ヘルスケア情報サイト「Hoitto! ヘルスケアビジネス」(ヘルスケアワークスデザイン株式会社)

What’sオストメイト?②費用対効果では測れないメリットがある!
オストメイト用トイレで高まるストアロイヤリティ

公共施設の多機能トイレに掲げられたピクトグラムとともに、オストメイトとオストメイト配慮型トイレの存在が知られるようになった。民間企業もその認知度向上に一役買い、トイレを導入した店舗がオストメイトのみならず、一般顧客から支持される事例も見られる。「What’sオストメイト?」連載2回目は、8年前からオストメイト配慮型トイレの製造販売をおこなう さつき株式会社(祖父江洋二郎社長)に取材し、商品開発の経緯と導入実績、さらに導入の効果などについて話を聞いた。(取材と文=八島 充)

通常のトイレでは排泄処理も難しく

連載第1回でも述べたが、オストメイトとは病気や障害・事故等で消化器や排泄器官が損なわれ、腹部に人口肛門や人口膀胱(=ストーマ)を増設した方のこと。排泄物はストーマに先に貼り付けたパウチに溜まるので、満杯になる前にトイレで処理をする。その作業をするためのトイレが外出先にあれば、オストメイトの行動範囲は格段に広がる。

公共施設のオストメイト用トイレは、専用の「汚物流し」を備える場合が多い。洗面用のシンクに似た容器に排泄物を流し、シャワーで汚れを落として作業が終了する。汚物流しは一般の方に馴染みがないため、手を洗う場だと誤解されることもあるようだ。

この汚物流しが家庭に設置されるケースは稀で、多くのオストメイトは通常のトイレで排泄処理を行う。洋式トイレの場合は中腰、またはひざまずいて処理するため足腰に負担がかかる。便座に座って処理することも可能だが、開口部が狭いためにちょっとした技術を要する。

大手が見送る中で手を挙げたさつき

「前広便座」は、あるオストメイトの手作り便座が原型(画像右側)になっている

今から10年以上前のこと。排泄処理にストレスを抱える一人のオストメイトがいた。その方はある日、「便座の開口部が広ければ、座った姿勢で楽に処理ができるのではないか」と思い立ち、自ら手作りでオリジナルの便座をつくった。

手作り便座の出来に満足したその方は次に、「この便座があればトイレ事情で悩む同じ境遇の方の役に立つはずだ」と考え、トイレメーカーに商品化を提案した。

しかし当時のオストメイトの認知度は今以上に低く、市場が不確かな事業への投資判断は容易でない。複数の大手メーカーが提案を見送る中で、最後に手を挙げたのが大阪に本社を置く さつきであった。

さつきは社会貢献に資する事業をすすめてきた会社で、温水洗浄便座のOEM生産のノウハウも持っていた。前社長・祖父江一郎氏(現会長)は「当社がおこなうべき事業はこれだ」と決断し、先の手作り便座を原型に、その名も「前広便座」を完成させた。

一般家庭での排泄処理は足腰に負担がかかる

満を持して登場した「前広便座」だが、商品化の第1号は「座り心地が良くない」「お尻が痛い」というクレームを受ける。すでに量産化を始め在庫も抱えていたが、「お客様の声に応えることも社会貢献」と、即座に改良を加えた。

便座にくぼみをつけ座り心地を改善

便座のフチにくぼみをつけて座り心地を改善

改良のポイントは開口部後方の両サイドにくぼみをつけたこと。このくぼみが坐骨の当たりをソフトにし、座り心地が格段に良くなった。使用者からの評価も上々だったため、改めて量産化に向けて製造を開始した。

ターニングポイントはその後に訪れた。大手ドラッグストアチェーンのウエルシア薬局が前広便座に関心を示したのだ。ただ、当初のモデルは一般家庭向けのみで、公共施設向けではない。さつきは直ちに上蓋無しかつ、盗難防止機能を付けたパブリックモデルを追加し、ウエルシア薬局に提案した。

2017年7月にウエルシア薬局が導入した第1号のオストメイト配慮型トイレ(東京・日本橋)

この提案を受け入れたウエルシア薬局は2017年7月、都内旗艦店に前広便座の第1号を設置している。同社はその後も導入店舗を増やし、直近では1,576店(2023年5月23日時点)が導入済みである。もちろん、導入数は官民問わず日本一だ。

