日常生活に欠かせない味噌。その味噌の持つ機能研究を重ね様々な健康素材を開発している企業がクローズ・アップされている。「食を通じ健康寿命延伸をサポートし、生活習慣病予防と自然治癒力向上に貢献したい」として、コーポレートスローガン“おいしさスマイル”を掲げる醸造メーカーのイチビキ株式会社だ。味噌由来乳酸菌の機能性表示食品開発にもチャレンジするなど、「国民の間に高まる健康寿命延伸ニーズに応えたい」と語る代表取締役の中村光一郎さんに、健康づくりのための商品開発の今とこれからについて聞いた。(インタビュー:ヘルスケアワークスデザイン代表・佐藤健太/文:流通ジャーナリスト・山本武道)
――わが国は、少子・高齢社会の到来に伴い健康寿命延伸ニーズが高まり、国民の間に“未病と予防”の必要性が指摘されています。中でも“食と健康”をキーワードとした食品産業の振興が重視され、様々な健康志向食品が開発されるようになりました。一貫して“食と健康”をテーマとして、伝統を受け継ぎ成長してきた今を教えてください。
中村社長 遡ること252年前の1772年(安永元年)に幕府の株をもとに、味噌・たまり醤油の醸造を手掛けたのがイチビキの始まりですが、その後、東海道五十三次の豊橋に近い地で旅籠を営みながら、作り味噌で商いをしていました。やがて旅籠を閉じて、味噌・たまり醤油専業として、1900年に中村兄弟商会の名前で製造販売を開始しました。本業でやるからには、お客さまに選んでいただける商品を製造できるように研究開発を進め、多くの製造技術や設備の特許を取得していきました。そして均一な味わいとコストの低減を求めて桶底の直径3.9m、高さ3.9mの巨大な味噌の仕込み桶(丈三桶)を発明しました。
そして1919年(大正8年)に、家業から企業への道を進めるべくイチビキの前身となる大津屋株式会社を設立して以来105年、より多くのお客さまに、おいしく満足していただける製品をお届けできるよう、原材料や製法にこだわり創意工夫を重ねてきております。
味噌は、古くから“医者いらず”と呼ばれ、日本人の健康維持に役立ってきましたが、弊社でも「味噌を使った商品を世の中に提供することで、国民の皆さまの健康維持に貢献したい」との願いで活動してきました。コーポレートスローガン“おいしさスマイル”とは、弊社とお客さまとのお約束であり、これまでも現在もこれからも、料理を食べる人にも、料理を作る人にもスマイルをお届けし、そしておいしく笑顔あふれる食卓に貢献していくことであり、弊社の願いです。
「安心安全」はもちろんのこと、「おいしい」「簡単に作れる」「便利で使いやすい」「からだに良い」という価格以上の価値を実感できる製品を創造し提供してきましたが、これからもその考えは不変ですし、国民の皆さまの健康創造に寄与していくことが企業に求められていると受け止めております。
弊社はこれまで味噌やたまり醤油だけでなくいろいろな商品を開発し、近年では味噌由来の乳酸菌の開発にまでたどり着きました。その理由は、昔から味噌が「からだに良い」といわれ続けてきたことを科学的に解明しようと思いついたことに端を発します。
味噌に含まれている成分の何が良いのかを、自分たちで分析して商品作りに活かしたいとして研究する人材を採用して取り組んできたことが、今日の弊社の乳酸菌事業に繋がっています。さらに長年にわたり味噌、醤油、あま酒といった食品の健康機能に着目し研究を進めてきました。
――健康づくりには、食が大きく関与していますが、安全性と有効性のエビデンスが確かな健康素材を活用した食品の開発について御社の取り組みをお聞かせください。
中村社長 発酵食品の味噌には、たくさんの菌が含まれています。そこで弊社では、麹菌、乳酸菌、酵母菌等々にどのような効果があるのか研究を重ねる中で、健康寿命延伸がいわれていましたので、今後、このキーワードが必要になると思いました。健康寿命延伸には、生活習慣病予防と免疫賦活も必要ですし、そのためには食習慣や運動習慣の適正化が必要です。しかし食生活の改善、特に食事療法は、「おいしくない」といった嗜好性、「食べたいけれども食べられない」といったストレスから、継続するには強い意志が必要で、長続きしない場合が多くあります。こうした方々に対して、「ストレスフリーで生活習慣病が予防できれば?」と考え、健康寿命延伸に資する商品開発にもチャレンジしているところです。
