「循環型経済」を意味するサーキュラーエコノミーが世界の潮流となり、日本でも昨年4月に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」が施行された。これに産業界も呼応し同年10月、第一三共ヘルスケア(吉田勝彦社長)が我が国で初めて、生活者から店頭などでPTPシート、いわゆるおくすりートを回収し、リサイクルする実証実験を横浜市の協力を得て開始している。現在は同市中区の15拠点での展開だが、取り組みを持続可能なものにするべく検証をすすめている。責任者である同社サステナビリティ推進リーダーの阿部良氏に話を聞いた。(取材と文=八島 充)
――第一三共HCにおける環境・社会課題の取り組みを教えてください。
阿部氏 第一三共グループは「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の実現に向けてESG経営を推進しています。
グループにおいてコンシューマー向け事業を担う当社第一三共ヘルスケアは、OTC医薬品やスキンケア等を介した生活者接点を活かし、社会課題ならびに環境課題に取り組んできました。
社会課題への施策として、「防災・災害支援」と「美と健康に関する情報発信」を展開中です。「防災・災害支援」は、経団連1%クラブ(https://www.keidanren.or.jp/1p-club/)を通じた弊社製品提供による被災者支援、さらにコロナ禍においては新型コロナウイルス感染症患者の受け入れを実施している医療機関へ当社製品を無償提供し、医療従事者を支援する活動を行いました。医療従事者への支援では、2020−21年の間に応募があった110の医療機関に、「ミノン全身シャンプー」と「ロコベースリペア クリーム」をペアで合計3万5,000セット提供しています。
一方、環境課題へのアプローチとしては、一昨年頃から製品の包装資材にFSC認証紙(=適切に管理させた森林の木材を使って作られたパルプ)の使用や、また最近ではスキンケア製品におけるプラスチック使用量の削減、バイオマスプラスチックの使用検討などを、鋭意すすめています。
――PTPシートのリサイクルプログラムを発案したきっかけは?
阿部氏 医薬品の錠剤やカプセル剤の多くの包装資材としてPTPシートが使用され、日本ではこのPTPシートが年間約1万3,000t生産されています。必要不可欠な素材のため削減するのが難しく、またリサイクルの仕組みが整っていないことから、服用後に捨てられることがほとんどでした。
先述した環境配慮型の包装紙や容器も、捨てられてしまえば資源の循環に限りがあります。そうした思いを抱える中で昨年4月、「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」が施行され、これを受け医薬品を生業とする当社がやるべき活動として、PTPシートのリサイクルプログラムを開始しました。
――初歩的な質問ですいません…。そもそもPTPシートは「燃えないごみ」なんですか?
阿部氏 法律に基づき、シートの裏面に「プラ」と記載されていても、アルミ箔も接着されているため、生活者の方々にはゴミなのか、どう分別すれば良いのか分かりにくいようです。実際に自治体ごとに(ごみとしての)区分が異なることもあるため、おくすりシートを捨てる前に一度確認してみた方がよいかもしれません。
――かなり難しい挑戦に思えます…。
阿部氏 おっしゃるように、プラスチックとアルミ箔の剥離には相応の技術が必要です。それを再生資源にする試みに、「本当にできるの?」「どうやってやるの?」という質問が、社内外から投げかけられました。
その解決に向けて、リサイクルプログラムに関して世界中の知見を多く有するテラサイクルジャパンにリサイクル部分のスキームの構築を担って頂き、今回のプログラムをスタートすることができました。
――回収エリアに横浜市を選んだ理由は?
