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What’sオストメイト?③
患者として、母として、モデルとして活躍する
エマ・大辻・ピックルスさんインタビュー

画像提供:(株)ライムライト

今年3月、「働くことの先にある“笑顔”を社会のチカラに変えた人たち」を表彰するイベントで、「オストメイトは不幸じゃない。時代を切り拓く日本初のオストメイトモデル」として紹介されたのが、難病である慢性偽性腸閉塞症(CIPO)のために、2019年に人工肛門(ストーマ)を造設し闘病生活を送るエマ・大辻・ピックルスさんである。全国にオストメイト(ストーマを造設した患者)は20万人超といわれるが、母親であり医師でもあるエマさんが、オストメイトであることを包み隠さず、モデルとして、また歌手としても活躍する背景には、「オストメイトは決して不幸じゃない。患者になったからこそ見つけられた生きる喜びと、サポートしてくださった方々への感謝の気持ちを伝えたい。さらに今後は予防の大切さを呼びかけ、子供たちにもオストメイトを理解してもらう活動をしていきたい」という思いがあった。(取材と文:『週刊がん もっといい日』編集長・山本 武道/撮影:ヘルスケアワークスデザイン代表・八島 充)


■16歳から難病との闘病生活を継続中

慢性偽性腸閉塞症(CIPO)は、食道から胃、小腸・大腸などの消化管の動きが悪くなり、食べた食事を消化管の中で送ることができなくなる原因不明の病気。この難病に指定された患者の数は約1,100人(難病情報センター調べ)という。エマさんは16歳から、この病気との闘いを続けてきた。

エマさん 毎日体がきついし、原因が判らないために落ち込んだことも少なくありませんでした。約22年前に慢性偽性腸閉塞症だと告げられましたが、治療法のない難病であることよりも、病名が付けられた喜びが陵駕しました。その時に改めて、人間は因果関係を求める唯一の生き物だと思いました。原因不明の症状で悩み続けた生活が終わり、「新しい生活に向けたチャレンジができる」と、切り替えることができたのです。

原因がわかれば、最新の医療技術があるし、対症療法のお薬もあります。これまで25回以上も入退院を繰り返し、今日まで多くの方の手を借りて生きてきましたが、サポートしてくださった皆さんには、ただただ感謝しかありません。



■WOCナースのたまごの一言でモデルにチャレンジ

2016年7月に胃亜全摘術、2019年9月にストーマを造設したエマさんは、「例えストーマを造設しても楽しく生きられるし、水着だって着ることができると知って欲しい」と話す。日本初のオストメイトモデルとして、「アカペラな生き方」をコンセプトに、飾らない美しさと豊かさを世界に発信するようになったきっかけはどのようなものだったのか?

エマさん ストーマを造設してから多くの資料を見ましたが、ほとんどがネガティブな内容にうんざりし、塞ぎ込むこともありました。しかし、医療人でもある私が前向きにならねばと思い、WOCナース※を目指す若手看護師に相談したところ、彼女が発した一言に衝撃を受け、私の人生が大きく変わっていくことになったのです。


その言葉とは――外国には、オストメイトモデルとして活躍している人々がいるーーというもの。ここから、彼女の素晴らしき人生へのチャレンジが始まった。

エマさん 海外、特にヨーロッパではオストメイトであることを隠さずに過ごされる方が多く、例えばストーマも体の一部と捉え、ファッションとして楽しむ傾向もありました。これを知ったことで私も、新たな人生を楽しもうという思いが強くなりました。

※WOCナースとは、Wound(創傷)・Ostomy(オストミー)・Continence(失禁)の分野及び排泄管理・セルフケア支援に関する高い看護技術をもち、日本看護協会認定の皮膚・排泄ケア認定看護師のこと。前身は、Enterostomal Thaerapist(エンテロストマール セラピスト)ナース。



■NHKが『彼女が水着に着替えた理由 オストメイト医師の挑戦』を放映

2020年秋。エマさんは、NHKが制作したドキュメンタリー番組『彼女が水着に着替えた理由 オストメイト医師の挑戦』に出演した。同番組のコメントの一部を紹介しよう。

