ヘルスケア産業の「人・企業・挑戦」を伝える無料専門メディア「Hoitto! ヘルスケアビジネス」

新連載 マレーシア・ボルネオ島レポートその①

【序章】サラヤの挑戦〜持続可能な活動を目指して
 現実と向き合い企業の役割を模索

ヤシノミ洗剤


戦後の衛生環境改善が事業の始まり


サラヤの源流は、創業者・更家章太氏が生まれた三重県・熊野の森にある。林業を営む家庭で育った彼は、「豊かな自然への感謝を忘れず、環境に優しいモノづくりがしたい」という志を抱いて、1952年に大阪で起業した。


戦後間もない当時の日本は、衛生環境が悪く赤痢が蔓延していた。今も昔も感染予防の基本は手洗いの励行。その効果を高めるため、日本で初めて殺菌成分を配合した「薬用せっけん液」を開発し販売したのが、事業の始まりだ。


いくら良い商品でも使ってもらわなければ事業は続かない。全国の学校の洗面所に商品を設置しながら、「食事の前に手を洗おう」などの標語とともに手洗い習慣を啓発した。その甲斐もあり、感染症が減り人々が健康になる実感を得た更家氏は、「衛生・環境・健康への貢献」を使命に掲げ、「ビジネスを通じ社会課題を解決する」ことを目指す。


「ヤシノミ洗剤」の無色透明は“高品質の証”


そして60年代、日本は高度成長期に突入し、大量生産・大量消費が始まる。経済優先の中で大きな社会問題となったのが河川の汚染である。石油を原料とする合成洗剤の排水が流れ込む川はあぶくまみれとなり、生分解ができないために河辺の生態系を犯していた。

1971年に発売された「ヤシノミ洗剤」第1号 


「モノをキレイにするはずの洗剤が環境を汚している」ことに心を痛めた更家氏は、環境を汚さない洗剤の開発に着手する。それが、洗浄成分に椰子の油(ココナッツオイル)を使用した食器用洗剤「ヤシノミ洗剤」(1971年発売)だ。業界に先駆け環境配慮型洗剤として登場した同商品だが、当時の消費社会に受け入れられず長い間、販売には苦労したという。しかし「良いものは認められる時が来る」と我慢の販売を続けた結果、55年を誇るロングセラー商品へと成長した。


その「ヤシノミ洗剤」、合成香料・着色料も不使用で、排水は素早く生分解され河川を汚さない。安全性も高く手肌にも優しいという利点があった。「無香料・無着色の洗剤を作るには精製度が高い高コストの原料を使うことになります。香りや色で誤魔化さないヤシノミ洗剤の無色透明を当社は“高品質の証”と伝えています」(同社広報宣伝統括部 統括部長・廣岡竜也氏)という。


TV番組での炎上、誤った認識が広まる

 
“エコロジー洗剤の代名詞”とうたわれた「ヤシノミ洗剤」だが、2004年に転機が訪れる。環境問題を取り上げるTV番組が、マレーシア・ボルネオ島の熱帯雨林が伐採されてアブラヤシ農園となり、そこで暮らしてきたゾウと人間の間でトラブルが起きていると報じた。


番組側はパーム油を使用するメーカーに取材を申し込み、唯一応じたのがサラヤの現社長・更家悠介氏だった。その更家社長は、「原料の生産地にまで考えが及んでいなかった。この事実をしっかり受け止め、正しい情報を得て対策を講じたい」とコメントした。


しかし番組では、「考えが及んでいなかった」という言葉だけが切り取られた。視聴者から「無責任だ」という声が上がり、「ヤシノミ洗剤が熱帯雨林を破壊している」という誤った認識が拡散されたのである。


そうした炎上に対しても更家社長は逃げなかった。すぐさまボルネオ島に調査員を派遣し、現地で情報収集を開始。番組では見えなかった現地の実態を突き止めた。


パーム油は安価な食用油として世界中で活用され、植物油としては2003年に大豆油を抜き世界最大のシェアとなっている。生産国はインドネシアとマレーシアが8割を占め、輸出先はインド、中国、パキスタンの3国で4割を占める。日本の輸入量は全体の1%強にすぎず、そのうち加工食品原料や業務用揚げ油などの食用が約8割で、洗剤や化粧品などの非食用は2割弱にとどまる。

