

キャラメルにチョコレート、ビスケットにスナックなど、全国民に親しまれている食品メーカーの森永製菓株式会社。近年は長年培った知見と高度な技術を用いたヘルスケア領域の商品開発に取り組んでいるが。好評連載中の「矢澤一良博士が行く!ウェルネスフード・キャラバン」第15回は、森永製菓でヘルスケア関連素材の研究開発に取り組む松井悠子さんを迎えた。松井さんは、パッションフルーツの種子からポリフェノールの一種「ピセアタンノール」という素材の抽出に成功した研究者である。現在はこの素材を用い、健康長寿社会の実現に向けた活動を行っている。
矢澤一良博士(以下、矢澤博士):当時の東京水産大学(現・東京海洋大学)に赴任していた頃、松井さんは私の講義を聴講されていました。貴方が森永製菓で機能性素材の研究に取り組んでいると聞き、ぜひ話をききたいと思っていました。まずは入社のきっかけをお聞かせください。

松井悠子リーダー(以下、松井氏): 矢澤先生には大学院時代に1年間お世話になりました。その節はありがとうございます!森永製菓は「おいしく、たのしく、すこやかに」というコーポレートメッセージのもと、たくさんのお菓子を作ってきた会社です。私も「皆に愛されるお菓子を開発したい」という思いを持って2004年に入社しました。大学で学んだ加工食品分野の業務を希望したのですが、配属された部署は意外にも、ヘルスフードの基礎研究分野でした。
当初の思惑とは異なりましたが、創業者・森永太一郎氏の著書「パイオニアの歩み」に感銘を受け気持ちが動きました。当社は、チョコレートのカカオ豆からの一貫製造や飲用ココアの販売、最近ではストローを内包したゼリー飲料など、国内初の事業や商品が数多くあります。そのパイオニア精神を基礎研究に捧げようと決め、現在に至ります。

矢澤博士:健康やウェルネスを意識した商品開発にも熱心ですよね。
松井氏: 2021年に「2030年にウェルネスカンパニーへ生まれ変わります。」という計画を立ち上げ、身体だけでなく心や環境も健康に導く活動を進めています。お菓子の領域も、食べて栄養を補うだけでなく、身体も心もハッピーになる商品づくりを目指しています。
矢澤博士:多くの子どもは「お菓子」や「おやつ」と聞いただけで心がときめきますよね。摂取によって情緒もコントロールできるモノづくりに取り組む姿勢は素晴らしい。一方で、基礎研究を商品化に結びつける作業は非常に困難な道のりだと想像しますが…。
松井氏:そこからがパイオニア精神の出番です!今回紹介するパッションフルーツ種子由来のピセアタンノールですが、開発は約20年前、「当社で独自素材を開発しよう!」という掛け声で始まったプロジェクトです。入社2年目でプロジェクトに参加した私は「大変な課題を背負ってしまった」と戸惑いましたが、当時の上司に背中を押され、研究が進みました。この研究は私が始めたものですが、その後多くの研究員の力によって機能性の研究、多くの大学と共同研究、原料化に向けた研究が行われ、現在のような形で食品原料として世に出すことができました。
矢澤博士:パッションフルーツに着目した理由は?

松井氏:数年分の論文や学会誌を調べるところから始まっています。機能性がありそうなものでありながら、あまり研究が進んでいないものという観点で調べていました。すでに研究が進んでいれば、当社が入っていくことが難しくなりますからね。
素材を絞り込んでいく中で、パッションフルーツが候補となりました。「南国の植物には抗酸化機能があるだろう」という仮説と、子供時代を過ごしたオーストラリアで身近な植物だったという理由から、最終的に「パッションフルーツを研究テーマにしたい」とプレゼンしました。研究を始め、その皮・果汁・種子を分析した結果、種子にポリフェノールの一種「ピセアタンノール」が大量に含まれていることを発見しました。
「ピセアタンノール」の分子構造は「レスベラトロール」に似ており、抗酸化作用があります。美容市場が伸びていることや、私自身の関心としてこれを「美容」に役立てたい」という思いでスクリーニングを重ねてきました。
研究として注目したのは、2014年に発表されたサーチュイン遺伝子の発現増加の成果です。「人生100年時代」という近年の流れを受け、改めてその研究成果に立ち返り、サーチュインの活性化に関する大規模なヒト試験を展開しました。
この結果、「ピセアタンノール」はサーチュインを活性化することが分かり、2024年に論文発表をしました。いずれにしても、個人的興味も含めて素材に選んだパッションフルーツが、20年を経て大きな成果となったことは本当にラッキーでした。
矢澤博士:ラッキーも簡単には訪れません。私は常々「(スクリーニングは)続けることが大事」と言ってきましたが、辛抱強く研究を継続した努力の賜物ですよ。さて、今後の研究について目指していることは何ですか?
松井氏:「ピセアタンノール」にはまだまだ可能性があると考えており、当面はサーチュイン遺伝子を中心に掘り下げていく予定です。また、これまでのヒト試験において、肌の潤い、肌の弾力、脂肪の燃焼の論文も報告しており、いずれも機能性表示食品として届出がされています。当社としては、機能性表示も大事にしながらも、その根本であるサーチュインの活性化というところを差別化のポイントとして、今後も発信していく所存です。
矢澤博士:一連の研究を、国民が広く知るメーカーが行っていることに大きな意義があります。パッションフルーツ種子エキスという素材をどのように育てて世に広めていくお考えですか。
松井氏:まずはBtoBの領域で当ブランドを知ってもらうべく、展示会への出展などを促進していきます。最近は少しずつ認知を得ている実感があり、その成果の1つとして昨年4月から、株式会社ASAGI Labs(早野元詞社長)と共同で、「若返りを科学する−最新研究の社会実装プロジェクト−」の活動が始まりました。

矢澤博士:XPRIZE Healthspanに参加されているとお聞きしましたが、それは何でしょうか?
松井氏: XPRIZEは人類が直面する最も重要な課題の解決を目指し、大規模なコンペティションを企画・運営する世界的なリーディング組織です。30年以上にわたり、独自の仕組みを通じて、誰もが参加できるイノベーション創出を促進し、科学的に実証可能で社会に広く展開できる解決策を生み出してきました。
またXPRIZE Healthspanは、現在進行中の世界的なコンペティションで、最低10年の若返りを目指しております。賞金総額は1億ドルと、注目度の高さを感じさせます。森永製菓は、パッションフルーツ種子から抽出したピセアタンノールを軸に、このXPRIZE Healthspanに挑戦をしております。

国内外で若返りの実現が注目され、その実現において認知・運動機能・免疫の3領域が注目されるなかで、森永製菓としてもそれをウェルネスの方向性の一つにしていければと考えています。
私たちメーカーの活動は、独自の技術をいかに社会実装していくかが肝であると心得ています。1つの素材に対しても、研究者の視点だけでなく、異なる立場の方がそこから何を感じるのかを考えて行動することが大切です。これからも、世の中にない新たな価値を生み出すべく活動を行ってまいります。私たちの活動に引き続き注目していただき、ご期待いただければ幸いです。
矢澤博士:松井さんの言葉が、志を共にする他メーカーに伝わり、健康長寿社会が醸成されていくことを願っています。頑張ってください。
松井氏:ありがとうございます!