
矢澤博士のライフワークとして始まった「ウェルネスフード・キャラバン」。日本ひいては世界のより良き生活/人生につながる「ウェルネス」を探求する有識者とのインタビューを重ね、その実現を模索する。食に関わらず、行政、学識者、サービス、そしてメーカーを横断し、オアシスに水を求めるかのごとく歩みを進めていく。今回は医療、介護制度の発展と医療・保健・福祉サービスの向上に寄与する調査研究ならびに研究者の育成、研究助成等を担っている一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会(社福協)の辻哲夫代表理事に登壇いただいた。行政との結びつきも強く、かつ民間からの要望を全面的に受け止める社福協は、日本の健康産業についてどう向き合っているのか。また少子高齢化における「フレイル予防」の産業化について、矢澤博士が社福協の哲学に深く潜る。
矢澤一良博士(以下、矢澤博士):今回は、私ともかかわりの深い一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会(以下、社福協)の代表理事でいらっしゃる辻哲夫理事長と清水浩一常務理事にインタビューに参りました。メタボやフレイル、幅広くお話をおうかがいしたいと願っておりまして、「栄養」の点については社福協所属の専門職でもいらっしゃる川添明子さんにもご同席いただいております。

私と社福協さんとのご縁は、元理事長であります中野徹雄さんから「矢澤さん、健康食品とはいったい何だね」という質問を2002年頃にいただいたのが発端です。当時、特定保健用食品(トクホ)はありましたが、機能性表示食品制度がなく、私は「実は日本にはまだ〝健康食品〟に対する明確な定義がないのです」とお答えしました。 その頃はまだ健康食品にはグレーなイメージがつきまとっており、私はこの誤解を払拭すべきだ、とお伝えしたのです。そうして「では、この健康食品をどう信頼と価値あるものに育てていくべきか」という話になりました。

まずは主たる健康食品の企業に対し、国民の健康を担う使命感とモラルを改めて理解していただき、一般の方々にも健康食品なるものの理解を深めていただくことが必要だと考えました。そこから、健康食品のフォーラムを開催しよう、という流れになり、2003年に東京の虎ノ門パストラル(※2009年に閉店)の新館1階の「鳳凰東の間」で初開催となったのです。
当初は栄養や食品、一部医薬品に携わる企業から2~300人ほどの参加でしたが、回を重ねるごとに多い時では400人が訪れる集会に育ちました。開催当初のテーマは「健康増進時代における健康食品の今後の展望について」でした。その後は課題やタイミングに即したテーマを掲げ、結果的に50回以上、20年にも及ぶロングランのフォーラムに育ちました。
もう一つが2005年に始まった健康食品セミナーです。これは50人程度の規模で、より濃密な内容をディスカッションできる場を整理してきました。このセミナーは1人で2時間も講義を行うほどのエネルギッシュな先生が集まり、質疑応答にもかなり力の入ったイベントとなりました。こういったきっかけにより、社福協と私の接点は20年以上にもおよぶお付き合いをさせていただいているということです。
セミナーは企業にとってアピールのための良い機会でもありました。またフォーラムは、厚労省や農水省、そして立ち上げ間もない消費者庁、あるいは経産省といった複数の行政部門の協賛/共催という形で実施されてきました。こういった方々を含め、講師をお招きする際に、清水さんは礼を尽くしてお話をされていたのが印象的です。

清水浩一常務理事:確か、何十周年かの周年企画でしたね。当時の中野理事長から始まり、健康食品の有効性と安全性を確立することが社福協の一つの使命でした。そのために、先ほどお話があったセミナー講師についてですが、基本的には役所、例えば厚労省、農水省、経産省のゲストの方々に登壇していただきました。
国立医薬品食品衛生研究所にも参加していただき、企業側の発信だけに寄らないよう、法の知識を拡充することを重視しました。海外調査・視察については、「日本には健康食品の法律がない。それを海外で学ぶべきだ」として、矢澤先生と一緒に学ぶ機会をいただきました。当時はまだ私も若く、健康食品の今を導くにあたり、貴重な経験でした。
矢澤氏:欧州・EU、またアメリカのFDAを訪問しましたね。移動も含めて15日間、報告書も厚いものになりました。その結果を業界にフィードバックしていきました。国内外の健康食品業界のレギュレーションを整理し、発信と啓発を行ってこられた結果、今日の社福協がわれわれの業界にとって重要な地位を築いています。
