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栽培管理webアプリで日本の農業を成長産業に

「産直」有機野菜の新しい販路に薬局・ドラッグストア

 少子高齢化が進む日本で、いかに収益性を高め生産性を上げるか。その課題の瀬戸際に立つのが農業だ。農家の減少と高齢化は歯止めがかからない。肥料・農薬の原料は多くが海外からの輸入に頼っている。こうした危機的な日本の農業を成長産業に変えようと、若い力がフィールドを駆け巡る。INGEN(千葉県松戸市)の櫻井杏子社長だ。同社では、就農1年目でもベテラン農家と同じように安定した生産ができる栽培管理webアプリを開発。「農家の経営を健康に」することで若者の就農も喚起する。注目するのは、リリース間近の有機栽培キットだ。農家でなくとも、ガーデニングのように楽しむことができれば、有機栽培がもっと身近になる。櫻井社長は「生産量を増やすことで有機野菜はもっと手頃な価格で安定します」と述べる。生鮮食品を扱う薬局・ドラッグストアが増える中で、健康で美味しく、リーズナブルな有機野菜を広げることができれば、地域住民の健康づくりの貢献だけでなく、農家の新たな販路づくり、有機野菜と健康をつなげたブランドの開発にもつながる可能性がある。

公益財団法人日本ヘルスケア協会(JAHI)で講演した
INGENの櫻井杏子社長(左)と、JAHIの今西信幸会長

就農1年目でもベテラン農家と同じように安定した生産が可能になる未来をつくる

 日本の農業は、従事者数の減少と高齢化、そして物流の「2024年問題」が重くのしかかってくる。財務省の推計によると、基幹的農業従事者数は2020年の136万人から、30年に76万人(2020年比44%減)、40年には42万人(同69%減)に減少する。農家の平均年齢は2020年に67.8歳。65歳以上の占める割合は約70%で、今後一層、大量離農が続くと予測される。

 若者が農家を継がない、農業に就かないというその最大の要因は収益の低さにあるといわれる。また、農業に魅力を感じて就農しようとしても、初めの数年で収益性を上げることは難しい。日本の農業は中小規模が多いこともあって「農家の勘(カン)」による経営が行われており、若手農家がベテランの技量を習得するには年月を要する。

 「農家の勘」を就農1年目でもわかるように生産(栽培)管理できる仕組みがあれば、若手農家が農業を諦めず、経営を健康にし、延いては日本の農業を成長産業にできるのではないか。農家の職人的な栽培技術を産業化し、農家の経営を安定化させ、高品質な農産物を世界へという理念とミッションを掲げるINGENが開発したのが、「農の相棒Mr.カルテ」だ。畑の状況をオンラインカルテで共有し、栽培管理の効率化と、オンラインでも精度の高い栽培指導を実現するというもの。

 作物の栽培から収穫までは、生育のステージによって施肥、農薬散布、葉や花数の管理などさまざまな作業スケジュールがある。法人農家など多品目栽培ともなれば、それぞれの作物の作業スケジュールを管理するのは容易ではない。また、パートなどの従業員にも、各々の作物がどのようなステージにあるかを情報共有してもらい、作業効率を向上する必要がある。

 「農の相棒Mr.カルテ」は生育シミュレーション(手順書)と栽培シミュレーション(必要な資材=肥料などの材料書)がセットになっていて、たとえ就農1年目の農家でも、生育と品質の安定が得られる生産(栽培)管理webアプリだ。

「就農者向けには基本のカルテの提供をすすめるとともに、既存の農家や産地には、よりレベルの高い生産を目指せるように、カスタマイズが簡単にできるような仕組みがあります」と櫻井社長。

炭水化物が原料の「有機肥料」、有機作物は実は栽培しやすい

 有機栽培を始める若手農家が増えている。農水省によれば、有機食品の国内市場規模は2009年の1,300億円から22年には2,240億円(推計)に拡大。その背景には環境問題や安心・安全な食と健康への意識の高まりがある。国の「食料安全保障強化政策大綱」(2022年12月)でも、有機農業の取組面積を2030年までに2.5倍に拡大する方針が打ち出され、追い風となっている。