その第一歩として弊社の研究開発部で、健康寿命延伸に資する健康素材を開発するために、古くより日本人の健康維持に役立ってきた味噌由来の微生物約1万株の中から、抗肥満と免疫賦活の両方の作用を併せ持つ乳酸菌株(Tetragenococcus Halophilus No.1=テトラジェノコッカス ハロフィラスNo.1)を見出しました。
本乳酸菌の加熱殺菌体は、動物実験(急性毒性試験や慢性毒性試験)及びヒト試験(過剰摂取安全性確認試験)により安全性が確認され、抗肥満、免疫賦活、貧血改善、便秘改善、肌質改善など様々な有効性がヒト試験で証明されました。
弊社では、2019年から『蔵華乳酸菌LTK-1』、『植物性乳酸菌YK-1』という商品名で原料販売を開始、いろいろな企業に採用され、これらの素材を配合した商品がドラッグストアやネット通販を中心に販売されています。
現在までに、競合が少なく素材の強みとなり得る「免疫賦活」と「貧血改善」効果に注目して、機能性表示食品届出のためのエビデンス取得を進め、2020年に研究開発部の西村篤寿部長らによって、貧血傾向のある日本人女性の貧血症状の改善効果(薬理と治療Vol.48 no.10 2020)、2023年には風邪をひきやすいと自覚する日本の男女の風邪様症状の緩和効果を明らかにして論文発表(薬理と治療Vol.51 no.10 2023)しました。今後、これらの作用機序を解明していくとともに、機能性表示食品としての届出にもチャレンジしていく予定です。
さらに弊社商品でも栄養価の高いあま酒に、貧血効果のある蔵華乳酸菌を組み合わせたアスリート向けドリンク『超速リカバー』も開発し、日本体育大学の杉田正明教授(日本オリンピック委員会情報・科学サポート部門 部門長)との共同研究により有効性を証明(FOOD Style21 Vol.26 No.9 2021)し、エネルギー不足に悩んでいる学生〜実業団の陸上長距離選手を中心に広がりつつあります。
味噌の発酵過程では麹菌、酵母菌、乳酸菌、枯草菌など様々な微生物が働いていることが明らかになっていますので、これらの微生物が味噌の保健機能の一員を担っていることは疑う余地がなく、弊社では味噌由来の微生物の保健機能の解明を進めています。
最近の弊社の研究では、味噌由来の酵母に整腸(下痢症状の改善)や肝機能改善、フレイル予防など様々な健康効果の可能性が、予備的検討の中で見出されています。今後とも、これらの健康効果の有効性を評価し、確かなエビデンスとして情報提供できるように深耕していきます。
――国民の健康づくりへの関心は年々高くなり、食と健康を中心としたヘルスケア産業が拡大しています。これから人口が減りゆく中、健康寿命延伸時代の到来に伴い、国民の様々なヘルスケア・ニーズに対応すべく、たくさんの企業が市場に参入してきました。御社は、252年もの長きにわたり味噌やたまり醤油など日常生活での食を通じ人々の健康づくりに寄与されてきましたが、ヘルスケア産業をどのように捉えておられますか?
中村社長 65歳以上人口が6800万人、総人口の28%を占め、超高齢化・少子化社会を迎え、人生100年時代の到来が叫ばれる中、医療や介護に関わらず自立した生活ができる健康寿命延伸が社会的な課題となっているといわれています。まさしくヘルスケア産業は、国民の皆さまの健康寿命延伸へ重要な役目を担っておられると思っています。
今や病気になってから治療をする時代ではなく、大切なことは健康を阻害する要素を取り除いて発病を防ぎ、健康を維持増進することです。その重点領域は、「生活習慣病」「感染症」「環境汚染」の三つとされており、地方の老舗醸造メーカーの弊社が、健康寿命延伸をサポートするためにできることは、食を通じた生活習慣病の予防に貢献することだと考えてきました。
とはいえヘルスケア産業に参入することは、従来通りの商品だけでは叶いません。そこで乳酸菌の話になるのですが、もちろん先行企業さんとの差別化は必須です。弊社の乳酸菌は、味噌蔵で育まれてきた味噌由来ですので、「あ!あの味噌蔵からできた乳酸菌なのね」と認識いただき、広くたくさんのお客さまに伝わることが、他社との一番の差別化でもあると思っています。当然ながら“健康に良い味噌から生まれた乳酸菌”の機能性表示のエビデンス取得も進めてきました。
――近年、健康寿命延伸へ食と健康分野に、ドラッグストアが積極的な取り組みを始めています。こうした傾向については、どのように受け止めておられますか?