これは培ってきた信頼性と、公平性に基づいていると思います。中央省庁と共催で講師を招く、質の高いセミナーはなかなか学会でも企業でもできないことだと思います。社福協だからこそ実施できたことでしょう。それが今の社福協の今の位置づけにつながっている。20年の歴史において、前理事長のご意向により使命を果たしてきた、という風にも感じています。この歴史を踏まえた上で、辻理事長に社福協が目指す地点、また具体的な社会課題として「フレイル」についておうかがいします。
辻理事長は行政に所属されていた頃、「メタボリック・シンドローム」に関わる制度「特定健康診査・特定保健指導制度(メタボ健診・メタボ指導)」の確立に尽力され、国民の健康維持増進に携わってこられた、と理解しています。私は予防医学に関わる立場として、非常にエポックな制度だったと思います。

辻哲夫理事長(以下、辻氏):中野徹雄さんが理事長をお務めになられ、その後、幸田正孝さん、近藤純五郎さんと続いてきました。社福協が発足して約20年、どういう姿勢で健康食品の課題を取り扱ってきたか、ということは私が理事長に着任する際に清水さんから丁寧にご説明をいただきました。
2009年に医療経済研究機構と社会保険福祉協会が合併し、今の社福協があります。清水さんから健康食品に関する取り組みをうかがった中身は、矢澤博士のお立場から本当にありがたいご貢献なしには語れないものですね。国民の立場に立った安全性と公平性を旨とする、これが当協会の姿勢です。この姿勢を矢澤博士に評価していただくことは、協会がとても大きな役割を果たしたという証明でありますから、大変誇りに感じています。
昭和46年(1971年)に、私が役人になって最初の仕事が、1973年の食品衛生法改正の作業です。改正作業に携わったのは入省して2年目でしたが、当時、上司の課長補佐と私の2人で改正に関する法律から政省令、告示などの改正案を作ったのを昨日のように思いだされます。1973年の食品衛生法改正は「食品の安全」が基本で、「健康増進」については後のステップに委ねられたと記憶しています。ともあれ、入省して初めての仕事が食品の安全という国民生活の原点的な分野で、これが私の公務生活の始まりでした。
矢澤博士:食品衛生法改正の頃、やはり「食の安全」に関わる事故あるいは健康被害があった、ということが背景にあるのでしょうか。
辻氏:そうですね、当時は森永ひ素ミルク中毒事件(昭和30年)という生々しい事件があり、その処理がまだ生々しく議論されていた頃です。食品製造過程の標準化といった考え方がようやく出始めたという時代でした。食品は本来人類が安全性を確かめながら日常生活に定着したものであり、食品製造において異物混入はあってはならないという考え方の下で、これまで経験していない化学的合成品については指定制度があるといった仕組みを基本とし、食品製造の過程の標準化の仕組みに取り組むというような時代だったと記憶しています。その後、健康増進に資する食品という概念が生まれ、食品の新しい時代へと転換し、それについて当協会がいささかの貢献をしてきた、という風に感じています。
私はその後、児童福祉、環境、年金など様々な分野を経験し、老人福祉の分野で企画官、課長という管理職の仕事に就き、介護福祉士制度の導入や介護保険導入の土台となる平成元年福祉8法改正に関わったことも懐かしい思い出です。次に、私は医療の分野、それも「医療保険」、つまり医療費をいかに調達して管理するかという分野に移り、かなり長くなり、保険局で総括課長、審議官、局長を一通り経験しました。
最初の接点は国民健康保険課長だったのですが、その時にしみじみと感じたのが「健康づくり」の大切さです。つまり医療費を支えるために、被保険者と事業者の皆様から保険料をいただいて、それを給付に回すため、皆であれこれ知恵を絞るわけですけれども、一番大事なことは「病気を予防することだ」と身に染みて感じました。それからは今でいう生活習慣病予防に関する勉強を重ね、あれこれ取り組みました。
その結果、私が次官級に就いた2005年には、翌年に実施される大規模な医療制度改革に向けた基本方針である「医療制度改革大綱」を担当しましたが、その際、いわゆる「メタボ対策」につながる生活習慣病予防を政策として打ち出したのです。つまり「医療制度改革」は医療保険だけでなく、医療制度全体の総合的な改革であり、そこに予防制度の改革も含めたのです。そこで後期高齢者医療制度に、生活習慣病予防対策が盛り込まれました。その際強い共感をもって仕事に取り組んだパートナーが生活習慣病予防対策室長の矢島さんでした。矢島さんは現在、日本健康・栄養食品協会の理事長でいらっしゃいますけれど、これも本当にご縁ですね。
