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マイクロプラスチックによる海と人の慢性炎症/地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス第36回

地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス第36回
/マイクロプラスチックによる海と人の慢性炎症

私たちは、プラスチックに囲まれて暮らしています。
文具、衣服、包装など多くの日用品が、プラスチックでできています。
プラスチックは、現代社会の利便性を象徴する素材であると同時に、今、地球と人の健康を脅かす“見えない汚染”の原因となっています。

世界の海には年間1,000万トンを超えるプラスチックごみが流入し、その多くが紫外線や波の衝撃で微細化し、5ミリ以下の「マイクロプラスチック」となって海中を漂っています。いまや、北極の氷床や深海の堆積物にまでその存在が確認されています。

マイクロプラスチックは、魚介類を介して私たちの食卓に上るだけでなく、空気中にも浮遊し、吸入によっても体内に取り込まれることがわかっています。2022年にはオランダの研究チームが、健康な成人22名の血液検体の77%からマイクロプラスチックを検出¹。2023年にはイタリアの研究でヒト胎盤からも検出²され、胎児発達への影響が懸念されています。

これらの粒子は単なる異物ではありません。可塑剤(フタル酸エステル)、難燃剤、界面活性剤など、内分泌かく乱作用(EDCs)を有する化学物質を含みます。また、表面には微生物や重金属、残留農薬が吸着し、「移動する汚染プラットフォーム」となります。

近年、マイクロプラスチック曝露が腸内バリア機能の破壊、酸化ストレス、慢性炎症を引き起こし、全身に影響を与える可能性がわかっています。

地球の海は、人の腸のように無数の微生物が共生し、有機物を分解し、酸素を生み出し、生命の循環を支えています。

その海のフローラがいま、マイクロプラスチックによって乱されつつあります。

海に流れ出たプラスチックは、紫外線や波で細かく砕け、5mm以下の「マイクロプラスチック」となって海中を漂います。その表面には細菌や藻類が付着し、独自の微生物生態系=プラスチスフィアを形成します。

この人工的な「足場」では、本来の海洋環境とは異なる化学条件が生まれ、病原菌や耐性菌が増殖しやすくなります。実際、腸炎ビブリオなどヒト感染症を引き起こす細菌が高頻度に検出されています(4)。また、プラスチック表面では、抗生物質耐性遺伝子(ARGs)が高密度に集積し、水平伝播による耐性菌拡散の温床にもなっています。

さらにマイクロプラスチックは、海洋微生物叢そのものを攪乱します。

光合成を行うプランクトンやシアノバクテリアが粒子を誤って取り込み、代謝異常や酸化ストレスを起こすことで、海洋の炭素循環と酸素生成が低下することが報告されています。

つまり、海の「呼吸」が乱れ、ブルーカーボンの働きが弱まっているのです。

海から空気・水・食物を介して私たちの体内へ――その粒子は、血液、肺、胎盤でも検出されています。
海のフローラの乱れは、人の腸内フローラの乱れと鏡のように連動しているのです。

マイクロプラスチックは、地球規模で進行する「慢性炎症」とも言える存在です。
環境の炎症を鎮めることなしに、人の炎症性疾患の真の予防はありません。医療者として、地域循環型の素材選択を進めることは、まさに人と地球の慢性炎症を癒やす医療行為でもあります。

参考文献
1 Leslie HA, et al. “Discovery and quantification of plastic particle pollution in human blood.” Environment International. 2022;158:106964.
2 Ragusa A, et al. “Plastic particles in human placenta: A pilot study.” Environment International. 2023;170:107671.
3 Jin Y, et al. “Exposure to microplastics impairs gut barrier and induces inflammation in mice.” Science of the Total Environment. 2022;815:152659.
4 Zettler ER, et al. “Life in the ‘Plastisphere’: Microbial communities on plastic marine debris.” Environ Sci Technol. 2013;47(13):7137–7146.

プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)

地域創生医/天籟株式会社 代表取締役医師
一般社団法人プラネタリーヘルスイニシアティブ(PHI)代表理事

予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。

「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は当号で終了致します。3年間に渡りお付き合いいただきありがとうございました。
(引き続き桐村さんの発信される情報はHoitto!に掲載してまいります)