 その一方で、「生計が成り立つまでに年数がかかる」「労力がかかる」「生産量や収入が不安定」といった理由から諦めてしまうケースや、新しい販路が確保できないと苦悩する農家も少なくない。

 前述の櫻井社長の話にあるように、作物によってカルテをカスタマイズできるのが「農の相棒Mr.カルテ」の特徴であるならば、有機栽培の課題も解決できるのではないだろうか。

 その前に、そもそも「有機栽培」とは何か。なぜ、慣行栽培より健康で美味しいのだろうか。

 慣行栽培は、化学肥料や農薬などを使用して作物を高収量で安定的に生産できるようにするもの。いわば単位面積の狭い日本で収穫量を短期間で増加させることに奏功し、また流通の面でも品種改良に伴って効率性を向上させ、今日の日本の食市場を支えていると言える。

 一方、有機栽培は「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しない」と定義され、慣行栽培のようには病気によく効く農薬が使えない。病気が出たらほぼ全滅してしまう。よって苗を丈夫に育て、病気に罹りにくくする必要がある。

「苗を頑丈に育てるためには、生育ステージに合わせてこまめな成長管理と細胞壁の強化が必要です。細胞壁の原料は炭水化物です。光合成でも作れますが、(曇りが続くときなどもあり)土の中に有機物(=炭水化物)を入れておいた方が安定します」(櫻井社長)

 有機栽培は、害虫の被害も多いのでは?

「有機栽培によって(土から炭水化物を吸収して)健康で頑丈に育った作物には、虫は寄ってきません。病気になって弱ったり、細胞に傷がついたりすると虫が寄ってきます。作物が頑丈であれば農薬は抑えられ、結果として無農薬でできるということになります」

 有機栽培が難しいという理由の1つは、最初から農薬を減らしてしまうことだという。人間では、例えば赤ちゃんが予防接種をしなければ、病気のリスクは高まる。

「人間でも病気になったときは薬を飲んで治すじゃないですか。野菜も農薬が必要な時は使う必要があります。生物として人間と同じだと思います」(櫻井社長)

 有機栽培は前述のように、「遅効性」でありタイムラグがあることから「有機肥料が効いてくるタイミング」を把握するのが難しい。無機栽培に慣れてしまっていればなおさらだ。有機栽培こそ「農の相棒Mr.カルテ」の本領が発揮されるのではないだろうか。

有機栽培をもっと身近に!薬局での有機野菜の販売で、付加価値高める

 薬局での有機野菜の販売を通じて、農家の新たな販路開拓と所得向上を目指す「薬局DE野菜プロジェクト」が、広島市で進められている。運営するのは「一般社団法人 農LAB.よつば」(広島市西区)で、新規就農者のサポートや野菜と健康をつなげたブランドの確立など、4つの軸で活動している。

 導入は、リンクメディカルダイレクトが運営する「あいおい橋薬局」からスタートし、現在は同社2店舗を含め、8店舗で、広島県産を中心とした有機野菜、無農薬野菜が販売されている。農LAB.よつばの一員でもある、リンクメディカルダイレクトの石井佑弥代表は、「医食同源がキーワードであり、薬局と有機野菜の販売には親和性があると思います。患者様からも(医療の現場である)薬局においてあるので安心・安全と好評です」とし、スタッフと患者のコミュニケーションにもつながっているようだ。

 薬剤師や医薬品登録販売者、管理栄養士など専門家のいる薬局・ドラッグストアだからこそ、有機野菜は親和性があるという話には同感だ。特に妊娠中や子育てママの間では、有機野菜や低農薬作物のニーズが高い。

 まだまだ販路が限られている有機野菜だが、地域薬局・ドラッグストアが産直で扱うようになれば、生産量も増え、美味しくて健康な野菜・果物が安く買えるようになるのではないだろうか。また、前述の有機栽培キットの販売も、ドラッグストアでのガーデニング需要を広げるだろう。有機栽培を身近にすることによって、より関心と需要を増し、生産量が高まり、店頭価格が安くなって新規来店とリピート率は高まる。そんな地域薬局と有機栽培のエコシステムが描けるのではないだろうか。(石川 良昭)

株式会社 INGEN (ingen-inc.com)  農の相棒Mr.カルテnounoaibou.com