新型コロナウイルスの5類移行を機に、滞っていた人流が再び活発になってきた。ただ、コロナは終息した訳ではなく、コロナ以外の感染症のリスクもなお高い状況にある。今後は個々の責任におい感染対策を講じる必要があり、物差しとなる確度の高い情報が求められている。その情報源として有望視されるのが、東北大学の黒澤一教授が総合監修し、ジェイ・シス(佐藤民弥代表)が運用する「プレサイン」である。「プレサイン」は感染症の予防と拡大防止に重点をおいたアプリで、都道府県別の感染情報のほか、大学教授や医師が監修した情報を提供している。近い将来は医療施設等のデジタルサイネージにも情報を配信する予定だという。先ごろ感染対策の商品やサービスを提供するサラヤ(更家悠介社長)が、プレサインの開発を支援することを表明した。以下に、更家社長と黒澤教授の対談の模様をお伝えする。(文責=八島 充)
更家社長 プレサインを開発された経緯をお聞かせください。
黒澤教授 私の専門は呼吸器系ですが、現在は大学の産業医を務める傍ら産業医の教室を開き、地域における産業衛生のあり方をお伝えしています。
産業医は企業に対して健康管理や衛生管理を目的にした社員研修(衛生講話)をおこないますが、小規模事業者の一部には、その理解度が低いために、有効な対策が講じられないケースがあります。
この問題を解決するために、講話の内容を網羅した情報のプラットフォームが必要だと考えました。これが、「プレサイン」を監修した最初の理由です。
当初の「プレサイン」は、“産業医が監修する情報”という切り口で、特に感染症に特化した内容ではありませんでした。ただ、作業の最中にコロナ禍となり、産業医の枠組みを超えた医療情報の提供が必須と考え、現在の形になっています。
更家社長 確かに、コロナ禍の前でも、職場で咳をしている社員にどのような指導するのかは難しい判断が必要でした。感染症に関しても、予防接種や発症前後の休暇の取り方等、初期段階の判断を誤れば、経営に悪影響が出かねません。
黒澤教授 その通りです。実際にコロナ禍となって、「施設内の消毒をどのようにすれば良いか」とか、「休業のルールをどうやって作れば良いか」という問い合わせが、産業医に殺到しました。
そもそもこうした局面で活躍するのが産業医であり、そのために産業医は、正しい情報をどこで取得し、どうやって伝えていくかに神経を尖らせています。故に、マスコミから無作為に入手した情報と、産業医が監修し伝える情報とでは、社員の信頼度が違うのです。
更家社長 弊社はクライアントの食品製造業に対し、普段から「手指消毒」や「感染リスクの高い場所の清掃」を推奨してきました。しかしノロウイルスが流行した際に、社員に休暇を取らせるタイミングや、その家族のケアをどうするかという決め事は双方にありませんでした。
食品製造業では、休暇を取らせることで人員不足となり、経営にマイナスの影響を被ることも少なからずあります。その一方で、現場で感染者を出せば社会的責任を問われる事態に陥ります。この部分は、非常に悩み深い問題だと認識しています。
黒澤教授 コロナやノロウイルス、さらに夏の時期に流行るヘルパンギーナも感染経路は違いますよね。いずれにしても、各々の感染のメカニズムと対策を判りやすく伝えていくことが、情報の第一歩だと考えています。
更家社長 感染する、しないに関わらず、まずは正しい知識を持って、備えていただくということですね。
今回のコロナでは、子供を介した家庭内感染も多かったですが、家庭内感染のメカニズムや対策があらかじめ判っていれば、慌てる方も減ったと思います。
実際に今回のコロナは、家庭はもちろん、職場でも簡単に対策ができないことを露呈しました。結局は人間関係に起因する部分が多く、(感染経路等を)会社に報告しない事象もあったと思います。そうした事象にも手がとどく、正しい情報が必要ですね。
もう1つ、弊社には家族を在宅で介護している社員がおり、介護を理由に休暇を取ることも少ながらずあります。こういうケースでも、「介護は会社の外の話」と捉えずに、積極的な情報提供が必要と考えます。これによって当該社員の心構えが変わり、会社あるいは医療従事者との意思疎通が円滑にいけば、巡り巡って会社にもメリットが出るはずです。