役所を退官しまして、東京大学に所属することになりますが、その際にまず着手した研究の一つが「フレイル予防」です。なぜ私が「フレイル予防」に取り掛かったのか。一つは、私が老人福祉課の企画官に着任する前に、滋賀県の当時の厚生部の社会福祉課長というポストに出向した際、現場のケースワーカーに「一人暮らしのお年寄りがご飯を食べなくなると、あっという間に老人ホームに行くことになります」「食べるというのは、最低限の福祉です」と言われた言葉が忘れられなかったのです。
つまり、歳をとると病気に起因することではない理由で弱るという当然のことなのですが、当時は、その過程に関する学術的な研究は、十分でなかったと思います。そこで、厚生労働省退官後東京大学にお世話になった際、「食べなくて弱る」という過程についてもっと学術的に解明する必要がある、と考えて研究を進めることになったのです。
同時に、ずいぶん前から「在宅医療」も重要視していましたから、結果として東京大学で「フレイル対策」と「在宅医療」の二つの柱が大きな研究対象になりました。そこで現在も東京大学で教授をされている、飯島さんという優秀なお医者さんと出会いました。飯島さんは老年医学を専門にされている研究者です。当時私は、歳を追うごとにどんどん食べる機能が弱っていくことを、「食の加齢症候群」と名付けて飯島さんに徹底的な文献調査をお願いしました。その飯島さんとの研究の関わりから始まって、飯島さんの日本老年医学会での貢献も相まって、2014年の日本老年医学会のフレイルについてのステートメントの公表、という歴史につながっていくのです。
矢澤博士:「フレイル予防」の確立が、滋賀県に出向されている際に経験したことが原点になっているのですね。
辻氏:その通りです。東京大学とのご縁や飯島さんとの出会いを経て、フレイル予防ということにたどり着き、一方において、2014年の日本老年医学会が「フレイル」を大きく取り上げ、その後学術的な研究が一通りまとまったので「学術から実装化」に向けて、社福協がお手伝いする形で「フレイル予防推進会議」の設立に至ったのです。
国際的には「Frailty(フレイルティ)」と呼ばれ、それを基に日本で定義された「フレイル」という概念は、加齢に伴う生理的予備機能の低下による、健常と要介護状態の中間のの状態をいいます。これは一義的には病気ではありません。病気には医学的な原因に着目した治療薬があるけれども、この加齢に伴う機能低下をどう遅らせるかというのは、われわれ国民一人ひとりの生活の中にあるのです。つまり、国民に生活の改善を求める、ということ。具体的には、一定程度、しっかり食べる(栄養)、よく動く(身体活動)、人と交わる(社会参加)という三つの取組をするとフレイルを遅らせたり、戻したりできるということが学術的なエビデンスにより明らかになってきたのです。
こればかりを国が旗を振って大上段で振りかざすと「国は行政の責任を回避して国民の自己責任論で逃げているのではないか」という話になってしまうことも懸念されます。ですから、地域住民が「フレイル予防は自らの努力により行うことが第一である」ということを納得して、動き始めるという環境を作っていく必要があります。
令和4年12月に社福協が事務局になって「フレイル予防啓発に関する有識者委員会」が「フレイル予防のポピュレーションアプローチに関する声明と提言」を出しました。フレイル予防は、高齢者の生活の改善、つまり自助で行うべきだと言っても高齢者は頑張ることは難しいでしょう。ですが、地域住民がフレイルを正しく学び、地域で助け合いながら「一緒にやりましょう」と励まし合えば、頑張れるのです。それが行動変容を起こすのです。
そこで、先に述べた「声明と提言」では、身近な市町村行政が養成した住民ボランティアが主導して地域住民が自らのフレイル度を測定しながら、住民同士が自ら学び、共に励まし合うかという手法を提言しそれを普及するべきという考え方を明らしたのです。これは、ポピュレーションアプローチの手法として新しい行政手法といえます。身近な自助のパートナーである産業界も重要な役割を果たすことができることも極めて重要です。この重要性に気付いた自治体と産業界の有志が集まって「フレイル予防推進会議」が設置され、そこから運動を起こしていこう、という取り組みが始まったのです。
