそうですし、農家の方もかわいそう。これでは負のスパイラルを生み、社会全体がかわいそうになってしまいます。
矢澤氏:「負のスパイラルから脱し、正のスパイラルを生む」。ジュネジャさんの価値観からくるものですね。
ジュネジャ氏:そうです。だからこそ価値を伝えよう、ということです。商品の価値に対価を支払うような正のスパイラルが生まれれば、小売業も儲かりますし、商品を買った消費者も世界がよい方向に進んでいると感じられるのです。社会を良くするためにはこのサイクルを作らなければならないのです。
もちろん、価格は消費者にとって大きな選択理由です。主婦の方が「安いものを買いたい」と選択することを否定しているわけではありません。
選択の幅はあっていいのです。安いもの・高いもの・プレミアムなもの・健康的なものといろいろな商品がありますが、誰かが身を切って赤字で売るなんてことがあっていいはずがないでしょう。過酷な状況で製造してその結果が赤字、のような一部へのしわ寄せがあってはいけないのです。
ジュネジャ氏:亀田製菓は世界で勝負できる武器を持っています。ですから「中長期成長戦略2030」という方針を発表したのです。
目の前にある課題は、エネルギーコストや原材料高騰などです。
収益性を上げながら対応するのは苦労していますが、時間がかかってもやりますよ。私がいなくても亀田製菓の誰かがやるでしょう。そのための基礎を残していかなくてはなりません。会社のベースを変えなければいけないのです。
矢澤氏:それが亀田製菓の企業としての方向性であり、業界全体の指針になりえるわけですね。
ジュネジャ氏:業界もそうですし、日本という国家にも及ぶと思います。日本の優れた技術と文化を世界の80億人に届けたいと思っているのです。
亀田製菓にはそれを実現できると思います。アメリカ、インド、タイ、カンボジア、ベトナム、中国に工場をもっていますし、グループ会社も20社あります。世界で戦うベースを持っているのです。
課題はこのグローバル戦略を横串で繋げることです。
「亀田製菓」は日本ではみんな知っているけれども、世界では商品は流通しているにも関わらず「亀田製菓」ブランドの認知はそれほど高くはありません。「亀田製菓」ブランドに横串を指して世界を横断する、社員がこの意識に変わっていかなければならないのです。
そうすると「ヒトが大事」や「グローバル人材が大切」というマインドセットが重要になってくるのです。
矢澤氏:亀田製菓の戦略が一つのサクセスストーリーであり、その物語を周りが見ることで、業界ひいては国の振興に関わってくる。そう簡単にはいかないかもしれませんが、強い意志と確固たる信念に基づいた目標をもって進んでいっていただきたいですね。
矢澤氏:最後の話題になりますが、インドの市場につきましてお伺いしたいと思います。
昨年インドは世界でもっとも人口が多い国になりました。これからは東南アジアに向けて日本企業も進出が加速すると思われますが、インドはターゲットから外れているように思われます。
人口もさることながら、海外の研究者、プロフェッサーがアシスタントを見るときに「インドのアシスタントは非常に優秀だ」と言います。私も実際にそうだと感じます。
これは人種が持つ根本的なポテンシャルもあると思いますが、私はそれを見込んで「理論が分かる」「技術が分かる」、そういう人材こそ食品の機能や機能性表示食品の価値観が持ってもらえると思っています。
ジュネジャさんはご出身がインドであることからも、グローバルな視点を持たれています。グローバルな視点で、現在の「食」市場の指標となる話や課題をお伺いしたいと思います。
そこでお聞きしたいのは、「日本のインドをターゲットにした取り組みの仕方」についてです。何かコツがあるのでしょうか。
ジュネジャ氏:私は2つあると思います。
一つは「良いパートナーを見つけること」です。つまりアライアンスですね。
なぜかというと、日本人の経営ベース、日本語でインドのビジネスをやる、ということは難しいと感じるからです。ですから優秀なCEOを雇うか、現地の素晴らしい経営者を雇って共同でやるか、が戦略の一つになるでしょう。