植樹3年で実をつけ、25年間時期を問わず収穫可能なパーム椰子。1ヘクタールあたり年間3.8万トンを収穫する


パーム油の需要は1980年代から急増しており、ボルネオではこの40年間で熱帯雨林の実に半分が消失し、そこにアブラヤシ農園が作られてきた。生息域を追われた野生の動植物は絶滅の危機に瀕しており、安価な労働力を求める農園オーナーが、違法移民や18歳未満の児童に就労させている実態も明らかになった。


この報告を受けたサラヤは、ボルネオの問題の本質は「環境と人権という地球規模の課題」であると分析し対応を協議した。


そもそも、生産国も消費国もパーム油の依存度が極めて高く、単純に「生産をやめてくれ」と言える状況ではない。辿りついた答えは、「現地の実態を直視し、現実に即した取り組みをしていこう」というものだった。なお、「パーム油が悪ならその代替を探すべき」との意見も出たが、パーム油の生産効率(アブラヤシの実の収穫効率)が極めて高いため、代替すればさらに環境破壊が進むという懸念から断念している。


保全プロジェクトが一企業の枠を超え発展


先のTV番組では、生息域を奪われたボルネオゾウが農園を荒らす映像と共に、害獣として扱われ、傷つけられたり殺されたりしている様子が伝えられている。サラヤはこの問題を、「野生動物と人間の営みが近づき過ぎたことにある」と考え、野生動物と人間の共存を目指す「ボルネオ環境保全プロジェクト」をスタートした。


以下はサラヤが行ってきたプロジェクトの概要である。プロジェクトの中には、サラヤの活動に共感するNPO・NGOに引き継いだものもあるが、全てにおいてサラヤが主導的な役割を果たしてきた。


特に野生の動植物の生息域を確保する「緑の回廊プロジェクト」は、野生動物の絶滅を回避させる有効打と注目されている。すでにサラヤは2009年〜2025年の間に13ヶ所、合計35ヘクタールの土地を買い戻してきた。


しかし、同プロジェクトを完成させるには、巨額な土地の購入資金を捻出する必要がある。もはや一企業でプロジェクトを進めることは現実的ではない。

RSPO認証マーク 


そこでサラヤは、現地の野生動物局、生物学者、NPOとともに、マレーシア・サバ州政府公認の国際NGO「ボルネオ保全トラスト(BCT)」を創設(2006年)。パーム油の恩恵を受ける全ての企業・団体の力を結集し、プロジェクトを遂行するフェーズへと移行した。現在はカルビーやキリンビバレッジほかも加盟している。カルビーは2023年に「緑の回廊プロジェクト」に参画し、1.4ヘクタールの土地を買い戻した。


こうしたムーブメントは世界の産業界にも広がっている。2004年に「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」が創設され、「世界自然保護基金(WWF)」とユニリーバが幹事となりパーム油生産のルールを採択。環境や人権に配慮した持続可能なパーム油の使用者に認証マークを貸与し、企業の社会的信頼やブランド価値を高める活動を支援している。


サラヤは2005年開催の同会議に日本企業として初めて参画し、更家社長自らが壇上で決意を表明している。同年のRSPO加盟企業は同社を含め83社だったが、2025年現在は6000社以上となり、そのネットワークは世界の産業界に広がり続けている。


なお、サラヤは「ヤシノミ洗剤」を含めパーム油を使用する家庭用製品の全てにRSPO認証マークを取得している。その他の日本企業も加盟はしているが、国内で認証マークをつけた商品は流通していない。認証植物油が高価であること、マークの取得は様々な審査を受ける必要があることなど、商品のコストアップになる一方で、国内の消費者の環境意識の程度などが関係していると推測されるが、この辺の事情は次の機会に紹介する。(続く)


「連載 マレーシア・ボルネオ島レポートその①」はここまで。次回レポートその②は、現地・ボルネオ島の現状と、それに対峙するサラヤの取り組み、そして20年の活動を通じ見えてきた光明と課題についてお伝えします。