矢澤博士:そこで生活習慣病予防と、フレイル予防はどこが違うのか、そしてどこをつなげていくべきか、また、健康食品とフレイル予防の関係も最近議論があります。そのあたりのお話をもっと詳しくおうかがいします。
辻氏:生活習慣病の前段階であるメタボリック・シンドロームのことを「代謝症候群」と日本語にしていましたが、言葉が浸透しませんでした。むしろ「メタボ」として国民に定着しました。この概念が明らかになる前は、糖尿病も高血圧の人も最後は、血管系に影響を及ぼし、脳卒中や心臓に行き当たることが多かった。それは「シンドロームX」と呼ばれていました。生活習慣病の行き着く先がどうも同じ道をたどっている、ということです。血管内の代謝が不調をきたし、血管が傷むという共通性がある、そしてそれがなぜ起こるかということを解明していったのです。
基本的には肥満により内臓から分泌される物質が代謝を阻害し血管を傷める、運動をすれば肥満を防ぐとともに代謝を促進するダブルの効果がある、ということが学術界の研究で当時エビデンスベースで分かった。そこで、矢島さんが知恵を絞り、生活習慣病予防に関する法律改正に取り込み、ポピュレーションアプローチの基本として「1に運動、2に(適正な)食事」、という標語が提案されました。しかし、私も矢島さんもその後異動し、この標語はあまり普及せず、結果として、「特定健診・特定保健指導」が重要視されているように感じています。
生活習慣病予防に対しては、1に運動・2に食事がメインである一方、治療薬が効きます。製薬会社の努力の賜物であって、薬を使えば血糖値も血圧も下げられる。私はこの薬も素晴らしい成果だと思っていますが、住民も、早期からの自己努力による予防よりどうしても専門職と薬に頼ってしまう。これは私の言い過ぎかもしれませんが、特定健診を実施した場合、保険者としては、人工透析患者の増加の防止を優先し、最終的には受診勧奨に向かい、薬で対応するというのが今の大きな流れのなっているように見えます。
私と矢島さんは、当時は「1に運動、2に食事、3,4がなくて5に薬」と言っていたのですが、現場は忙しくそこまで手が回っていないように思います。「メタボ」の概念が普及し、肥満は良くないという常識が広がってきているという意味で大きな前進だと言えばそれまでですが、生活習慣病予防のポピュレーションアプローチはこのままでよいのかの議論も初心に立ち戻って議論していただければありがたいと思います。
要するに、今のポピュレーションアプローチは、専門職主導でとどまっているため、教えられるという立場からはどうしても住民は自分事にしづらいのではないかということです。この反省を踏まえて、フレイル予防では新しい手法が必要だと思っているのです。住民主体で学び合い、地域を変えていくという手法に転換し、フレイル予防のポピュレーションアプローチをすべきだという考えに至ったのです。
生活習慣病は血糖値や血圧が良くなっても住民はもともと痛くもかゆくもないのでなかなかぴんと来ないことに加えて、生活習慣病には良い治療薬がある。一方においてフレイルには薬がないが、生活の改善という自己努力により体の動きが確実に変わり効果が自覚しやすいということです。したがって、フレイルは、住民主導でフレイルについて学び合いながら自らのフレイルの状態を測定し、このことにつき本当に自分事化し、地域で励まし合う仕組みにし、国民自らが動き始めることを目指すという方針に、各地の最前線で転換し始めているのです。これは自分たちの問題だと、そして地域の問題でもある、ということを理解し始めたのです。ここではこれ以上詳しくは言いませんが、これを私どもは、「住民主体のフレイル測定」として日本中に広めようとしています。

辻氏:次に、フレイル予防と医薬品や食品の安全に関する規制との関係ついてお話いたします。
フレイルは加齢に伴う生理的予備機能の低下であり、それは、身体的、精神的、社会的な多様な要因が重複しながら進行する複合的な一定の状態です。つまり、それは一義的には病気ではなく、「フレイル予防」は現在日常生活で行われている「栄養の摂取」「身体活動」「社会参加」といった通常の生活様式の一定範囲内の改善、つまり、「栄養の摂取」については、通常の食生活の範囲内でのエビデンスに基づいた一定のエネルギーやたんぱく質の摂取などの改善によって予防をすることが基本です。
したがって、そのような対応が行われる場合は、医薬品による疾病や身体の機能への影響や食品による健康被害への影響からの安全性を確保するための薬機法や食品衛生法の規制には抵触しないと考えています。
