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帝京平成大学 薬学部 小原道子 教授 インタビュー
これからの社会で求められる薬剤師とは?

在宅医療の黎明期と言われていた1990年代半ば、宮城県の過疎地域で在宅医療に取り組んでいた一人の薬剤師がいました。当時、その薬剤師はNHKの全国版ニュースにも取り上げられ「実際、現場に出てみますと患者さんたちがどれほど私たちを待っているがということが、すごくよく伝わってきますから、ぜひ皆さんに最初の一歩を歩み出していただきたい」と話していました。その人は、今もその思いを強く持ちながら帝京平成大学 薬学部で教授として薬学教育に取り組んでいます。その人とは、小原道子さんです。以前は薬剤師としてドラッグストア企業に所属し、在宅医療の普及・推進に尽力してきた彼女。筆者は10年以上前から小原さんから取材をさせていただき、施設や居宅など在宅医療の現場での活躍を目の当たりにしてきました。今回は「在宅医療における薬剤師のあり方」を中心に、小原さんにインタビューを実施しました。多くの人から語られているテーマですが、在宅医療の黎明期から、患者宅を奔走し続けた小原さんは、どのように位置付けているのか。在宅医療に関わる全ての薬剤師、そしてこれから在宅医療にチャレンジする人材、そして薬剤師の未来を担う薬学生など、幅広い人たちに向けたメッセージとなりました。(記事・写真=佐藤健太)


重要なのは「患者さんの幸せな生活を支えたい」気持ち


――かつて小原さんは薬局とドラッグストアに勤務してきましたが、大学教授という仕事はいかがでしょうか。どのような思いで仕事と向き合っておりますか。


小原道子さん

小原さん これまではドラッグストア企業に勤務し、その企業による在宅医療の推進や現場での活動をしてきましたが、社会に出て行く学生たちの背中を押し、道を照らす役割になりましたので、私自身の業務に大きな変化があったと言えます。ですが、「患者さんの幸せな生活を支えたい」という考え方とそれを実現したいという方向は、全く変わっていません。

薬剤師には、薬学的な知識も重要で、それがあっての話なのですが、これから先の未来では、患者さんや地域の方々の幸せを一緒に喜んであげられるような薬剤師が求められると思います。喜びだけではなく、もちろん悲しみも含めて、患者さんとご家族に共感してあげられる人材です。

超高齢社会の到来によって、在宅医療が注目されていますけれども、患者さんの暮らしの一部が医療であって、医療が患者さんの暮らしのすべてという訳ではありません。ですから、患者さんが幸せに暮らしているプライベートな生活に、それを維持するために医療の専門職が手助けをするというスタンスがベストでしょう。長年にわたる研究の成果やそれに基づいたエビデンスにより、正しい医療が届いていくことと同時に、現場を見て、感じて、どの行動が患者さんの幸せに最も貢献できるかを分析し、実際に行動に移すことができる勇気を持つこと。これを学生さん達に伝えられたらと考えています。


――若手薬剤師を中心に、現在在宅医療にチャレンジしようとする人材が増えつつあります。在宅医療で求められる薬剤師の姿勢についてお聞かせください。


小原さん 私たち薬剤師が対応しているのはモノではなく患者さん自身です。薬剤師以外の職種は、どの職種も直接的な患者対応、例えば顔色を見たり、表情を見たり、声の具合を聞いたりして患者さんへの微妙なさじ加減をしていきます。

しかしながら薬剤師のさじ加減は「薬」そのものであり、どうしても薬の説明から介入することが多いと感じています。そこは、是非手に触れて温度感を感じてみたり、患者さんの様子を見るなど、一呼吸分は患者さんとの直接的な時間を設けた後で服薬支援へと導いて頂きたいと思っています。

もちろん服薬支援や残薬の確認など、特に居宅における在宅支援では薬に関する業務も大切ですが、それと同じくらい患者さんが「自宅で過ごせてよかった」と思うような生活環境をサポートできる知識や視点を持つことも重要です。他の職種とは違う知識を豊富に持つ薬剤師が患者宅の生活に触れた気づきは、今後の大きな伸びしろになるでしょう。

例えば転倒一つとっても、薬の副作用からサポート製品までを結びつけて「暮らしの処方箋」を描くことが出来るのは薬剤師だと思います。

また、医療が「治す医療」から、その人の人生を「支える医療」に変わってきていますが、そこに寄り添う医療従事者はまだ不足していると思います。薬剤師は患者さんの状況を事前に把握できる立場にあります。健康なときから薬局やドラッグストアの店頭で色々な相談を受けている、薬の量や種類、通院の状況など全ての疾患に対応しているなど薬剤師だからこそ情報が多いと思います。

最期まで「その人らしさを支える医療」に変わっていく今後、支える医療の担い手として、薬剤師が医療従事者の中で好位置にあると言えます。それは病院であれ、在宅であれ、薬局であれ、幅広く関わっているところが強みであると感じています。