――オストメイトとなったエマさんを待っていたのは、あきらめて我慢することばかりの暮らし。医療者でありながら、一時はにおいなどを気にして、外に出て人に会うことさえも恐れるように。しかし、ある存在に出会い、大きな夢が生まれる。その夢とは、海外で活躍するオストメイトモデルのように、自身も社会の多くの人々にオストメイトの存在を知ってもらい、もっと理解してもらう生活を始めることだった――

エマさん 国内のパウチメーカーに勤務していたゼミの後輩から、「ゼミの同期の宮崎さんがNHKに勤めているので一度連絡してみては」と勧められ、ダメ元で、Facebookでセミヌード姿になった写真を送りました。

ほどなく、写真を受け取った彼女から『通るか通らないかわからないけれど、企画を出してみます』との返事が返ってきました。そうして、コロナの最中ではありましたが、私の希望でオフラインによる取材が始まりました。

私は、「オストメイトの存在を知ってもらえるならば何でもやる」と考えていましたし、彼女も「世の中を変えたい」「時代の流れに目を向けさせたい」という思いで企画を提出してくれたのだと思います。チャンスをくださった彼女には、心から感謝しています。



■中身の見えない不透明なパウチでQOLは向上する

 画像提供:(株)ライムライト

海外で多くの「オストメイトモデル」が活躍している反面、日本にはエマさんただ一人しかいない。その背景についてエマさんは、次のように語っている。

エマさん 海外にはお勤めをしながら、オストメイトモデルとして活躍する方が数多くいらっしゃいます。モデル達は各々に、水着や下着姿、あるいはフィットネスジムに通う姿を披露し、ポジティブでハッピーなイメージを伝えています。

一方で日本は、すべてではありませんが、医師から人工肛門の造設を告げられた時に、この世の終わりによう塞ぎ込んでしまう方もおられます。その差はなんだろうと考えた時に浮かんだ1つが、パウチの問題です。

海外では中身が見えない不透明なパウチが普及していますが、日本には透明のパウチが市場の多くを占めます。透明だと中身が見えてしまうので、外に向かって啓発活動ができにくいのではないかと感じています。

私と同じ思いのオストメイトメイトが日本にもいるのではないかと思い、WOCナースに尋ねると、「価格は高くなるけれど不透明であれば患者さんのQOLも向上するし、パウチの存在を通してオストメイトの情報も発信しやすくなるだろう」とのことでした。

パウチメーカーは6社、パウチだけでも1800種類ある中で、中身が全く見えない、臭いもしない、アウターに響かない、コロプラスト社のパウチ・「センシュラミオ」との出会いが、オストメイトとしての私の生活を一変させました。

そこで知り合いのカメラマンさんに、「不透明なパウチを浸透させたい」という思いを伝えたところ、手弁当で写真を撮影していただき、ポスターを作っていただきました。こうした活動が広がっていくことで、使いやすいパウチが増えて、ポジティブでハッピーなオストメイトが増えていけば、こんなに嬉しいことはありません。



■歌手デビューをしたきっかけは?

エマさんは、2019年、40歳の時に歌手デビューを果たした。そのきっかけは?

エマさん 趣味らしきものはほとんどなかった私ですが、昔から歌うことだけは大好きでした。2016年頃、敗血症になって3日間、死の淵をさまよったことがあります。この時に、「どうせなら、やりたいことをやり切ろう」と思い立ちボイストレーニングを始めました。

ある有名アーティスト(ツアーを回るようなミュージシャン)さんの曲を歌っている動画をSNSでアップしたところ、まさかのご本人にその動画が届き、オリジナルソングを書きおろして頂けることに!聞けば身内にオストメイトの方いて、「エマさんの気持ちはよくわかる」といってくださいました。この出会いは本当にラッキーでした。歌って素晴らしい!