矢澤博士:フレイルは病気ではない、つまり現在進められているポピュレーションアプローチの手法である限りは、薬機法にも触れることではない、ということですね。
もう少し深くうかがいます。一般の方に周知することに加え、医療機関の理解を得ることも重要ではないでしょうか。薬機法つまり医療領域に携わっている専門職の方々に、「これは医療行為ではなく、予防領域である」ということを、どう理解してもらえるのでしょうか。
辻氏:結論から言いますと、フレイルに関するロジカルな構造については日本老年医学会等の動きもあり、医学界の方々は理解されていると思います。
フレイルは加齢に伴う生理的予備機能の低下の過程であり、病気はフレイルそのものでなく、その外的な加速要因になるという関係性であるという構造が、厚労省の資料においても明らかにされているのです。逆に言えば、フレイルの過程で何等かの病気が影響している場合は、当然医療にかかるべきだということが大前提です。現に、今進めようとしている「住民主体のフレイル測定」の過程で、病気に起因するあるいは関係することが疑われれば、医師等医療関係者に相談するべきとされています。
飯島先生を始め多くの医学界の学術関係者の指導の下で、私たちはそのことを非常に重要だと考え、それを徹底しているからこそ、医学界からの理解を得られているのです。ここまでフレイル予防の啓発が進んだことも、医学界の納得を得られたことが理由の一つにあります。
矢澤博士:逆に一般市民が「フレイルは病気では」という誤解を抱えていないでしょうか。
辻氏:最近のフレイル予防に関する啓発活動とそれに対応する住民側の取組に伴い、医療界だけでなく、一般市民もそのあたりの理解は深まってきています。ただ産業界の関係者の間では「これを食べればフレイル予防に役立ちます」という企業活動が、どこまで可能なのかということについてまだコンセンサスがないということはあります。
2002年頃からでしょうか。機能性表示食品の制度が議論され、私が次官の役職を終える2006年ごろにその議論が活発化し、今は制度化され、健康食品の分野も脚光を浴びていますが、「声明と提言」を取りまとめた有識者委員会では「プロテインの粉を単品の食品として摂取していればフレイル予防に役立つ」というのは、言い過ぎではないかという指摘がされています。
要するに、現在におけるフレイル予防に関する学術的知見に基づいた食生活のあり方やそれにかかわる食品の位置づけに関する表示をめぐる規制との関係を整理していく必要があります。食品などの表示については、消費者庁の所管ですが、フレイル予防に関する表示について、産業界がどのように取り組み、どのような表示が良いのか、産業界として取り組んでいく必要があります。
では「フレイル予防」に関し表示できることは何か、そのエビデンスはどうなっているのか。現在のところ、「栄養」「身体活動」「社会参画」の3本柱に関してはどの程度の内容の取組を行えば効果があるかのエビデンスが明らかになっています。一つだけでも効果がありますが、三つすべてに取り組めば一番効果があるといったことを含めてエビデンスも整理されてきました。その内容が明らかにされているのが、フレイル予防推進会議の「フレイル予防宣言」です。先に少し触れましたが、フレイル予防推進会議とは、フレイル予防のポピュレーションアプローチの重要性に気付いた地方自治体と産業界の有志が中心となって、その志を全国に発信する組織であり、社福協がその事務局を担当しています。
辻氏:フレイル予防宣言を構成するドキュメントはインターネットでも検索できるはずですが、「栄養」については、一定のカロリーとたんぱく質の摂取、更には摂取食品の一定の多様性やビタミンDが重要といったエビデンスが示されています。

矢澤博士:なるほど。例えばバランスのよい食事であっても不足する栄養や成分を補う役割を担うのが、機能性表示食品です。いくつかの積み重ねが無い限り、必ずしもフレイル予防につながらないということですね。
辻氏:その通りです。そこで、フレイル予防推進会議に参画した企業が中心となって、「一般社団法人 日本フレイル予防サービス振興会」が設立され、産業界のフレイル予防のポピュレーションアプローチに関する啓発活動の展開とそれを前提にどう差別化した認証制度を業界自主基準として作るか、という取り組みが進んでいます。今までの健康食品業界としてフレイル予防にどう対応していくかについては、これらの取組を通して、だんだんと明らかになっていくと思われます。
