
機能性おやつに欠かせない成分の一つにGABA(γ-アミノ酪酸)がある。GABA研究の第一人者が米谷俊さん(農学博士)だ。米谷さんは京都大学、京都大学大学院を経て江崎グリコへ入社。同社・中央研究所の所長時代には大ヒット製品「メンタルバランスチョコレート GABA」の開発を手掛けたことで知られている。本稿では、矢澤一良博士(早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長)が、米谷さんへ開発秘話や研究に対する姿勢を聞いた。


矢澤 米谷さんは京都大学 農学部 食品工学科、京都大学大学院 農学研究科 食品工学専攻を経て、その後は江崎グリコさんに入社しましたが、簡単な略歴をお聞かせください。

米谷 大学では酵素(トランスグルタミナーゼ)の食品への応用について研究していました。私の恩師の千葉英雄先生は、1970年代の終わりから1980年代の初めにかけて、これまでの「栄養機能(一次機能)」、「嗜好機能(二次機能)」に加えて、世界で初めて、第3の機能「体調調節機能」があることを提唱されました。
その頃に私が大学院の学生だったものですから、「機能性食品は素晴らしい、食品に新しい世界が拓(ひら)かれる」と、この分野に希望と夢を抱きました。これが食品企業の江崎グリコに入った動機でもあります。
矢澤 江崎グリコは大阪を代表する、知らない人がいないほど有名な企業ですが、米谷さんは中央研究所の所長まで歴任されました。そして、GABAチョコレートというものを研究し、開発されたご本人でもあります。その背景にはどのようなストーリーがあったのでしょうか。
米谷 当時、江崎グリコには新製品を開発する開発研究所(菓子、食品、冷菓)が3つありました。その基盤技術、食品全般の技術の研究を担っていたのが中央研究所でした。2000年に中央研究所の所長に任命されましたが、研究所をさらに活性化し、企業業績はもとより、社会にも貢献したいと考えていました。

どうしたら良いか、と悩んでいたところ、江崎利一さん(江崎グリコ創業者)が執筆した本を読み直すと、「エネルギー源のグリコーゲンの入った「グリコ」(キャラメル;商品第1号)は、子どもがおいしく食べて、元気になる。そして、おまけの玩具で遊びながら、心身ともに成長できる」という考え方が示されており、これは「機能性食品の概念そのものだ」と思いました。
商品第2号のビスコも同様で、ビスケットに酵母やミネラル、ビタミンを添加して、「グリコ」と同様に企業理念の「おいしさと健康」を追求し実現しています。江崎グリコは、機能性という概念ができる80年以上前からそのような意識で食品を開発していた企業であり、その原点に回帰するべきだ、と思い切って機能性食品の研究開発に向けて、中央研究所の研究の舵を切りました。
矢澤 「グリコ」がどういう意味かを知らない人は多くいらっしゃると思います。グリコーゲンという非常に学術的なものが由来となっており、社名から読み解くに、お菓子にとっても「おいしさ」はもちろん、「栄養と機能性が重要だ」と、とても先駆的な考えを持っていらっしゃった。
米谷 研究の手ほどきを受けた恩師の千葉先生が機能性食品を提唱しており、私が入社して研究所長になった企業も、創業当時から食品の機能性を重要視していました。その巡り合わせに運命的なものを感じました。そうして、研究所長として一生懸命に研究開発と向き合って誕生した一つの製品が、「メンタルバランスチョコレート GABA」でした。
矢澤 そのころGABAは「血圧」という訴求がメインだったと思いますが、なぜ「ストレス」に着眼したのでしょうか。
米谷 研究所長になったときに「着実にデータや成果が出て、新製品開発に繋がる現実的なテーマ」と、研究員を奮い立たせる「少し先を見たチャレンジングなテーマ」という二つの軸で取り組むことを決めていました。
チャレンジングな研究のひとつとして、「チョコレートが脳機能に及ぼす影響」を取り上げました。食品成分が脳のような大切な臓器に影響を及ぼすか否かは、興味あるテーマですが、大変難しいと思っていました。当時、静岡県立大学にいらっしゃった横越英彦教授と一緒に研究を始めてみると、いろいろなことがわかってきて、日本チョコレートココア協会のシンポジウムで3回ほど発表しています。
この研究に手ごたえを感じ始めたころ(2003年ごろ)に、ファーマフーズの創業者で社長の金武祚(キム・ムジョウ)さんと学会で出会いました。金社長がまさにGABAの大量生産に成功した時でした。横越先生・金社長と3人で知恵を出し合い、GABAを配合したチョコレートを食べて、ストレスを緩和する研究へ第一歩を踏み出しました。脳機能の研究をしていたので、ストレスの研究にも踏み込みやすかったと思います。
矢澤 まだ機能性表示食品が生まれていなかった頃に、よく「ストレス社会」という言葉を使ったなぁと驚かされました。
米谷 当時もストレス社会と言われており(「24時間働けますか」というCMが流行)、「癒し」が強く求められていました。しかし、日常的で手軽な解決策は、あまり多くありませんでした。ニーズがあるが、ソルーション(解決策)が少ないことは、大きなビジネスチャンスであると考えました。
他社が踏み込めなかったストレスの分野に挑戦したので、かなりのインパクトがありました。但し、とても苦労しました(笑)。社内でも「さまざまな人がさまざまなストレスを感じている。これをどのように定量的に捉えることができるのか」、などと研究に対する懐疑的な意見もありました。また、公正取引委員会に呼ばれて、「ストレスは病気に関係することだから、これではダメだ」と言われ、販売が危ぶまれる場面もありました。しかし、前者は、ストレスホルモンを測定することで、後者では、江崎グリコ社内には知恵を持つ人材がたくさんおり、彼らの助言によって、直接的に「ストレスと闘う」のではなく「ストレス社会で闘うあなたに」と文言を変えることで、乗り切ることができたのです。