阿部氏 生活者を対象としたおくすりシートのリサイクルプログラムは初めての試みのため、プログラムの実施には自治体の協力が必要不可欠だと考え、数ある自治体の中でも「SDGs未来都市」として先導的な取り組みを行う横浜市に協力を打診しました。プログラムの主旨にご理解頂いた上で、現在は回収拠点の交渉や市民の方々への広報などで協力を頂くに至っております。
ただ、当プログラムは初めての取り組みでもあるため各種の調整や準備など合わせて計画から実施までに実に1年を要しました。
当初は横浜市内でもやや広域な範囲で30拠点の実施を検討しましたが、横浜市との打ち合わせの中で「実証実験でもあり、未知の活動を効率よく告知し、市民の方々浸透させるためにもミニマムスタートが良いのでは」との助言を受け、同市中区に限定することになりました。スタート時はドラッグストア、薬局、病院、公共施設等11拠点に回収BOXを設置し、直近(2022年12月末時点)の拠点は15に増え、1月末には市薬剤師会のご協力をいただき、約40拠点まで拡大する予定です。
――15拠点(2022年12月末時点)のうち10拠点がドラッグストアですが、同業態への参画要請はスムーズにすすみましたか?
阿部氏 回収する「おくすりシート」の対象が、医療用・OTCを問わず全メーカーであることが評価され、各企業様に快く受け入れて頂きました。今回は保険調剤薬局が併設される店舗に限定しましたが、各店にて調剤待合室などの目に触れやすい場所に回収BOXを置いてくださるなど、プログラムに積極的に関わってもらい、大変ありがたく感じています。
――実施期間を2023年9月末までと定めましたが、当面の目標は?
阿部氏 「意識」「回収量」「リサイクルスキーム」の3点を重点的に検証していきます。
「意識」とはつまり、この活動がどの程度生活者に理解され浸透したかを測るもので、実験終了後にアンケート調査等をおこないます。また「回収量」とは文字通り、回収した「おくすりシート」の枚数です。合計の量だけでなく、薬局、ドラッグストア、病院、公共施設のいずれが多かったのか、告知方法や回収BOXの設置場所なども踏まえて分析していきます。
「リサイクルスキーム」とは、回収した「おくすりシート」が再生素材としてしっかりと生まれ変るのかを確認する作業です。PTPシートの素材はPVC(ポリ塩化ビニル)のほか、PP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)などがあり、それらを選別して再生のサイクルをつくることが、最終的な目標です。
――規格が統一されリサイクルスキームが確立しているPETボトルのようにはいかないと…。
阿部氏 その通りです。一般的にも規格が統一された方がリサイクルはしやすくなります。少し話はそれますが、昨年末に第一三共、アステラス、武田薬品、エーザイの4社が、医薬品包装分野における環境負荷低減の取り組みで連携すると発表がありました。連携内容には、石油由来のプラスチックに代わるバイオマス素材の PTPシートや、包装のコンパクト化、リサイクル包材などの知見の共有とされており、今後は医薬品業界における包装資材の環境負荷軽減の取り組みが様々な形で加速していく流れにあると思います。
――ここまでの成果のほどは?
阿部氏 スタート時の11拠点のうち4拠点の回収BOXが、設置から2ヶ月を待たず満杯になったとの報告を受けました。BOXは2〜3kgで満杯になる想定で、弊社の解熱鎮痛薬「ロキソニンS」の1シートが約1gなので、それで換算すると2,000〜3,000シート、4拠点合計で8,000〜1万2,000シート分となります。
設置拠点のヒアリングによれば、告知を知った生活者の中には、スタート前から「おくすりシート」を捨てずに溜めていた方もいたそうです。我々の取り組みが生活者の方々の意識を変え、行動変容につながっているとすれば、大変うれしいことです。
――取り組みを持続可能なものにするために、リサイクルにかかるコストをどう分担するか考える必要もありますね?
阿部氏 環境活動に伴う一定のコストをメーカーの責任において負担するのは当然であり、これを事業化して短期間で利益を上げる計画はありません。
一方で、循環型経済の実現は地球規模の課題です。当プログラムに参加する全ての方に当事者意識を持ってもらう必要があります。意識のベクトルが一つになり、皆が責任を果たすことで、持続的で実効性の高い取り組みに昇華することを望んでいます。
将来的に、同じ志を持つ他の製薬メーカーや、全国の薬局、ドラッグストアに参画の輪が広がるよう呼びかけていきたい。そのためにもまず、始まったばかりの当プログラムの仕組みをしっかりと構築し、認知度を上げなければならないと考えています。
――ありがとうございました!
「おくすりシート回収プログラム」専用サイトはこちら(https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/okusuri-sheet/)