今の日本企業が心配しているところはそこだと思います。日本人だけでコントロールしたい、と考えてしまうのはわかります。しかしインドの流通も言葉もわからない。社会システムがとてもややこしい。
一方で優秀なCEOをパートナーに選び、インドに基盤を築いている企業があります。これは本当によくやっていると感じています。
矢澤氏:なるほど。しかし素朴な疑問として「そういう優秀なパートナーはどこにいるのか」という疑問です。
ジュネジャ氏:おっしゃるとおりです。それは誰かに手伝ってもらう、知恵を借りる、ということに尽きるのですが、ネックはできるだけインドの現地に赴いて探すことです。
矢澤氏:つまりグローバルな活動があって、初めて人間関係ができたうえで、どういった人材がどこにいるのかがわかる、ということでしょうか。
ジュネジャ氏:そうですね。これはどこの国でも同じでしょう。できるだけ現地で経験を積んで探すべきです。その視野を持つためにも社員のレベルでグローバル人材が必要なわけです。
これは2つ目のコツにあたる「良い人材を見つける」に関係します。
日本にもインド人がたくさんいますので、その人を頼りに優秀なインド人にたどり着くこともあるかもしれません。逆に言うとそういった優秀な在日インド人とつながる人材を私たちが育てなければならない、ということです。
矢澤氏:そのような人材には、必要とされているという前向きな意欲も持たせなければならない、と。
ジュネジャ氏:これは矢澤先生が教壇で学生に伝えておられるように、大学の役割でもあるでしょう。もちろん私たち企業が、インド人を含む様々な国の人を育てて、日本を好きになってもらって現地に出す、ということがベストだと思います。わざわざ外に人材を求めることにこだわる必要もないと思います。
矢澤氏:なるほど。インドを市場として定めるならば、広い意味でのパートナーシップが大切なのですね。
ジュネジャ氏:インドでビジネスをするコツで一点加えるとすると「我慢すること」です。欠点を探すことより、良い点に目を向けるべきなのです。
私はどの国でも「日本が大好きです」「亀田製菓が大好きです」「社員が大好きです」と言っています。するとみんなが日本を大好きになっていくのです。気持ちがいいでしょう。
これはプライベートでも同じで、先入観やイメージだけで「嫌い、嫌い」と言っていたら何も生み出せない。日本に限らず世界中で共通することです。
日本人がインドに向けて「インドは汚いですね」「カレーばっかりですね」「頭にターバンを巻いていますね」と欠点ばかり話したらもうインドはやめなさい、となるわけです。
上から目線で見ることをやめてインドの良いところを探せ、ということです。もう上下で文化や生活を判断する時代は終わり、「リスペクトしよう」という時代なのです。
ですから亀田製菓では上司・部下の立場や性別に関わらず、お互いを「さん」付けで呼んでいます。分け隔てなくリスペクトし合いましょう、人種や生まれに関係なく尊重しましょう、と伝えているのです。
これは今、着手しなければならないのです。日本は少子高齢化で労働人口が減っていき、外国人労働者に頼らなければならない。
亀田製菓グループにも社員が6,000人ほどいます。ですから私はグローバル人材がカギになると思っています。海外で成功するうえで欠かせない、結局は「ヒト」なのです。
矢澤氏:もう少し踏み込んで、インドにおける「市場性」という点についてお伺いいたします。
ジュネジャ氏:決して日本製品がインドで売れないとは思っていません。インド経済はどんどん成長しておりGDPが日本を抜くのも時間の問題でしょう。変化に対しては古い考えを捨て、挑まなければなりません。
もはや経済力の順番にこだわるというより、世界でどう戦っていくかの可能性にこだわったほうがいいと思います。
矢澤氏:おっしゃるようにインドは世界一の人口になりました。もう市場として無視できないどころか、グローバルな成長を目指すうえで必須の国だと思われます。
ジュネジャ氏:そうですね。当然、インドには豊富なリソースもあります。私はいつも言っているのですが、日本のクラフトマンシップとインドのリソースが合わされば最高のモノができると感じています。