例えば、インフルエンザが高熱を発することは誰もが知っていますが、それが高齢者の場合、心臓や呼吸器に二次的な影響をおよぼす可能性があります。感染症が様々な健康の阻害要因になるという情報を、「プレサイン」から発信していただければ、皆が信頼とリスペクトを持って、行動に移してくれるのではないでしょうか。
またそうした情報を、一般生活者と医療機関をつなぐ役割のある薬局やドラッグスストアと共有できれば、生活者・事業者の双方に大きなメリットが生まれると考えます。
黒澤教授 今回のコロナで私たちは、「感染症が広がると世の中が変わってしまう」という現実を突きつけられました。
残念ながら多くの方が亡くなり、経済の混乱によって事業が傾き、当大学に至っては学舎に集うこともままならなくなりました。国際的にも、中国のロックダウンに代表されるように、国家間の往来ができなくなり、航空会社や貿易を生業とする企業も打撃を受けました。
今私たちが胸に刻むべきは、「感染症は決してなくならない」という認識です。いずれ別の感染症が起こること、既存の感染症も繰り返し起ることを理解しなければなりません。
これまでは、たとえば毎冬に流行するインフルエンザに対し、「手洗いをしましょう」「休養と栄養摂取を心がけましょう」といった紋切り型の対策しか伝えられてきませんでした。
しかしこれからは、詳細なデータをもとに、予防のタイミングや、訪問を避けるべき地域・場所などを伝える対策へと変化していくべきだと思います。また産業医の立場から、発症の前後予測を踏まえ、事業のコントロールに役立つ情報の提供も、一層必要になってくると考えています。
実家で農業を営む私の父は、天気予報を見て明日の仕事の段取りを決めていました。私たちが提供する感染症情報「プレサイン」は、そのような役割を担うことを目標にしています。
更家社長 弊社の事業の根幹は予防であり、その兆候をいち早く見つけ、対策を促すことに注力してきました。多くの方は予防に二の足を踏みますが、予防への投資は、発症後の治療費よりも圧倒的に低コストなのです。それを判っていながら、正しい情報が少ないために、生活習慣病を患ったり、感染症を発症しているというのが現実です。
感染症に関して言えば、2002–03年にSARSが上陸し、2009年に新型インフルエンザが世界中で流行し、2020年にコロナがやってきました。感染症が定期的に訪れているのは事実であり、その闘いに終わりはありません。全ての国民が日々、「いつかまた来る可能性がある」という意識を持って、準備をしておく必要があるでしょう。
実際に、コロナが5類に移行し、予防に手を抜いている隙に、ヘルパンギーナの感染症が増えています。今回のコロナを教訓として、予防の習慣を継続することを強くお勧めしますし、日々の情報源として「プレサイン」が広く活用されることを望んでいます。
2020年にローンチされた「プレサイン」は、感染対策情報アプリとして、全国の自治体や幼児教育の現場などに配布がすすめられてきた。現在は、関連情報を日々アップデートしつつ、様々な角度の新データを加え、それをAI分析にかけながら、効果の高い対策を促す情報へと進化を続けている。さらに、医療機関のデジタルサイネージに情報を配信する計画もすすんでおり、将来的に社会のインフラとして広く定着する可能性を秘めている。
更家社長は、以前フランスの感染情報システムを視察した際に、「日本にもこうした仕組みが必要」と考えてきた一人で、その後に出会った「プレサイン」について、「(フランスの)先を行く先進性がある」と太鼓判を押し、今回の支援を決定した。その更家社長は、「プレサインの情報をもとに、弊社の予防ビジネスをブラッシュアップしたい」という考えとともに、「この情報を独占する考えは毛頭ない。有用性を感じていただける全ての方が活用できるよう門戸を開いていく」とも語っていた。
運用会社ジェイ・シスの佐藤代表は、「近く新たなサービスの骨子をお伝えできると思いますので、ぜひご期待ください」と言う。当編集部も「プレサイン」の進化を引き続き見守っていきたい。(了)
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