中村社長 ドラッグストア業界は、国民が健康に関して困ったことが起きた時に、真っ先に駆け込める場所にするための取り組みを進めていらっしゃると理解しています。これからのドラッグストアは、食と健康に関わる商品が豊富で、食と健康のアドバイザーが常駐され、ヘルスチェックサービスの機能まで有する店舗も増えてくるのではと予想しています。人生100年時代を迎え、健康寿命延伸は重要な課題であり、コロナ禍を経て生活者の健康意識が変わった今、その実現の鍵を握る業態の一つがドラッグストアであると思います。
実際、病気だとわかっていれば病院に行きますが、ドラッグストアにアドバイザーがいて「病気かどうかわからないけど、ちょっと体調に違和感がある」とか、「病気にならないようにするにはどういった食生活をすれば良いのか?それを補助する食品は何が良いのか?」といった相談ができたらいいと思います。
――生活者のニーズは、食を通じた健康創造です。これからどのように取り組んでいきますか?将来像をお聞かせください。
中村社長 弊社は、コーポレートスローガン“おいしさスマイル”を通じ、お客さまの笑顔あふれる食卓(生活)に貢献し続けるとともに、収益力の向上を目指してきました。弊社の人気商品の一つにあま酒がありますが、このあま酒も“飲む点滴”と呼ばれるほどに栄養価が高く、夏バテ防止についての研究が進み、便秘や肌質改善などのエビデンスが取得されています。
しかし飽食の時代の今、高栄養価であるが故に、摂り過ぎると肥満になるという理由から、健康効果があるにもかかわらずに敬遠されがちです。そこで弊社では、あま酒をおいしく、しかもカロリーオフできる技術を確立して商品化を目指しています。
その一方、日常の食生活に塩分の摂り過ぎが指摘されていることにも着目しました。高血圧や動脈硬化を引き起こし、心疾患や脳血管疾患につながるとともに、腎疾患や胃がんとも深く関わっていると指摘されているからです。塩分の取り過ぎを抑えるには、塩分の摂取量を下げれば良いのですが、それでは味が薄くおいしくないので長続きしません。ですから、“減塩でもおいしい”をコンセプトにした商品作りも進めてきました。
特に食を通じた健康創造という観点では、「栄養改善(オンorオフ)「機能性(心とからだ)」に資する機能性素材・菌体の展開を加速して、事業の付加価値向上の一助となるように育成していきたいと考えています。具体的には、弊社の基盤技術である「発酵」「微生物」「酵素」を生かした機能性素材の開発を進めていきます。
狙う市場は、ストレス軽減、睡眠改善、疲労回復、女性の健康は貧血、更年期、妊娠・出産など、子どもの健康が便秘、肥満、偏食などのほか、美容・化粧分野です。そして積極的に健康機能素材としての原料販売に取り組んでいきます。
<取材を終えて>
温かい一杯の味噌汁から思わず笑顔が溢れる――味噌の歴史は、まさに心温まるストーリーでもある。かつては、丸いちゃぶ台を囲み家族での食事は味噌汁を一口飲んでから始まった。まさに「ホッとする」ひと時である。眠い目を擦りながら起きた時に香る母の手作りの味噌汁。その香りは今もって忘れられない。
「“おいしくて思わず笑顔になる“味噌に、さまざまな機能を見いだし研究を続ける企業が名古屋にある」と、日本一の青汁売上げ量を誇る企業の社長からお聞きした。同社では、青汁に醸造メーカーが開発した味噌由来の乳酸菌をコラボさせて新しい商品をデビューさせていた。「一度、乳酸菌の開発元を取材したいのですが…」と依頼し紹介していただいた人物が、イチビキ社長の中村光一郎さんである。
1772年(安永元年)創業、幕府の株をもとに味噌・たまり醤油の醸造を始めてイチビキの前身となる大津屋株式会社が設立されてから今年で105年(1923年に研究所を設置、現在の社名のイチビキとなったのは1961年1月)。今回、中村社長と西村研究開発部長に名古屋から来ていただき取材が実現した。
インタビューは、「祖業の味噌・たまり醤油から現在の商品展開となった歴史や商品開発への思い入れ、味噌由来の乳酸菌を開発し始めた頃の思い等々、話は尽きなかった。
「免疫賦活」と「貧血改善」効果に注目して、機能性表示届出のためのエビデンス取得に関する三つの論文内容について詳細をお知りになりたい方は、イチビキ研究開発部の西村篤寿部長にご連絡していただきたい。
イチビキは、生活者の健康づくりに貢献するヘルスケア企業としても躍進中だ。高まる国民の健康寿命延伸ニーズに対応し、そして日々の食生活で「ホッとするひと時」を与えてくれる味噌の機能とおいしさの研究に余念がない。今度は、どのような新しい機能が見つかるだろうか。これからに注目したい。