
1958年の誕生以来、68年にわたりかぜ薬市場を歩んできた全薬工業の「ジキニン」。長く生活者に親しまれてきた一方で、ロングセラーであるがゆえの課題もあった。購買層の高齢化、若年層での認知不足、そして競合ブランドがひしめく市場で、いかに「かぜ薬といえば」と思い出してもらうか。2021年、同社は「あなたの時間をかぜから守る」というブランドプロミスを掲げ、次の世代に向けたブランド刷新に踏み切った。キャラクター「ジキ忍」の誕生、「ジキニンファーストネオ」の投入、発売後もデータと現場の声をもとに商品を育てる取り組み、広告と店頭をつなぐコミュニケーション。長く続いてきたブランドだからこそ、守るものと変えるものをどう見極めるのか。現在の「ジキニン」を追った。(記事=ヘルスケアワークスデザイン代表・佐藤健太)
「ジキニン」の歴史をたどると、その前身は1953年に発売された解熱鎮痛剤「ピロン錠」に行き着く。その後、商標上の事情から「ピロン」の名称が使用できなくなり、1958年に「ジキニン」へ改名した。名称の由来には諸説あるが、当時のジキニン錠に配合されていた「ジ・キニーネ炭酸エステル」に由来するとされている。
ブランドを特長づけてきた成分の一つが甘草(カンゾウ)である。抗炎症作用や鎮咳去痰作用、胃粘膜保護作用など多彩な作用が報告されている甘草に着目し、他社品との差別化を図ってきた。
時代が変わり、商品が変わっても、何を変えずにきたのか。製品企画本部 OTC企画部 OTC開発課の髙橋さんは「効き目があり、安心して使っていただける商品であることです」と話す。言葉にすれば短い。しかし、68年間ブランドを続ける中で、この軸を持ち続けることは決して簡単ではない。
長く売れてきた商品には、その商品を信頼して買い続けてくれる生活者がいる。一方で、時間がたてば、その購買層も年齢を重ねていく。
製品企画本部 OTC企画部 OTCマーケティング課の掛本さんは、2021年のブランド刷新を前に、「ロングセラーブランドゆえの購買層の高齢化、若年層での認知不足、そしてかぜ薬市場における第一想起の弱さが課題でした」と振り返る。
長く続いてきたことそのものが価値である一方、その歴史に頼っているだけでは、次の世代には届かない。そこで2021年、新たに掲げたのが「あなたの時間をかぜから守る」というブランドプロミスだった。

かぜをひけば、予定していた仕事ができない。子どもの送り迎えや家事にも影響する。楽しみにしていた大切な人との時間を諦めなければならないこともある。失うのは、体調の良い一日だけではない。ジキニンが提供する価値を、単にかぜの症状に対応することから、生活者の日常や時間を守ることへと広げたのである。
製品企画本部 OTC企画部 OTCプロモーション課の田中さんは、ジキニンが大切にしている価値について「よく効くことと同時に、かぜで負担がかかっている身体をやさしくいたわることを大切にしています。生活者が安心して過ごせる毎日を、いつも近くで見守り続けるブランドでありたいです」と説明する。
「やさしく、しっかり効く」。長年培ってきたこの価値を捨てるのではない。今を生きる生活者にとって、それがどんな意味を持つのかを考え直した。そこで出てきた言葉が「時間」だった。現在のマーケティング、商品開発、プロモーションの根底には、この考え方が一貫している。
2021年以降の変化を生活者の目に最も分かりやすい形で示したのが、黄色い忍者のキャラクター「ジキ忍」である。かぜ薬売り場には数多くの商品が並ぶ。体調を崩して初めて売り場を訪れる人も多い。その時に「知っている」「見たことがある」と思い出してもらえるかどうかは大きい。

全薬工業は若年層への認知拡大を図る中で、まず「ジキニンが変わった」と感じてもらうためのアイコンとしてジキ忍を生み出した。
なぜ忍者だったのか。田中さんによれば、誕生当時の商品は速攻性を前面に打ち出しており、素早く動く忍者のイメージとの相性が良かったという。
もう一つの意味もある。「あなたの時間をかぜから守る」というブランドプロミスを考えたとき、忍者は目立って前に出るだけの存在ではない。生活者のそばで、そっと見守る存在にもなれる。キャラクターの黄色は「新ジキニン顆粒」のパッケージカラーをベースにした。商品、ブランドプロミス、キャラクター。それぞれを別々に作ったのではなく、一つの世界観の中でつなげていった。

