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本連載の筆者・三浦紗耶華さん


【連載】薬剤師・紗耶華の奮闘記④
眠れないお母さん


以前、「眠れない」と新生児を抱いて薬局に来たお母さんがいました。その方と話してから、もう10年以上は経っているはずなのに、私はそのお母さんの表情、着ていた洋服でさえも忘れることが出来ません。

「どんな想いで子どもを抱いていたのだろう…」と考えるだけでも、言葉にならない思いが込み上げてきます。細い腕に新生児を抱き抱え、か細い声で「眠れない」と言って、睡眠導入剤を持って帰ったお母さん。その時の私は、「大変ですね。眠れると良いですね。」と当たり障りのない会話をして、薬を渡した記憶があります。なんと声をかけたらいいのかが、わからなかったのです。

今の私ならきっと「子どもなんて、多少手を抜いても育ちます!頑張らなくても大丈夫ですよ!」と、眠れない原因はあるのか、何か辛いことはあるのか、昼間の育児は一人?夜は?家族は?と、きっと色々と質問してしまうでしょう。

核家族化が進み、一人で育児をする方が増えました。出産後は生活スタイルが一変し、予測不能な育児が24時間休みなく続くのです。特に母親は産後の身体の変化に加え、子どもからの信号を見逃すまいと過覚醒状態を持続しながら、必死で我が子を守ります。そして疲労は蓄積し、やがて心身ともに疲れ切ってしまいます。

よく耳にする産後うつ。産後うつは、一要因で発症する訳ではなく、さまざまな要因によって引き起こされると言われています。出産による急激なホルモンバランスの変化、心身の疲れと睡眠不足、社会的・経済的なストレス、孤独感などです。

親は、我が子と真剣に向き合い、より良い環境で成長して欲しいと、必死に頑張っています。もう十分に頑張っているのに…。最近ではSNSによって、キラキラした情報が入りやすく、同年代の子を育てる周りの方と自分を比べて苦しくなる方もいらっしゃるかもしれません。また、知らず知らずのうちに親を追い詰めてしまう一つが「育児神話」なのかもしれません。

昔からある3歳児神話。3歳までは母親が愛情たっぷり手をかけて育てるべきとされていますが、今は、親子の愛着の質に影響を及ぼすのは、一緒にいる時間の長さではなく、関わり方なのだという意見が主流です。むしろ、子どもが信頼できる相手であれば、親でなくても構わないという考え方もあります。

母乳最強説。ミルク育児の母親は、完母といわれる母乳だけで子どもを育てている方に負い目を感じる方がいますが、今は粉ミルクに加えて液体ミルクもある時代です。「母乳が出ない」と悩む必要はまったくありません。母乳は赤ちゃんにとって、素晴らしい栄養源ですが、完全食品ではないのです。市販のミルクを使った育児で、子どもはしっかり育ちます。

他にも子育てにはたくさんの「神話」が存在しています。それは、ある時は「正しい」「望ましい」とされた子育てのあり方だったのかもしれません。でも、私たちが生きている『今』は、時代が違い、社会も違い、家族のカタチも違います。人の数だけ子育てのやり方があるのです。なのに、いざ当事者になってみると正しい子育て、望ましい子育てに固着してしまいがちです。

薬局の店頭で、お子さんの目を見ることもなく、スマートフォンに視線を落としたままの親。強い口調でお子さんに声をかける親など、さまざまな場面に出会うことがあります。虐待は決して許されることではありません。それでも、その様子の背景に、積み重なった疲れや、誰にも頼れない状況があるのではないかと感じることがあります。私たち薬剤師は、その方の生活のほんの一場面を見ているに過ぎず、親もまた精一杯の日常を過ごしているのかもしれません。見逃してしまいがちですが、子どもの処方箋を持ってきた親自身が、実はSOSを発信している場合もあります。薬剤師が、子どもの成長を一緒に見守る存在になれたら、救われる親も多いのではないでしょうか。

これは、子育てを経験しているかいないかなどは関係ありません。結婚しているかどうか、子どもがいるかどうかなどもまったく関係なく、薬剤師として、目の前にいる患者さんが、どのような毎日を過ごしているのか、生活を想像し寄り添う心を忘れないことが大切なのだと思います。


母として薬剤師としての堀美智子


私が娘を出産した時、慣れない子育てに本当に毎日必死でした。そんな時、母から言われた一言は、「明日出来ることは、明日やればいいのよ。」「親がダメでも子は育つ」です。私は、産休と育休を取り、今も時短で働いています。一方、私自身は生後数ヶ月で保育園へ預けられ、夜は近所のお宅や、ベビーシッターの方々にお世話になりながら成長しました。

母と私では、子育て方法がまったく異なっています。母と同じような子育てをしない私を見て、母は自分の子育てを否定されたように感じていないだろうかと、不安になることもありました。そんな私の不安をよそに、母は私の子育てを否定することもなく、いつも応援し、全力で支えてくれました。違いを認め、その人の生活を想像し寄り添う姿勢を、母は娘の私にも行動で示し続けてくれました。

そんな母が居てくれたから、私は、自分のやり方で娘を育てることが出来ています。母の教えを胸に、薬剤師として目の前に立つ一人ひとりの患者さんに対して、その人の背景にある生活を想像して、違いを否定せずに寄り添える存在でありたいと思っています。

でもこれ、言うのは簡単ですが、実践するのはとても難しいことです。違いを受け入れるというのは、ときに自分の考えを手放す必要があるから…。それを当たり前のように実践していた母。「やっぱり、ママには敵わない」なんて伝えたら「私の偉大さ、思い知ったか!」と、きっといつものようにママは笑うんだろうね。

大好きなママへ愛を込めて…
三浦 紗耶華