矢澤氏:インドのリソース、といいますと具体的には何がありますか。
ジュネジャ氏:日本から運ぶリソースもあるかもしれませんが、輸入大国の日本にそこまで豊富なリソースの量はありません。例えば私が太陽化学時代に仕入れたグアーガムはインドにしかありません。グアーガムに酵素を加えて生まれた「サンファイバー」はまさにインドのリソースと日本の技術が合わさった商品でしょう。
インドには日本にないリソースが山ほどありますし、そこに付加価値と日本のモノづくりの技術を組み合わせれば、世界に挑めるプロダクトが生み出せるでしょう。
矢澤氏:これは締めの言葉として最高ですね。それを実践するには何が必要でしょうか。
ジュネジャ氏:これはやはり「ヒト」です。この偉業をだれがやるのか、関わる「ヒト」一人でも変わってくるでしょう。
私が健康経営に取り組んだ時、「たった一人からでも始めよう」と決めていました。社員のだれか一人が健康経営の意識をもってくれたら、その家族や上司部下にも同じ意識が受け継がれるに違いないと思いました。「タバコをやめる」そのたったひとつでも意志は伝達していくのです。
ですから私は「たった一人でも変化をもたらすことができる」と考えています。
矢澤氏:最初から大きなことを掲げても、始めるのは最初の一人から情報を発信していく、ということですね。
ジュネジャ氏:私は「夢があって笑顔がある。そんな現場をつくりたい」、それだけです。
私は亀田製菓の社員を笑顔にしたいと思っています。ただただ甘い言葉だけをいうのではなく、時にはきついことも言いますけれども、経営者の一人として亀田製菓の社員の生活も支えていかなければなりません。
社員に対しある種のプレッシャーを与えなければ、勉強も深堀も成果もあげなくなる。そうすると彼ら彼女らの成長は止まり、キャリアもそこで終わってしまいます。彼ら彼女らが評価されるように指導していく、引っ張っていくのが私の仕事だと思っています。
矢澤氏:ありがとうございます。私としてはジュネジャさんがこれまで歩んでこられた「生き様」を感じました。生き様というのは成功例もあれば失敗もある。私にとってはこの「食と健康」に関わるウェルネス業界を育てることで国民の健康福祉、ウェルビーイング向上を果たしていくことにつながっていくと感じています。
まだ、もう少し頑張っていただきたい、と願うばかりです。
ジュネジャ氏:ありがとうございます矢澤先生は業界を引っ張っていただいていて、本当に感謝しています。
ですからこの対談もNOとは言えない。秘書はてきぱきとしており「ジュネジャさん、時間がありません」と言っていましたが、矢澤先生は特別ですから(笑)。
――ありがとうございました。
亀田製菓株式会社 代表取締役会長CEO
ジュネジャ レカ ラジュ 氏
(プロフィール)
1984年 大阪大学工学部に研究員として来日
1989年 名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程修了
1989年 太陽化学に入社
2003年 同社代表取締役副社長
2014年 ロート製薬取締役副社長兼CHO
2020年 亀田製菓代表取締役副社長
2022年より現職
早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門 部門長
矢澤一良 氏
(プロフィール)
1973年 株式会社ヤクルト本社・中央研究所入社、微生物生態研究室勤務
1986年 (財)相模中央化学研究所入所(主席研究員)
2000年 湘南予防医科学研究所 設立(主宰)
2002年 東京水産大学大学院(現東京海洋大学大学院) 水産学研究科 ヘルスフード科学(中島董一郎記念)寄附講座 (客員教授
2012年 東京海洋大学 特定事業「食の安全と機能(ヘルスフード科学)に関する研究」プロジェクト(特任教授)
2014年 早稲田大学ナノ理工学研究機構 規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門 研究院教授
2019年より現職