田中さんは「現在はテレビCM、交通広告、デジタル、SNS、店頭、イベントなど幅広い生活者との接点にジキ忍を登場させています。まだキャラクター自体の認知を広げていく段階ですので、媒体ごとに切り離すのではなく、さまざまな場所で生活者の皆さまに繰り返し接触させることを重視しています」と話す。
掛本さんもジキ忍を短期的な広告施策とは捉えておらず、「ジキ忍の強みは、単純な認知獲得だけではなく、親近感や好意形成につながることです。将来的には、ジキ忍を見るだけでジキニンブランドをすぐに想起していただけるようにしたいです」と語る。時間をかけてキャラクターを育て、それ自体をブランドの資産にしていく考えである。
変わったのは広告だけではない。商品ラインアップも動いた。2022年に発売した「ジキニンファーストネオ」は、若・中年層をターゲットに、かぜによるのどの痛みに対する効き目にこだわった独自処方を採用した。のどの痛みに効く3成分として、アセトアミノフェン、イブプロフェン、トラネキサム酸を配合する。

従来の「新ジキニン顆粒」が常備薬として家庭に置かれる役割を持つ一方、ジキニンファーストネオは症状が現れた時に店頭で選んでもらう商品として位置づけた。さらに、かぜの時の栄養補給を支える「ジキニンメディチャージ」、ビタミンCを最大量500mg* 配合した「ジキニンC錠」を展開。かぜ薬そのものだけではなく、体調を崩した時の生活を支える領域へと少しずつ接点を広げている。
(*一般用かぜ薬製造販売承認基準の最大量配合/アスコルビン酸カルシウムとして)
ただ、ブランドを広げることと、何でも「ジキニン」にすることは違う。
掛本さんは「かぜ薬では、生活者の中に『総合系』『症状系』というブランドイメージがそれなりに固定されていますので生活者の持つブランドイメージは意識しています」と話す。新ジキニン顆粒は総合系、ジキニンファーストネオは症状系。それぞれに役割を持たせ、長年かけて形成されてきたジキニンのイメージを崩さないようにしている。
新商品を考える際には、「ブランドプロミスに合致するベネフィットを新たに提供できるかどうかを一つの判断軸としています」(掛本さん)と説明する。
68年続くブランドには、すでに多くのものが積み上がっている。新しいものを加える時ほど、「ジキニンらしいか」が問われるのである。
取材で繰り返し出てきた言葉の一つが「現場」だった。全薬工業ではID-POS、生活者調査、営業担当者から寄せられる声を組み合わせながら、生活者の行動と意識を捉えている。第三者機関による定点調査も行う。
データを見る目的は、単に売上の増減を確認することではない。誰が、どのような状況で、何を考えて商品を買ったのか。数字の向こうにいる生活者をできるだけ具体的に捉え、次の商品や施策につなげていくためである。
ジキニンファーストネオは、その難しさと大切さを実感した商品でもあった。発売したのは2022年9月。新型コロナウイルス感染症の影響で、生活者の意識も、ドラッグストアの売り場も大きく変化していた時期である。
医薬品は、今日考えた商品を明日発売できるものではない。開発から発売までにはかなりの年月がかかる。その間にも市場は動く。ジキニンファーストネオでも、開発時に想定していた訴求と、実際に商品が店頭に並んだ時点での生活者の購買傾向との間にズレが生じていた。それが見えてきたのは、営業担当者から届く店頭の声と購買データを重ねて見た時だった。
そこで、「(かぜによる)のどの痛みに効く」ことを分かりやすく伝えるヘッダーシールをパッケージに付けるなど、発売後に訴求を修正した。売上にも変化が表れたという。

