2016年に「乳がん」と診断された患者数は9万人を超え、罹患率は30年間で約5倍にも増加している。当然、予防や治療も重要ではあるが、術後の患者のQOLをどのように高めていくかも同等に大切となる。本稿で皆さんにお伝えしたいのが、「術後の乳がん患者に向けた入浴着が存在している。しかも、ワンコインで購入できる製品がある」ということだ。その製品は、GSIクレオスと畿央大学との共同研究による「バスタイムトップス」。2021年10月に上市され、徐々にその輪を広げつつある同製品だが、ヘルスケアや生活支援のプラットホームであるドラッグストア・薬局関係者は、ぜひ注目したいところだ。(取材と文、人物写真=佐藤健太)
「バスタイムトップス」は繊維および工業製品を軸とする商社・GSIクレオスと畿央大学健康科学部人間環境デザイン学科の村田浩子教授らのコラボレーションで誕生した乳がん患者向けの入浴着である。「乳がん手術後、入浴をためらってしまう方々をケアし、一人でも多くの方が入浴施設で楽しめるように」というコンセプトで企画・製品化された。村田教授らが、乳がん患者向けに術後の傷を覆って入浴ができる入浴着を研究、GSIクレオスが素材提供および製造・販売をしている。
村田教授は畿央大学の公式サイトで「私たちは2016年度から入浴着の開発に取り組んできました。時間はかかりましたが、本不織布(バスタイムトップスに活用されている素材)との出会いが入浴着完成へとつながりました。良いものができている実感はありましたが、商品化にたどり着けたことを大変嬉しく思っています」と語っている(https://www.kio.ac.jp/topics_news/71136/)。
プレスリリースを出して以来、多くのメディアから取り上げられ、全国の幅広い地域から問い合わせがあったという。
「術後の入浴に悩みを抱えている方がいることを知り、力になりたいという思いからこの研究開発がスタートしました。やはり同様の悩みをもつ方や、つらい思いや経験を共有したご家族や友人のために何かをしたいという方が全国にいるのだと実感しています」(村田教授)
乳がん手術後の入浴着自体は以前から存在しているが、価格3,000円~5,000円の持ち込みタイプの入浴着が主流である一方、「バスタイム トップス」は日本初の使い切り型で、価格も495円(税込み)と手頃であることが大きな特徴となっている。
また、直近では畿央大学がグッドデザイン賞も受賞しており、「リサーチの元、入浴時の快適性や着脱を考慮し、手術痕をカバーするための形の工夫がなされ、必要な機能を取り入れ実現していることが評価された。程よい厚みの不織布生地ですっきりと機能的に仕上げ、使い捨てであることや価格も含めバランス良く仕上げている」と高く評価された(https://www.kio.ac.jp/topics_press/76841/)。
国立がん研究センター がん対策情報センターの統計によると、「乳がん」と診断された患者数は30年で約5倍にもなっており、厚生労働省の調査では9万人を超えている。一生の間に「乳がん」になる確率は2018年時点で9人に1人とされている。乳がんは他部位のがんと比べると死亡率が低いという特徴があり、早期発見・早期治療が何よりも重要とされている。
2016年に村田教授が行なった乳がん術後の女性に対する調査では、回答者の約半数が「温泉に行きたくても行けない経験をした」と答え、市販されている入浴着についても半数の人が「知らない」と回答している。
GSIクレオス・マテリアル部の森田雅彦部長は、「村田教授との出会いをきっかけに乳がん患者さんの悩みを知り、『乳がん患者さんが利用できる入浴着』の開発に取り組みました。『バスタイムトップス』を通じて、当社のノウハウが医療・介護で貢献できるという可能性を多分に感じました」と語る。
「バスタイム トップス」に触れてみると、柔らかさと肌に馴染む感覚に驚かされる。森田部長は「入浴着は直接肌に触れるもので、お客さまが最も気にされると思いますので、肌触りにはとてもこだわりました」と明かす。
この他「バスタイム トップス」には、「背中がV字カットで体全体が洗いやすい」「生地が伸びる素材なので、着脱しやすい」「湯切れしやすい」「お湯の中で生地が浮かびにくい」「胸のギャザーが左右の胸のバランスを保つ」「フリーサイズ展開で、より多くの方に着用して頂ける」という強みを持つ。
GSIクレオスは、「バスタイム」シリーズのラインナップ拡大に着手しており、トップスに加えてワンピースやボトム等の製品化にも取り組む。
「トップスのみでは、『着用=乳がん』という印象を持たれてしまう可能性があります。ワンピースやボトムを提供していけば、乳がん患者さんだけではなく、さまざまな方々も着用できます。入浴着が生活に溶け込んでいき、皆さんが抵抗なく着用できる環境を作っていくことが、『バスタイムトップス』の最終形だと思っています」(森田部長)
GSIクレオス・吉永直明社長は、「バスタイムトップス」およびヘルスケアへの取り組みについて、「この製品は、お取り扱いいただいたとしても、数多く売れる製品ではありません。地道ではありますが、販売に携わる方々から一つ一つご理解を得ていくことが、買い場の増加につながっていくと思います。着用を許可してくださる浴場においても、他のお客さまから『なぜあの人は入浴着を着ているのか?』と問題視されないよう、現場での啓発活動も重要です。徐々に許可をいただける入浴施設が増加しており、皆さまの理解が深まって、『導入したい』とお考えくださる施設が増えていくことで、乳がんの術後の方々のQOLはさらに良くなっていくでしょう。
なかなか日が当たりにくいけれども、当社であればお困りになられている方々のお役に立てるようなヘルスケア関連製品にも少しずつ参入していきたいと考えています。そのためには私たちの知見だけでは足りませんので、大学教授など造詣が深い方々と連携しながら製品を生み出し、お客さまのヘルスケア・生活の質を高めていきたいと思います」と展望する。