かつて「なかなか進まない」と言われていた調剤薬局業界のDX化ですが、取材をしていると、その様相が変わりつつあり、ポジティブにDX化を受け止める薬局経営者も増えてきているように感じます。約5年前に「Musubi(ムスビ)」をローンチし、その活用によって薬局・薬剤師と患者の双方のUX(ユーザーエクスペリエンス)向上を追求してきた株式会社カケハシの代表取締役社長・中尾豊さんにインタビューし、DX化に対するこれまでの取り組みと、今後について語っていただきました。同社が展開するサービスについては、公式サイト https://www.kakehashi.life/service をご参照ください。(記事=佐藤健太)
――現在数多くの調剤薬局に「Musubi」が導入されていますが、開発・ローンチの背景をお聞かせください。
2017年に「Musubi」をローンチしました。このプロダクトは「患者さんに対して、価値を出せる領域はどのような部分だろう?」という疑問から始まり、患者さんの安心感や利便性などのUXに対する伸び代に大きな可能性があると判断し、開発したものです。
患者さんの気持ちやライフスタイルに合った医療体験、例えば「薬を手に入れるタイミング」や「適切な情報が入ってくるタイミング」など、医療体験にフォーカスしたサービスは当時存在していませんでした。リウマチの患者さん、がんの患者さん、生活習慣病の患者さん、疾病もライフスタイルもバラバラですが、医療機関に行って、門前薬局で薬をもらうという体験は共通しています。これを患者さん一人ひとりに合ったものにカスタマイズしていくことが、薬局・薬剤師にとっても、患者さんにとっても良い影響をもたらすと考えました。
2015年10月23日に、厚生労働省は「患者のための薬局ビジョン」を出しました。業界全体が目指すべき方向性が明らかになったのですが、現実と未来感のギャップが今後さらに大きくなると思いましたし、医療という括りの中でも、患者さんの視点では「薬をどうやって飲むのか」、薬局・薬剤師の視点では「どうやって安心感を得てもらうのか」。この部分に変革が起こるだろうと予測し、まずは薬局や薬剤師の働き方や提案の仕方などから改善していきたいと思いました。
一般的な電子カルテやレセコンは、薬剤師や医師の働き方を効率化するものであり、当然、「書きやすい」「読みやすい」「個別指導が通りやすい」という類のものになっています。これを否定しているわけではありませんが、今、調剤薬局業界がすべきことは、「どのように患者さんに付加価値を提案するか?」にシフトすると考えていましたので、業務効率化はもちろんのこと、そこにあるデータをもとに患者さん一人ひとりに合った生活習慣の話や薬の飲み方の話ができる薬剤師をより増やしていくというコンセプトでスタートしたのが、「Musubi」というプロジェクトです。
――ここにきてようやく調剤薬局業界もDX化にポジティブになりつつありますが、「Musubi」の支持獲得に手応えはありますか。
もちろんあります。私たちが意識していたのは薬局・薬剤師に対するリスペクトは持ちつつも、「患者さんのために変わるべき部分がある」という提案を色々な角度からさせていただきました。「そのプロダクトを買うべきだ」ではなく、「ほんの少し角度を変えることで、患者さんに価値が届きやすい」と伝え続け、それを現実化するためにプロダクトを合わせにいったというところがあります。
私も講演会やワーキンググループなどに参加させていただく機会があるのですが、単純な営業トークではなく、あくまでも勉強になり、未来を変えていくために活用できるツールとして「Musubi」をご説明させていただいています。そういう意味では、感謝のご連絡をいただくことも多くなっていますので、ユーザーの広がりと、支持が得られていることを感じています。
ユーザー数 は、現時点で6000店舗を超えています。全国に60000軒を超える調剤薬局が存在していますので、プロダクトリリースから5年間で10%もご利用いただいていることは、薬局・薬剤師、そして患者さんからの支持が得られていることを表していると思います。
――多くの薬局が「Musubi」を導入していますが、そのメリットについてお聞かせください。
法人の規模によって得られるメリットは変わり、価値は多様化しているように思います。1店舗の薬局のオーナーさん視点では「自分の仕事を効率化したい」というニーズにも対応できますし、100店舗の法人さんであれば、「薬剤師の働き方がデータで見える化できるので評価制度が作りやすい」というメリットもあります。クラウドサービスならではの強みとして、本部が全体のデータを確認できますし、エリアマネジャーや管理薬剤師にとってはマネジメントがしやすいというメリットもあります。法人の規模やニーズによってバリューが全く違い、そのニーズに合わせた提案が可能なのが「Musubi」の強みであるとも言えます。
ですが、これらは機能の話です。今までのシステムは、それを使う当事者が効率化を図れましたが、私たちの場合は「患者さんにどのように伝えるか」「医師にどのように提案をしていくか」など、他者への影響力を高めるツールですので、「Musubi」はユニークなバリュープロポジションにあるプロダクトであり、それが大きな強みだと捉えています。
――今後「Musubi」はどの分野に注力したいとお考えでしょうか。
今後は地域医療にも取り組み、医師に対しても影響力を与えていくことを意識していきたいと思っています。
「門前が間違いで、面が正しい」という見方がありますが、私はそうは思っていません。どちらかというと立地に関係なく、きちんとした連携ができているかが重要です。立地によって、その薬局の価値が変わるのは方程式として成り立たないと思います。そこを効率化と考え、患者さんの価値になっていればそれで良いと思いますし、きちんとお医者さんと治療方針を理解し提案できるということもあります。
立地というよりは、「どんな情報を医師と共有すれば治療が継続され、患者さんの健康に寄与し、それが結果的に医師からも喜ばれる」といったところに対して、意識を向けていくタイミングだと思います。医師との連携が重要視される地域医療においてはなおさらです。
「Musubi」は患者さんに対しての問題解決にひたすら取り組んできました。そこで得た情報を、どうやって他の医療従事者に循環させるかが、これからの地域医療で重要になると思います。
【プロフィール】
中尾 豊(なかお ゆたか)
株式会社カケハシ 代表取締役社長
医療従事者の家系で生まれ育ち、武田薬品工業株式会社に入社。MRとして活動した後、2016年3月に株式会社カケハシを創業。
経済産業省主催のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストやB Dash Ventures主催のB Dash Campなどで優勝。内閣府主催の未来投資会議 産官協議会「次世代ヘルスケア」に有識者として招聘。東京薬科大学 薬学部 客員准教授(2022年〜)。