1818年(文政元年)創業の和菓子メーカー・榮太樓總本鋪。創業200年を超える老舗がヘルスケア産業に変革をもたらしている。和菓子に「健康」「楽しさ」、そして「新しい食シーン」を開拓した「からだにえいたろう」ブランドを旗印に、ドラッグストア・調剤薬局はもちろん、大手コンビニエンスストアとのコラボレーションなど、新需要を掘り起こしてきた。今回、榮太樓總本鋪代表取締役社長の細田将己に、食の変容から和菓子の可能性、そして「からだにえいたろう」ブランドが目指すビジョンを語ってもらった。(聞き手=山本武道、記事=中西陽治)
――「からだにえいたろう」ブランドから発信した「糖質をおさえたようかん」がドラッグストアや調剤薬局で目にする機会が増えました。「糖質をおさえたようかん」はどのような思いで作られたのでしょうか。
細田将己代表取締役社長(以下、細田社長) :10年ほど前まで「羊羹」はご高齢の方が食べるもの、というイメージだったかもしれません。
私たち和菓子屋にとって当然、羊羹の売上は大きい、しかし昔からある棒状の「棹羊羹」の消費自体が減少傾向にありました。
私たちが得意とする“羊羹をもっと日常的に親しんでもらえる姿“を開拓すべきだと考えていたのです。
そこで約8年前に「往年のファンに最後まで愛用していただける和菓子をつくる」という思いで「からだにえいたろう」ブランドをスタートしました。
ブランド旗揚げ商品となった「糖質をおさえたようかん」は食べやすいスティックタイプの羊羹で、糖質を抑えつつ沖縄の黒糖などを使った、通常の羊羹と遜色ない味わいに仕上げました。
「からだにえいたろう」を発売してから、これまで羊羹を召し上がって頂いていたご高齢の方はもちろん、「糖質を気にして食べたくても食べられなかった」と悩んでいたお客様にご愛用いただけるようになりました。
――羊羹の糖質をおさえ、食べやすいスティックタイプになったことで、新しい食シーンが生まれたのではないでしょうか。
細田社長:ここ数年で、羊羹を食べるシーンや対象者にも変化が現れていました。それは「行動食」としての喫食シーンや、アクティブシニアの方のニーズです。
大手コンビニエンスストアさんでもスティックタイプの羊羹が導入され、〝歩きながら食べる〟〝時短で小腹満たし〟といった新しい需要を取り込んでいます。
スティックタイプの羊羹をテスト販売した時、長野県と山梨県での売上が伸びた、という、面白いデータがあります。私はその時「山歩きやハイキング、ウォーキングをする方が多い地域なのかな」と感じました。つまりアウトドア活動中にスティックタイプ羊羹をお供にされているのではないか、と。
いずれも山の多い地域ですが、それにしても都市部と比べて明らかに売上が高かった。アウトドアに臨む際にちょっと買っていく、という直接的なニーズが現れていると感じました。
また、アクティブシニアが多い地域には、地元の人の心を掴んでいるバラエティ豊かな店舗が多いと思います。ある種、ドラッグストアの範疇に収まらない、独自性のある店舗ですと、〝行動食としての羊羹〟というアプローチが違ってくる、とも考えられました。
――なぜ、羊羹がそういった新しい需要を取り込めたのでしょうか。
細田社長:「行動食」「アクティブシニア」のニーズを掴んでいるものとしては、チョコレートがあります。アウトドアの備えとして、あるいはその前の栄養補給として需要を掴んでいました。
ただ、チョコレートは夏場に向きませんし、加えて昨今は暑い時期が長くなっています。また原料のカカオの高騰により、値上がり傾向にあります。消費者の立場からすると「ではチョコの代替となるものは」という心理が働くのは当然だと思います。
そこで「羊羹」に対する消費行動の変化が生まれました。「溶けない」「甘い」「長持ち」という羊羹の価値を再認識するきっかけになりました。羊羹はチョコレートに比べれば、比較的に安定した物質です。また、油脂が含まれないため、エネルギー補給をしながらカロリーを抑えられる。この「健康感」もお客様に刺さっている、と考えています。
これはアクティブシニアだけでなく、アスリートやボディービルダーにとっても嬉しいことです。脂肪が少なく、効率的にエネルギー摂取ができる。運動に対しストイックな人は、食べることも一つのポイントですから、体を作る上で余分な脂肪はなるべく摂りたくないでしょう。
そもそも羊羹は砂糖が多いので少量でのエネルギー源としても優秀です。かつ油脂を含んでいないため脂肪がない。
