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「体力の見える化」って何ですか?
ファンケルが「体力の見える化」で画期的技術 〜運動は最良の薬なり!!〜

皆さんは、昭和の名横綱・千代の富士が引退時に放った「体力の限界!」という名言を覚えているだろうか。アスリートならずとも、「体力」を知ることは己を知る第一歩だが、その体力には個体差があり、どこが限界なのか、どうやって向上させるのかも千差万別である。先頃ファンケル(島田和幸社長)が、個々の体力を、簡単・安価・正確に「見える化」する画期的な技術を開発した。この技術を応用することで、スポーツ、医療、介護その他に様々なメリットをもたらすという。開発者である同社新規事業本部の阿部征次氏に話を聞いた。(取材と文=八島 充)

体力とは「有酸素性能力」である

阿部征次氏

ーーそもそも体力って何なのでしょうか?

阿部氏 「長時間、一定強度の運動を続けることができる能力」のことで、心肺持久力有酸素性能力とも呼ばれています。有酸素性能力とは「体の中に酸素を取り入れながらできる運動」で、息切れをせずに運動を続けられる状態を指します。

体力が高ければ、アスリートなら競技力が高いですし、一般の方でも死亡率が低いことがわかっています。体力と生命活動は密接に関係しているのです。

――「体力の見える化」と言いますが、学生時代に経験した「体力測定」とは違うのですか?

阿部氏 スポーツ庁がすすめる「体力測定」の物差しは、男女や年齢で区切った平均値に過ぎません。例えば小学校3年生男子の50m走の平均タイムは10秒で、これより早いか遅いかを比べるに留まります。

ただ、体力は年齢や性別だけでなく身長や体重、運動習慣や疾病の有無など様々な理由で個体差が出るので、「体力測定」だけで評価はできません。それぞれのバックグラウンドを把握して評価することが、真の「体力の見える化」だと考えます。

図)「体力の見える化」技術の概要

「過負荷の原理」と「個別性の原則」

――「体力の見える化」は、何故必要なのでしょうか?

阿部氏 一般的に、体力の維持・増進には運動が欠かせないと言いますが、闇雲に体を動かしても効果が出る訳ではありません。

体力を向上させるトレーニングには、「過負荷」「特異性」「可逆性」の3大原理と、「個別性」「全面性」「漸進性」「反復性」「意識性」の5大原則があり、中でも大切なのが「過負荷の原理」「個別性の原則」です。

「過負荷の原理」とは、日常生活以上の負荷を身体に与えることです。しかし、体力には個体差があるので、その人に合った負荷を加えなければなりません。これが「個別性の原則」です。こうした原理原則のっとったトレーニングをするためにも、「体力の見える化」が必要になってきます。

――だんだん解ってきました。阿部さんが「体力の見える化」に着目したきっかけは?

阿部氏 「体力の見える化」に関する技術に、1973年にワッサーマン氏が確立した「呼気ガス分析法」というものがあります。

この「呼気ガス分析法」は、精度は高いのですが、測定機械の価格は1,000万円以上で、測定の費用も1回2万円超と高額です。また測定や判定に医師や理学療法士が携わるなど、誰もが気軽に体力を測定できるものではありませんでした。

世界中の研究者が、もっと簡単な方法はないかと模索してきましたが、未だ「呼気ガス分析法」を超える技術は実用化されていません。

「簡単な方法はないの?」で火が着く

私はもともとアスリートで、大学院では運動生理学を学んでいました。それが高じて大学の教員となり、「体力の見える化」の研究に着手しましたが、やはり「呼気ガス分析法」に変わる技術を見だせませんでした。

その後縁あってファンケルに勤めるようになり、研究所でサプリメントの開発に携わりましたが、頭の中では常に、運動生理学のこと、「体力の見える化」のことを考えていました。

(イメージ画像)

そんなある日、研究所の女性から、「ダイエットのために走っているが、どのくらいの強度のトレーニングが必要か教えて欲しい」と相談されました。

私は、体力の個体差や運動の原理原則とともに、現状では「呼気ガス分析法」で調べるしかないと伝えました。その回答に対して彼女から、「もっと簡単な方法はないの?」と言われ、研究魂に再び火が着いたという訳です。

――ファンケルの企業風土も後押しになりましたか?

