2023年12月18日、厚生労働省が「第11回 医薬品の販売制度に関する検討会」を開催した。同検討会は同日が最後の開催となり、これをもとに2024年1月12日に「医薬品の販売制度に関する検討会とりまとめ」が公表された。このとりまとめは、2025年以降とされる薬機法改正に影響を与えていくとされている。11回にも及んだ「医薬品の販売制度に関する検討会」は、OTC医薬品の販売規制強化や、販売店の運営に大きな支障をきたしかねない方向での”とりまとめ”となった。もし、こうした制度改定が行われると、国民のOTC医薬品へのアクセスが阻害され、セルフメディケーション推進に逆行し、世界に冠たる国民皆保険の崩壊を招くことが懸念される。
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ドラッグストア業界における同検討会の関心事は、要指導医薬品とOTC医薬品のインターネット販売を全面的に解禁する「デジタル技術を活用した医薬品販売業」のあり方、若年層のオーバードーズで問題となっている一部の鎮咳去痰薬や総合感冒薬、睡眠改善薬など「濫用等のおそれのある医薬品」の販売方法についてだろう。特に後者は対面・オンライン販売を求める範囲や陳列、包装単位などが俎上に乗り、いずれも店頭に大きな影響を与えかねない項目である。
ドラッグストア業界団体の日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)は、10回開催までの報告書のとりまとめ案に記載されている「購入者の氏名等を写真付きの公的な身分証等の氏名等を確実に確認できる方法で確認を行い、店舗における過去の購入履歴を参照し、頻回購入でないかを確認する。また、販売後にはこれらの情報及び販売状況について記録しその情報を保管する」という文言の太字部分ついて、個人情報保護や漏洩リスク、そして個人情報保護法の責任の所在が明らかになっていない点から反対姿勢を見せていたが、今回発表されたとりまとめ案の中に少数意見としても記載されず、販売側の実態を踏まえた現実的な運用等について十分に議論することもなく、議論が終わってしまった。
そもそも、保険証などの身分証明書なしで購買できることが前提であるOTC医薬品の販売において、どのように個人情報を販売側が取得するのか。それすら議論されずに、「規制強化」の結論ありきで検討会の議論は進んでいった。特に個人情報の保管は、販売側にとって大きな問題だ。同検討会のように「個人情報の記録・保管を義務化」というのであれば、漏洩した場合の責任の所在や漏洩しないためのセキュリティ対策の補償まで議論される必要がある。昨今、サイバー攻撃が盛んに発生しており、様々な事業者からの個人情報漏洩が報道されている。こうした環境において、全ての販売店に対して個人情報の記録・保管を強制的に義務付け、その上で個人情報の漏洩等が発生したときの責任を問われるとなれば販売側から大きな反対の声があがることは間違いない。「OTC医薬品販売の完璧な安心・安全」など非現実的な理想論が先行し、OTC医薬品へのアクセスのし易さから得られるメリットは、今回の検討会で議論の俎上にすら乗らなかった。
実際に、自発的に「自分の健康は自分で守る」と考え、セルフメディケーションを生活に取り入れてきた生活者も多く存在する。こうした人たちにとって今回のとりまとめ案は、只々「買いにくくなる」という一点であり、“セルフメディケーションの阻害”にしかならないと強く懸念する。ただでさえ膨張を続ける医療費負担によって、日本が世界に誇る“国民皆保険”は、崩壊の危機に瀕している。高度化・高額化する最新医療に保険をどこまで適用するかについてはここでは論じないが、軽医療についてはセルフメディケーションを強く推進していかなければ、日本の医療制度そのものが崩壊してしまう。
第11回検討会の議論は3時間にも及んだが、前半は昨今の、若年層による薬物濫用問題で費やされた。ゲートキーパーとして有資格者の存在を重視しつつも、登録販売者がその役割を十分に担っていないという認識を払拭できないまま、濫用の恐れのある医薬品を「手の届かない場所」に陳列するという、いわゆる規制強化の論調で押しきられた。
しかし、これまでOTC医薬品の使用において、どれほどの健康被害等の問題が発生したのかを冷静に読み解くと、「販売数1億箱当たりの副作用等報告件数(年平均)」が、第3類医薬品においては「20.7件(0.00002%)」、最もリスクが高いとされている第1類医薬品でも「51.4件(0.00005%)」、指定第2類医薬品は「50.6件(0.00005%)」、第2類医薬品は「41.1件(0.00004%)」に過ぎない(第10回検討会 資料4-2のP.4)。つまり、これまでの販売制度下でも十分に安全性が確保されているのがOTC医薬品であり、このようなエビデンスを無視し、同検討会では規制強化を前提で議論しているという違和感がつきまとう。
JACDS理事として出席した関口周吉構成員は最初の発言で、過去に濫用に対する対策が不十分だったことへの反省を表明し、今後は情報提供後を行うゲートキーパーの役割を果たすことを強調したが、それが「情報提供より購入履歴の保管」という論調を動かすことはなかった。
確かに、若年層による薬物の濫用による健康被害は問題だが、“依存性のある成分”が含有している医薬品と、それらを含まない医薬品について同時に“薬物濫用”と問題提起されている節もあった。また、OTC医薬品において使用されている“依存性のある成分”は、わずか6成分だけで、それも何十年も前に認可された成分である。これらに“濫用の恐れがある”というのであれば、OTC医薬品の成分として、認可を取り消せばよいだけである。そして、新たに安全性が確立され効果・効能が立証された成分を次々に認可すれば、セルフメディケーションは飛躍的に進むだろう。これらを進めようともせず、OTC医薬品の販売現場に無理難題を押し付け、国民のOTC医薬品へのアクセスを大幅に阻害する規制強化は、国際基準の動きにも逆行していると言わざるを得ない。
セルフメディケーションの推進が、骨太の方針にも明記された重要な国の政策である以上、このような規制議論においても、セルフメディケーションを大きく阻害することのない制度設計とすることを念頭に置くべきであり、ドラッグストア企業の経営トップからは「安全性に偏重するばかりの議論によって、安全性とアクセスのバランスを欠くべきではない。しかし検討会では、この原則を軽視した議論が続けられ、セルフメディケーションを阻害するばかりの結論が導かれてしまった」との声もあがっている。
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