「フレイル予防」という概念については、以上述べたような作業を重ねた結果、産業界がどのように対応すればよいのかが明らかになり、新しい市場が生まれるのです。そうでなければ「フレイル」という言葉は産業界には幻になってしまいかねません。
矢澤博士:産業自体が及び腰になってしまうと、国民の健康が脅かされるだけでなく、老化を遅くする方法(商品)が出なくなる、ということですね。
辻氏:認証制度の骨格は、そのうちに明らかになると思いますが、「栄養」「身体活動」「社会参画」の各分野の認証制度を目指しており、その入口はやはり「栄養」だと聞いています。
既に厚労省は「食べて元気にフレイル予防」という広報で「主食・主菜・副菜を1日3回食べましょう」と推奨し、もちろんたんぱく質やエネルギーなどの目安にも触れていますが、各家庭が具体的にどのようなものを調達したり、調理したらそれら栄養素が満たされるか、素人がいちいちカロリーやたんぱく質を計算したりしませんのでわかりませんよね。そのことにつき産業界としてどのような推奨をすればよいのか、フレイル予防という概念をどう表示するかを含めて、現在、小売業と食品製造業が一体となって認証制度の検討が行われています。
矢澤博士:そういった活動に関わっている公的団体は社福協しかないと思います。社福協が先導することで、業界が同じ方向に動くと思います。産業と手を取り合って、その輪が広がっていきますね。
辻氏:この「フレイル」に関して考えていると、同じことを考える人はいっぱい出てくるはずです。特定の企業だけでは無理なのです。日本を元気にするためには日本全体の流れを変える必要があるのです。
2040年に向けて85歳以上の人口が急増し、1000万人に達します。人生100年時代に向かっているということです。ところが、85歳以上の要介護認定率は60%弱です。ですからフレイル予防を少なくともこの10年のうちに浸透させていかなければならないのです。介護保険の財政が大変になるという切実な問題もありますので、今、社会通念を変えていく必要があります。
矢澤博士:行政にも働きかけつつ、一般生活者も含めた民間に新たな社会通念を浸透させる。でなければフレイル予防の実装はかなわない、ということですね。川添さんにお伺いしたいのですが、一般生活者がフレイル予防と栄養についてどれくらい理解されていると思われますか。

川添氏:よく知られていない、という声と同時に、「どう学べばいいのか」という不安を感じていると思います。この点をアドバイスできるような制度の確立に努めています。また食品からのアプローチは、高齢者が主になっていると思いますが、40代くらいの働く層や子どもに向けての発信も大切だと思います。
私たちが本当に支えていかなければならない方々に向け、年齢層を下げてフレイル予備軍をサポートしていく必要があるでしょう。フレイル予防は全ての世代に応用できる形が本当の健康に繋がります。子どもの頃からフレイル予防をアプローチしていけば、ゆくゆくは介護保険に歯止めがかかるのではないか、と見ています。
矢澤博士:民間の力が重要、とおっしゃいましたが、その点で言うと、先ほども触れられましたが、小売や流通の役割も大きなウエイトを占めるのではないでしょうか。
辻氏:その通りです。小売や流通は、地域住民の行動変容を促進する場とも言えます。小売業界のなかでもドラッグストアも強力な助っ人です。フレイル予防を掲げ「あのドラッグストアが推奨する生活パターンは良いものだ」というブランド性をもって、横展開をしていけます。認証事業でまず検討されているのは、食品を販売する小売りと食品製造メーカーがワンパッケージになった対応です。
小売業は地元行政との結びつきが強いでしょう。例えば何らかの形で「フレイル予防」に関わるマークがついたレシピや商品を用いた生活スタイルを小売業がおすすめすることで、健康的なライフスタイルを普及することが出来ます。フレイル予防の啓発をし、それに沿ったライフスタイルを提案する。提案の過程に商品が引き立ってくる――この構造を創ろうとしているのです。そう考えると生活者に健康を届けるドラッグストア産業に期待が集まるのは必然だと思います。
辻氏:もう一つ「フレイル予防」の担い手として私が当面期待している顧客接点は、飲食関係サービス業です。店舗に行ってフレイル予防に役立つ食事をして、フレイル予防を学ぶコミュニティが生まれる。そんなサービス業が増えていってほしい。例えば、中国では高齢者は朝は外食が当たり前になってきていると聞いたことがあります。そのようなサービス拠点に足を運んで、栄養、運動、あるいは社会的つながりを満たせるような活動が増えてほしいです。愛知県や岐阜県下の喫茶店では独自のモーニング文化がありますよね。このような文化を日本中に広げていきたいのです。