阿部氏 そうかも知れません。日本ではまだ浸透していませんが、欧米のスポーツ医科学界には、「エクササイズ・イズ・メディスン」という言葉があります。「運動は心と体に薬同様の効果がある」という意味です。

もっと言えば、運動には薬のような副作用はないですし、体力を向上させる薬もこの世に存在しません。サプリメントを介して人々の健康を追求してきたファンケルが、運動の研究をすすめることは、極めて自然な流れだったと思います。

独自の計算式で誰でも判定可能

――「体力の見える化」の新技術を、分かりやすく解説してください。

阿部氏 従来の「呼気ガス分析法」は、身体がどのくらい酸素を必要としているのかを調べ、有酸素運動から無酸素運動に切り替わる転換点(無酸素性作業閾値=AT)を、体力のポイントに定める手法です。

比較実験に用いた「呼気ガス分析法」の機械

運動の強度を上げると、足りない酸素を取り入れようと呼吸が荒くなります。荒くなるポイント(AT)は体力の高い低いによって異なるので、それを知ることが「体力の見える化」につながるという仕組みです。

酸素が必要ということを言い換えれば、酸素が不足しているということになります。そこで、酸素の不足を測るパルスオキシメーターを用いた「酸素飽和度法」という手法で体力のポイント(酸素飽和度性作業閾値=ST)を導き、先のATと比較することにしました。STとATの数値が一致すれば、高額な機械を用いることなく、またより簡単に、体力のポイントが解るということになります。

とはいえ、精度の高いパルスオキシメーターもそれなりに高額です。どうやって工面しようと悩んでいたら、メーカーに偶然にも保育園からの同級生がおり、快く貸し出してくれました。

お借りした機器を使って、前出した女性を含め、のべ150人に登る方々に協力を頂き臨床をおこないました。その結果ATとSTに高い相関が見られ、「これは本物だ!」という確証を得ました。

また、「呼気ガス分析法」のデータから体力のポイントを割り出すには専門家の経験が必要ですが、これを客観的に見えやすくするため、STの算出で独自の計算式(S-slope法)を開発しました。これにより、誰もが正確に判定できる汎用性の高いシステムが構築されました。

一連の成果は昨年11月に広島大学病院リハビリテーション科と共同で学会に発表し、10に登る特許も出願しました。学会発表後は様々な場面で評価をいただきますが、これも私の仮説に付き合ってくれた臨床のグループそして、研究魂に再び火を着けてくれた彼女のおかげと感謝しています。

効果的な健康寿命延伸策も

――この成果を今後どのように活用していくのですか?

デバイスのデモ機。今年度にも完成品の第一弾がお披露目される予定だ

阿部氏 これまでも医療やスポーツの世界で「呼気ガス分析法」が広く活用され、関連するエビデンスも蓄積されています。そこに汎用性に優れた当技術を投入することで、応用の範囲は格段に広がると考えます。

医療分野では、術後の回復を早め、がんの再発率を下げ、また認知症の予防にも役立つでしょう。介護分野でも、効果的なリハビリ療法や健康寿命延伸策を提供できるようになります。

スポーツ分野では、データに基づいたトレーニングによる競技力の向上が期待でき、一般の方も個々に合った体力増進や体型維持のプログラムを作成できます。このほか、人間ドッグに「体力の見える化」の項目を加えたり、個々のデータ取得を目的とした新たな「体力測定」も実現可能でしょう。

――現在の測定デバイスはデモ版のようですが、完成はいつ頃になりますか?

阿部氏 来年度までにデバイスを開発し、各分野の状況を見極めながら事業を展開していきたいと考えています。

デバイスを装着する阿部氏。実はオリンピックでフィジーの柔道の代表監督も務めたアスリートだ

――非常にワクワクする取材でした。本日はありがとうございました!

【阿部征次氏 略歴】
▼岩手県釜石市出身。幼少期より柔道の道に邁進し、北京オリンピックにてフィジーの代表監督も経験。その後、柔道家兼研究者として機能性原料の開発に従事。ファンケル入社後は血圧/コレステサポートなどのサプリ開発をし、2022年より本技術の研究/製品開発/事業化を進めている。