そういった意味では羊羹は無敵の食べ物なのです。
――老舗メーカーとして、羊羹でイノベーションを起こすのは、たいへんな覚悟があったのではないですか。
細田社長:羊羹の世界は、私たちの世代では考えられないくらい広かったのです。当社207年の資料を紐解いても、「羊羹と飴しか作っていなかった」というくらい需要が高く、羊羹は皆さんに愛されていました。
今は、世の中にさまざまな食べ物があふれ、そちらに目が行くことが多いかもしれませんが、一周回って「羊羹ってこういう時に食べられるんだ」という新しい意識と需要を受け止められたのがターニングポイントでしょう。
〝こたつでお茶と羊羹〟という世界観から一歩踏み出せたのは、食べるシーンや羊羹そのものの形態を柔軟に変えることができた、という点が一番大きいのだと思います。
やはり、自分が食べている場面をイメージできなければ購入につながらないのです。「羊羹ってこんな楽しい」「なるほど」と思っていただければ、今まで以上に購買チャンネルを作れます。
食シーンやニーズがこれほどまで変化している中で、やはりお客様に積極的に食べていただくためには、形やネーミング、そしてコンセプトを変えるというチャレンジをしていかなければならないと思います。
羊羹は、昔から日本で培われてきた貴重な食べ物です。
私たちは200年以上、和菓子に関わってきた企業として、羊羹の価値を広げ、お客様に届けなければなりませんから、今後も挑戦を続けていきたいと思います。
その成功例の一つである「糖質をおさえたようかん」は、和菓子の心臓ともいえる〝糖質〟を控えたエポックな商品です。他社さんは着手していない領域ですが、「この商品を待っていた」と言っていただけるファンを創り上げられたのは、挑戦があってこそ、です。
――榮太樓總本鋪さんの「飴」カテゴリーにつきまして
細田社長:夏季限定の商品「梅ぇ塩飴(うめぇしおあめ)」「「酸ぃ~くわーさー塩飴(すぃ~くわーさーしおあめ)」を現在発売しています。
今年の6月に「事業者向けの熱中症対策義務化」が始まりました。〝企業は従業員の熱中症対策に備えなさい〟という中で、塩飴といった塩分補給のニーズが高まると予測しています。
こういった気候に左右される商品というのは、各社はあまり作りだめしないものです。これまでですと9月になって秋らしくなってくると、売場が無くなってしまう。
「飴」カテゴリーでは〝花粉症対策〟がありますが、塩飴と同じく季節性が高い商品です。こういった季節・気候に左右されがちな塩飴ですが、今年も暑くなるのが早かったですし、先の熱中症対策の施行という環境もあり、おそらく9月くらいまでニーズが継続すると思われます。
先ほど述べたチョコレートが猛暑の影響をもろに受ける一方で、塩飴は暑さの恩恵を受けてニーズが継続するカテゴリーです。
――飴についてもう一つお伺いします。昨年「からだにえいたろう」から発売した「とろみ蜜飴」につきまして
細田社長: 「とろみ梅ぼ志飴」「とろみしょうが蜂蜜飴」は、栄養摂取のための食ではなく、〝楽しめる嚥下食でありたい〟と思い、志を共にする料亭さんたちと商品開発に挑みました。
「とろみ蜜飴」はとろみが付いた蜜状の飴であり、長年親しまれてきた「榮太樓飴」の味を再現した商品で、飲み込むのが困難な方が、お誕生日といった特別な機会に召し上がっていただける食、というイメージから始まりました。
この商品のニーズは確かにあるのですが、点在しているのでマスになりづらい。しかし誰かが買ってくれるのを待っていてはいけない商品です。商品を作るうえで、原料と製造現場、そしてその商品を届ける人の絆があってこそ、の商品だと思うのです。
その絆が詰まった「とろみ梅ぼ志飴」「とろみしょうが蜂蜜飴」です。ですからその価値を店頭でも伝達していただきたいです。
例えば対面でのやり取りが多い調剤薬局さんならば、お客様との絆が生まれやすいでしょう。そういった機会に、おめでたいタイミングで「こういう商品がありますよ」という提案ができる商品だと思うのです。
――嚥下食やとろみ食がある中で、〝飴を蜜状にする〟という発想は斬新だと思います。
細田社長:胃ろうや嚥下食が、ただ延命するだけ・栄養を補給するため、では寂しいでしょう。生きているからこそ、食べる喜びを感じていただきたいと願っています。
例えば、高齢で旅行にも外出にも行けない、となると「食べること」が最大の喜びになると思います。