一度世に出したら終わりではない。店頭に並んで初めて見えてくることもある。その変化を拾い、商品を育て続ける。
掛本さんは「現場の意見とID-POSをきちんと見て、その都度改善していかなければいけないと学びました」と話す。ジキニンファーストネオでの経験には、現在の全薬工業の商品づくりの姿勢がよく表れている。
同じ考え方は、小売企業への提案にもつながっている。
目指しているのは、ジキニンだけが売れる売り場ではない。「自社のかぜ薬だけを売るのではなく、かぜ薬カテゴリー全体、さらに店舗全体の売上につながるような提案を心がけています」と説明する。
そのためにもID-POSを使う。生活者がどの商品を買い、ほかに何を一緒に買っているのか。その背景には、どんな悩みやニーズがあるのか。メーカー側から商品を押し込むためではなく、小売企業と一緒に生活者を見るための材料としてデータを使っている。
とりわけ、かぜ薬は店頭の影響が大きい。数多くの商品が並ぶ棚の中で商品を見つけられるか。自分の症状に合ったものだと理解できるか。最後に手を伸ばしてもらえるか。POPやヘッダーシール、商品パッケージは、その一つ一つを支える。
全薬工業が「見つけやすさ」「選びやすさ」を重視するのも、そのためである。広告で知ってもらい、データから生活者を理解し、営業担当者が実際の売り場につなぐ。ブランドを育てる仕事は、一つの部門の中だけでは完結しない。
田中さんは、現在のコミュニケーションについて「テレビCM、交通広告、デジタル、SNS、店頭、イベントを個別に考えるのではなく、認知から購買、さらにファン化まで一気通貫でつなぐように設計しています」と話す。
テレビCMには、生活者にまず広く存在を知ってもらう役割がある。交通広告は、通勤や通学など普段の生活動線の中で繰り返し接触してもらえる。大型広告を撮影した人がSNSへ投稿し、広告を掲出した場所の外へ情報が広がることもあるという。
デジタルは、テレビに接触しない人との接点になる。広告を見て「ジキニンファーストネオって何だろう」と興味を持った時、検索した先には詳しい商品情報がある。
SNSでは少し役割が変わる。ジキニンやジキ忍を日常的に目にしてもらい、反応してもらう。共感や会話が生まれれば、ブランドとの距離も縮まっていく。
そして最後に店頭がある。テレビCMや交通広告で見た商品と、ドラッグストアの棚でもう一度出会う。「あ、これか」と思い出してもらう。その小さな接続を、店頭の販促物が支える。
イベントでは、画面や棚だけでは伝えられないブランドの空気を実際に体験してもらえる。
それぞれの施策には違う役割がある。しかし、生活者から見れば、すべて同じ「ジキニン」との接点である。
現在、「ジキニンファーストネオ」の認知率は20~60代で約2人に1人まで高まってきた。ただ、全薬工業は「半分まで来た」とは考えていない。競合するロングセラーブランドの存在を考えれば、まだ知らない人が多いという認識だ。
田中さんは「現段階では、引き続きリーチを広げていくことが重要だと考えています。ただ、認知していただくだけをゴールにはしていません。そこから商品を理解していただき、好意を持っていただき、最終的には購入意向や利用意向につなげていきたいです」と話す。
KPIも認知率だけで終わらせない。商品理解や購入意向まで含め、一連の流れの中でコミュニケーションが機能しているかを見る。今後は、広告によるブランド想起と、店頭から生まれる想起の二つを中長期で高め、高価格帯のかぜ薬の中でもしっかり選ばれるポジションを目指していく。
商品では、症状に応じて選べるジキニンファーストネオシリーズと、長く親しまれてきた新ジキニン顆粒を軸にラインアップの拡充を検討する。治療満足度の低いかぜのせき症状に着目した「ジキニンファーストネオCZ」、かぜの時に消耗されやすいビタミンを配合し、飲みやすさにもこだわった「ジキニンC細粒」も、その新しい展開である(2026年9月発売)。
開発を担当する髙橋さんは「効き目を重視しながら、まだ満たされていない生活者のニーズに目を向けていきたいです。私たちだからこそできる、ジキニンならではの価値を処方の面からもお届けしていきたいと思っています」と今後を語る。
68年続いてきたブランドを変えるのは、新しいブランドをゼロからつくることとは違う。すでにジキニンを知り、使い続けてきた人がいる。その記憶を大切にしながら、まだジキニンを知らない世代にも振り向いてもらわなければならない。
だから全薬工業は、すべてを新しくしたわけではない。「やさしく、しっかり効く」という根っこの部分は残した。その上に、新しい商品をつくり、黄色い忍者を走らせ、データを見て、売り場の声を聞き、一つずつ生活者との接点を増やしている。
2021年に掲げた「あなたの時間をかぜから守る」という言葉を、広告のメッセージだけで終わらせず、商品や店頭の中でどう形にしていくのか。68歳になったジキニンは今、次の世代に向けて、もう一度自分たちのブランドを育て始めている。