「患者・家族が何を求めているのか?」を理解すること


――家庭で在宅医療にかかわっている家族が多くいます。その方々は、日々大変な生活を送っており、精神的にも辛さを感じているケースがあります。こうした方々に対し、専門職はどのようなフォローをすべきなのでしょうか。


小原さん 確かに、在宅医療にかかわっているご家族は頑張れば頑張るほど、孤独に悩まされる傾向にあると思います。

在宅医療の現場で、スープにゼリーを浸しているおばあさんに、娘が「スープを飲みたいって言ったのに、デザートのゼリーを入れたら味が変わるじゃない!」と叱っている光景を目の当たりにしたことがありました。おばあさんは今にも泣きそうな顔で「だって、スープに浸さないと固いんだもん」と訴え、娘さんが「ゼリーは固くないでしょ!」と大声で叫んでいました。

認知症のお母さんにおいしいものを食べさせようと思った娘さんですが、おばあさんの予期せぬ反応に気が動転したのでしょう。認知症ということを判っていることと、理解していることは違いますが、当事者になると心の余裕がなくなり、気持ちを思うようコントロールできないこともあります。また、患者さんご本人も理解されない孤独と戦っています。

在宅医療の担い手である私たちは、患者さんご本人だけではなく、家族や家族など現場に携わる方々に、どんなに小さなことでも、喜びや悲しみを共有し、こまめにコミュニケーションを取っていくことが、心の負担や孤独感の軽減につながっていくと感じています。

患者さんの疾患名や症状・容態だけに目を向けるのではなく、人間関係も含めて、患者さんの周囲・環境でどのようなことが発生しているのか、ご家族が患者さんに何をしてあげたいのか、患者さんは何を求めているのか理解する姿勢を持つことが重要だと考えています。


自分たちが調剤した医薬品がどのように使われているのか?


――在宅医療の現場では「きちんと薬を飲めているのか?」という問題があると思います。


小原さん 残薬問題や剤型変更など、最近は特に問題視されています。これまでは同居の家族が生活の不足分を補っていました。しかし独居、認認介護などにより在宅生活を行うためにはヘルパーさんなどの生活支援者なしでは暮らせない現場が急増しています。そのため、医師も薬剤師も医療支援だけでなく、在宅の現状まで知ることが不可欠になるでしょう。現状を知るヘルパーさんなどとの連携は今後より大切な位置づけになると思っています。

また、薬剤師も調剤室で仕事をするだけではなく、自分たちが調剤した薬がどのように使われているのか、しっかりと頭に描けるようにならなければいけません。

以前私が訪問した患者さんの例です。独居の70代女性で、リウマチで痛みがひどく、指もかなり変形している方でした。COPDも患っており、すでに在宅酸素の状態でした。服用にも時間がかかるため、服用回数を減らし、薬のセットをご本人が取りやすいように工夫することも求められました。同時に痛み止めなどの飲み薬と共に外用薬や経管栄養剤も出ていたのですが、目薬のキャップや缶のプルタブを開けることが出来ません。

これは患者さんにとって致命的な困りごとです。それだけではなく「助けてもらって悪いな」「明日はちゃんと手伝ってもらえるのだろうか」という遠慮や不安で気持ちがいっぱいになったりします。そのような心の揺らぎにも薬剤師は寄り添うべきでしょう。

薬剤師が訪問する日以外にも、患者さんを居宅で支えている家族や専門職が沢山います。調剤室で薬を作った先に、患者さんの生活の場所に自分がしっかりと入り、他職種と現場で患者さんを共に支える経験を重ねることが、実はとても重要だと思います。

このリウマチの患者さんの場合、薬剤師は薬を見てその量や処方の仕方を見れば、自ずとその方の重症度や病気の経過が分かるはずです。とすれば、お薬を手渡すときに目薬のキャップが開けられるかどうかや、プルタブを開けることが出来るかなど、お薬を渡したその先の生活を想像できなければいけない訳です。それでこそ専門職であり、薬を渡すだけではない薬剤師の本当の役割なのだと感じます。

病院薬剤師も一包化の薬などをお一人お一人の患者さんにあった投薬のため、一生懸命になって調剤しています。これは薬剤師だけではなく医療職全体にも言えることですが、私たち医療職が「生活者の視点」に目を向け始めたのは、つい最近のことなのです。多くの医療現場は病院であったり施設であったりと、その方の生活する場所での診療が少なかったためです。それと同時にこれまでの「外来診療」からは見えない「おうちの事情」が、とりわけ高齢化の流れの中で意識されてきたということでもあります。

このことは、従来であれば、飲みにくい薬でも「おうちの方が調整してくれる」ということがありましたし、 誰かがやってくれているという安心感があったと思います。しかし、一人暮らしの高齢者や認知症の家族では、その調整が出来なくなっています。何度も言いますが、薬剤師は「医療提供の先」までを意識することが求められており、こうしたところまで想像力を働かせることが出来る薬剤師が、今後の社会に求められる人材だと思います。


ーーありがとうございました。