■オストメイトの排泄とトイレのこと

日常生活に欠かせないトイレ。健常者もオストメイトも、誰もが行く場所だ。しかしオストメイトの場合、パウチに溜まった中身をトイレに排出するための専用トイレの設置は、決して万全ではなかった。だが近年は、オストメイトの方たちにも使いやすいトイレが、公共施設やショッピングセンター、ドラッグストアや調剤薬局など、徐々に設置されるようになってきた。

エマさん オストメイトの日常生活にとって、自宅はともかく外出時のトイレ問題は深刻です。そのことを皆さんにお話しすると、『そんなことがあるのですね』と驚かれ、耳を傾けてくださる方も増えてきました。

オストメイトは、これまでトイレのことを誰にもいえず、仮にいったところで解決もできないと、やり過ごしていた方が多いと思うのです。そんな中である日の新聞で、都内渋谷区全ての公共トイレにオストメイト対応のトイレを17か所に配置したことを知りました。20数億円を投資されたとのことで、設置するコストもさることながら、オストメイトのためのトイレに対する理解が進んできたことは、とても素晴らしいことだと思いました。

様々な店舗や公共施設へのオストメイト対応トイレの導入は徐々に増えている。ドラッグストアランキングトップのウエルシアホールディングスではすでに、全国2,700店の約7割に採用している。このほかショッピングセンターにも採用事例が目立っており、今後も全国各地での普及スピードが早まると考えられる。

エマさん 先日、シンガポールに行ってきましたが、オストメイトトイレなど一つもないですし、ウォシュレットもありません。日本は、オストメイトに対する認知はまだまだ乏しいと思いましたが、オストメイトをはじめとするマイノリティに対するトイレの設置に対しては、世界最先端の「トイレ大国」だと心から感銘を受けました。



■多くの子どもたちにオストメイトのことを発信したい

エマさんは、あえて自らの病いを公表し、一人の女性として母親として医師として、モデルとして、また歌手として活動されている。これからの目標、夢はなんだろうか?

エマさん オストメイトとなってから、医療関係者、マスコミ、私が所属する事務所(ライムライト)の皆さん、そして最愛の家族からも励まされ、背中を押されて生きてきました。オストメイト人口は20万人を超え、潜在患者も含めると25万人を超えるとも言われています。人工肛門の造設を医師から告げられ落ち込んでいる本人やその家族に、患者としての自らの姿をありのままに伝え、その一方で、オストメイトにならないために予防が重要であることも呼びかけていきたいですね。

先日も日本性機能学会に招かれ、患者としての実体験をお話しさせていただきましたが、オストメイトになっても、毎日を元気に過ごすことができることを、一人でも多くの方に向けて発信していきたいです。また、患者となって多くの人たちのサポートをいただいてきたことにも、できる限り恩返し、恩送りをさせていただきたいと考えています。

人工肛門を造設するケースは若い方にも当然あります。これからは若いオストメイトにも、その心構えを、パウチのことも含めて話をしたいと思います。また、人間として生きていくには食べて、排出することが欠かせませんし、それはオストメイトもそうでない方も同じく“生きている”ということです。その当たり前のことを、未来を担う子供達にも、しっかりと伝えていきたいと思います。



取材を終えて…

エマさんのインタビューは1時間の約束だったが、あっという間に時は過ぎ去った。できれば、もっと時間をさき、素晴らしき人生を語っていただきたかった。終始、笑顔を絶やされることなく優しい眼差しで語るエマさんの話は、単なる闘病記ではなく、オストメイトだからこそ見つけられた、一女性として母として、そして医師、歌手、オストメイトモデルとして素晴らしき人生を謳歌するハッピーストーリーであった。

人それぞれ考えていること、行動すること、希望や夢も異なるが、でも誰もが健康で幸せな生活を過ごしたいという願望は共通している。エマさんは、「これからも、オストメイトになったからこそわかった、自身の生き方も含めて多くの人々に、希望に満ちた人生への道標を明るく照らす存在でありたい」と結んでくれた。

取材場所の事務所から、エマさんが自家用車を止めていた駐車場までご一緒した。で、「お疲れのところ、取材ありがとうございました」と告げたところ、「最寄りの駅まで送るから…」といっていただいたが、「でも、歩いて行ける距離ですから…」とお断りした。それでもエマさんは、「猛暑なので熱中症が心配だから…」と、結局送っていただいた。エマさんの優しい心遣いに触れて、素晴らしい笑顔が瞼に、そして清々しい気持ちが心の中に残った。(了)

<エマ・大辻・ピックルスさんプロフィール>

慶應義塾大学法学部卒業、同大学大学院政策メディア研究科(竹中平蔵ゼミ)、鹿児島大学医学部医学科学士編入、東京大学法医学教室客員研究員兼東京医科大特任助教、がん研有明病院健診センター非常勤務医など。