ウエルシア薬局での採用を機に公共施設への導入の道も開けた。時折しもバリアフリー新法に基づく施設の拡充期にあり、自治体もトイレの再整備を急ピッチで進めていた。こうした時流に乗り、前広便座の知名度が全国に広がっていった。

なお さつきは2019年に「前広便座」の販売権を譲受し製造から販売、アフターサービスまでの一環体制を構築している。同製品に「ZA FREE(ザ・フリー)」という名を付けて営業活動をすすめている。

公共施設のトイレを通じ理解を深める

下の2つの図は、ウエルシアのオストメイト配慮型トイレの壁に貼られたステッカーだ。1つは前広便座の用途の説明、1つはオストメイトへの理解を促す文章である。

内部障害者であるオストメイトは、見た目が一般の方と変わらないため、例えば多機能トイレを使用した際に「障害者でないのに長い時間使用している」と、心無い言葉をかけられることもある。

さつき大阪支店営業部の北川陽介課長は、「掲示されたステッカーは、トイレを利用するすべての方の眼に触れるので、今までオストメイトのことを知らなかった方に気づきを与える効果があります。公共施設に前広便座が増えていくことで、オストメイトへの理解が深まり、結果的に彼らが社会参画しやすい環境が整うことを期待しています」という。

気になるのは「におい」と「音」

その北川氏は、オストメイトの悩みの中に、「におい」と「音」があると教えてくれた。

他人と接する時は誰しも自分の「におい」が気になるもの。オストメイトも例外でなく、「パウチからにおいが漏れているのではないか」「相手に気付かれていないか」と日々不安を抱えている。一度気になると直ちに確認したい衝動が起こる。駆け込む先のトイレにオストメイトのピクトグラムが掲げられていれば、安心して使用できるという訳である。

もう1つがパウチから漏れるガスや排泄の際の「音」。一般の人ならお尻をすぼめて制御できても、排泄のコントロールが効かないオストメイトにその術はない。溜め込んだパウチが破裂することも皆無でなく、音が鳴ることで相当なストレスが生じるようだ。

これら事実を施設の管理者だけでなく、一般生活者にも知っていただき、オストメイトと接する場面に役立ててもらいたい。

費用対効果では測れない影響力も

ウエルシア薬局の取り組みが世間に広まったこともあり、近年は自治体の施設のほかコンビニ、ファストフード、カフェなどの民間企業の店舗にも「前広便座」の導入が始まっている。フランチャイズのオーナーなどから、「地域のために導入したい」という声も届いており、バリアフリーを用いた街づくりが、草の根的に広がっている。

一方、バリアフリー新法の最低限の基準をクリアすれば良いという考え方から、トイレにまで手が回らないチェーン店もある。「費用対効果を持ち出されて話が前に進まなくなる事例はいくつかあります。地域の人口動態や店舗の規模、訪れる客層を総合的に勘案し、ホスピタリティ向上の選択肢の1つとして、当社の提案に耳を傾けてくだされば嬉しいです」(北川氏)

昨年2月、著名な某医師のTwitterがバズったことを覚えているだろうか。オストメイト配慮型トイレを設置したウエルシア薬局を「全力で応援している」という氏のつぶやきに、オストメイトからの謝辞と、一般生活者からの賛辞が集まった。

昔から「トイレが汚い店は流行らない」と言われるが、ウエルシア薬局の取り組みは、その一歩先の取り組みとして評価できる。先のフランチャイズオーナーの言葉ではないが、「地域生活者のために」何ができるかを考えた時に初めて、費用対効果を超えた判断ができ、数字には現れない効果を体感するのである。

今夏に新モデルも登場予定

徐々に認知度を高める「前広便座(ZA FREE)」だが、さつきはこの夏に新モデルを登場させる予定である。「便座を交換するだけでオストメイトの悩みを全て解消できる訳ではなく、私たちはこれからもオストメイトに寄り添った製品を提案し進化を続けて参ります。その1つの答えを近く公表できる運びです。ぜひご期待ください!」(北川氏)

関連記事@Hoitto!
What‘sオストメイト?① バリアフリーを取り巻く環境〜その実情と課題:https://hoitto-hc.com/4654/
SC業界にオストメイト対応トイレ普及の波:https://hoitto-hc.com/1762/