これはある訪問歯科の先生から伺った話なのですが、やはり自由に体を動かせない方にとって、おいしいものを食べることが大切だということです。また、食べる機能が衰えたとしても、訓練一つでその機能を取り戻す可能性だってある。食事は毎日のものですから、「食べるためにトレーニングをする」と簡単に割り切れる行為ではありません。
私は、大好物を食べた時の満たされた気持ち、甘いものを食べた時の幸福感といった、思い出や心に刻まれた喜びを取り戻してほしい、と思っています。
◆
細田社長:訪問歯科の先生で印象的なエピソードがあります。
先生から電話がかかってきまして、興奮した様子で「動画を送るので見てください」と。
その患者さんは2年間くらいアルツハイマーを患い、1年以上は経口摂取をしていなかったそうです。そこで患者さんの唇に「とろみ蜜飴」を塗ったところ、唇を舌でなめた、というのです。それも唇に付いた甘味を求めるように、すごい勢いで舌を動かしたそうです。
その動画の向こう側で、患者さんのご家族が泣いている声が聞こえました。「何をやっても動かなかった口が、動いた」と。先生は「奇跡だ」とおっしゃっていました。「何をしても駄目だったのに、『とろみ蜜飴』で舌が動いた」と驚いていました。
全く動かなかった舌が、甘い唇にもっと触れたい、という風に動き回っている。私はその姿を見て、とても感動しました。
――「とろみ蜜飴」が「食べたい」という欲求を呼び起こした、ということですね
細田社長:きっと、在宅医療に関わっている方々は「こんな商品があったらいい」と感じていたと思うのです。
患者さんに寄り添っている立場だからこそ“なんとか生きる希望を、昔感じた喜びを取り戻してほしい”と思っていらっしゃる。その思いがなければ在宅医療はできないのでしょう。
病院や介護施設は、設備がある程度整っていますし、ある種割り切って対応することが多いと思います。それこそ胃ろうや介護食に切り替えた方が良いのかもしれません。
しかしその訪問診療の先生は「もう一度、自分の口で食べさせてあげたい」という思いをもっていらっしゃった。
嚥下障害は飲み込む力が衰えてしまい、誤嚥というリスクがありますが、飲み込む力は、トレーニング次第で再び取り戻せる可能性は十分にあると思います。それを「もう飲み込めないから仕方ない」で終わっていいものか。患者さんがそれを本当に望んでいるのでしょうか。
「とろみ蜜飴」は、飲み込む力を維持しなければならないからこそ、飴を飲み込みやすく蜜状にしたものですから、例えばこのエピソードのように、「とろみ蜜飴」が機能を取り戻す一助になるのではないか、と思うのです。
飴は小さなころから食べている甘さの代表格のような食べ物です。それを急に「危ないから舐めてはいけない」と言われると困ってしまいます。食べる機能を取り戻すためにも、一番安全な形で召し上がってほしい、という思いは変わらず持ち続けています。
この想いを商品と共にどう広げていくか、がこれからのチャレンジです。
――今後「からだにえいたろう」はどのようなアプローチを行っていくのでしょうか
細田社長:現在、商品開発が大詰めなのが、コンドロイチンを加えた膝に関する機能を有した商品です。水産メーカーさんとコラボレーションした商品なのですが、私たちも機能性表示食品、特にコンドロイチンは扱ったことがないので、羊羹に加えたときに食感や味にどのくらい影響があるか、を見ながらこだわりぬいた商品になります。
「糖質をおさえたようかん」は、食が細くなったり、何らかの理由でお菓子が食べられなくなった方に向けて開発した商品であり、ある種「健康管理」にリーチしたものです。
しかしながら、先にも述べたニーズの変化から、それだけではない若いお客様にも「これだったら糖質を気にせず食べられる」と手に取っていただける機会が増えたと思います。
「糖質をおさえたようかん」を作る際、私は「血糖値で悩む方に向けた羊羹を作ってみないか」と提案しました。その思いがお客様に届き、今やドラッグストアや薬局さんで取り扱われる商品へと育ちました。
そのお客様の反応から、皆さんが「からだにえいたろう」ブランドにどのような期待を向けていただいているのか、をさらに深めていきました。
たどり着いたのが〝歩くということ〟、つまり膝にフォーカスした商品です。
これを一本食べれば膝をサポートできる、というコンセプトで栄養素を配合した、機能性表示食品として「健康」に一歩踏み出した商品と言えます。
――ありがとうございました。