我々のライフスタイルを変えられれば地域のそれなりの産業規模になると思います。高齢者が外で共食する、という文化を創りたいですね。そして、これは高齢者だけでなく、これから高齢者になる50~60代もフォローしていってほしいです。フレイル予防に資する食事は、通常は生活習慣病予防によい食事です。これは、高齢者やフレイル予備群にとっての「標準食」になるのです。
私は新しい文化を創らなければフレイル予防は実装できないと思います。ファッション産業は、「かっこよくなりたい」「見た目を良くしたい」といった欲求を満たすからこそ文化として成り立っています。同じように、高齢者が「こうありたい」「楽しみ続けたい」と感じられる魅力を発信すべきなのです。こういった根源的な欲求からシステムを創るのは行政が一番苦手とする分野でして、だからこそ生活者の欲求を満たすことに得意な民間産業に期待しているのです。
矢澤博士:75歳以上の高齢者がどんどん増えてきて、健康を維持してフレイルに陥らなくなる欲求は誰もが抱えていることでしょう。その欲求解決の矛先をどこに定めるのか、が重要ですね。「どうすればいいか」の方向性が定まれば、生活者もそちらに意識が向きますし、行政も解決策をクリアにしていけるでしょう。

辻氏:生活者の心をつかむ「おもしろいこと」は通常民間の創意工夫から生まれるのです。そして、このムーブメントは全国に波及させなければなりません。食ならば先ほど申し上げた様々な業態、運動ならば90歳までが通えるアスレティックジム、あるいは「社会参加」ならカラオケの場が人との交わりの拠点になるといった動きが出てきて、認証制度として育ってほしいです。
矢澤博士:女性向けジムの「カーブス」が思い当たりますね。女性の健康意識を高めるアプローチの好事例だと思います。いわゆる強靭な体作りという訴求ではなく、楽しく続けられる運動を通じてコミュニティを形成する。辻さんがおっしゃる形ですね。
辻氏:いわゆる「トレーニング」から一線を画した優れたビジネスモデルだと思います。生活者に簡単に覚えてもらえる運動拠点として支持を集めています。まさに、生活者の心をつかんでファンを増やし、結果的に健康になってもらえるアスレティックジムの成功例ですね。今は女性がメインターゲットですが、フレイル予防の概念が社会通念として浸透することにより、高齢者はもちろん子どもや青壮年にも間口は広がっていくことを期待したいですね。
矢澤博士:一般的に女性は運動や食を通じたコミュニティづくりに抵抗がない、という風に考えられています。一方で高齢男性が集まるコミュニティは少ないように思われます。
辻氏:もちろん高齢男性にも栄養、身体活動、社会参加の三つの柱を通じたコミュニティづくりが求められています。男性のコミュニティづくりの一つの入り口として、「通いの場」があると思います。さらに言うと「読書の場」といったものもあると思います。
気楽に集まって本を読んで、昼食を一緒に作って食べて帰る、というような場です。公共的な場だけでなく、ビジネスとしても地域で仲間と会える幸せな場を創造することが期待されています。おそらくそのような場では、ボランティア意識を持った安い賃金の高齢者の参加が望ましく、社会の仕組みとしても色々と工夫が必要になると考えています。
矢澤博士:社福協が今後目指すべき健康増進が実現できる社会、そしてフレイル予防に欠かせない社会通念づくり、についてうかがいました。
辻氏:皆様のご苦労により、フレイル予防に関しては、食という入り口から産業界との接点の見通しがつきつつあると思っています。今後の超高齢人口減少社会は、未知の時代でもあると言えます。今、少なくともいえることは、高齢者世代は、特に地域社会への貢献を中心において「支える世代」になることを基本としなければ社会は成り立たないということです。
超高齢社会への変容の過程の正念場を迎えている今、そのうち何とかなるだろうという考え方では、近い将来おそらく厳しい事態を迎える可能性が強いと考えており、今の高齢者世代が頭を切り替える必要があります。そのための重要な大きな切り口がフレイルの概念を学び、実践するということであるということ重ねて強調したいと思います。引き続きよろしくお願い申し上げます。
――ありがとうございました。