矢澤 その後、2015年に機能性表示食品の制度がスタートするわけですが、その際に「メンタルバランスチョコレートGABA」はパッケージをリニューアルし、ヘルスクレームも「事務的な作業による一時的・心理的なストレスを低減する」と刷新することになりましたね。
米谷 このヘルスクレームは、きちんと研究した実験事実に基づき、その作用メカニズムも明らかにし、体感される方も多いので、決して大袈裟ではない表現だと考えています。

矢澤 的確なターゲッティング、そして、その層の幅広さから、売上も好調だったのではないですか。
米谷 発売したのは2005年5月。売れすぎて生産が間に合わないこともあり、首都圏でのみ販売した時期もありましたが、それでも目標売上高20億円に対して、2倍の40億円を記録しました。
チョコレート業界では、新製品が出たら既存品がシュリンクする傾向(結局は、パイの奪い合いになる)にあるのですが、「メンタルバランスチョコレートGABA」の場合は、男性が、しかも仕事中にチョコレートを食べる、それがストレスを緩和して仕事がはかどりやすくなる、というこれまでの菓子を越えた「機能性」という新しいカテゴリーを創ったと評価されています。その結果、チョコレート市場が拡大し、市場活性化に一石を投じることができました。「ストレスはチョコレートで対応する」という新たな購買動向・生活習慣を、チョコレートに付与できたことは嬉しかったですね。

付け加えて言えば、あまり大きくない粒状で、コーティングされて手がべたつかない、スタンディングパウチやボトル缶でデスクに置きやすい、という小さな工夫が、職場で食べやすい形態として受け入れられたと思います。
2015年の機能性表示食品制度の誕生を機に、「メンタルバランスチョコレートGABA」を機能性表示食品に切り替えてからも、売上高も好調でした。「睡眠の質を高めるフォースリープ」も好評で、売上高に貢献しています。売れ続けるためには、新しい機能性を開発していく研究の継続が大事だ、と実感しました。
矢澤 この製品をきっかけに、GABAという成分がチョコレートだけではなく、他の製品にも使われることが多くなったと思います。
米谷 その通りです。おかげで一気にGABAという成分の認知度が高まり、GABA市場が広がりました。特許などでGABAを独占しなかったことが、功を奏しました(笑)。このような状況によって新たなユーザーが「メンタルバランスチョコレートGABA」を手に取ってくださる機会も増加したように思います。
矢澤 このようなおやつを私たちは「機能性おやつ」と呼んでいますが、おやつは食べることに後ろめたさを感じるシーンが存在しています。教育面、健康面などさまざまな要因はありますが、「機能性おやつ」はおいしく、楽しく、そして健康にも良い影響をもたらす、非常にポジティブなものですし、「メンタルバランスチョコレートGABA」もそうした存在であると思います。
米谷 ありがとうございます。まさに矢澤先生が今おっしゃったように、朝昼夕の3食に、おやつを加えて、バランスの良い栄養と健康機能を上手に活かすとともに、おいしい食を楽しむことが大事であると思います。江崎グリコという企業、そして研究所長という立場にある私も、そうした製品開発を目指していました。
矢澤 「メンタルバランスチョコレートGABA」は進化を遂げて、「眠りの深さ、すっきりとした目覚め、睡眠の質を高める」というヘルスクレームを持った機能性表示食品「メンタルバランスチョコレートGABAフォースリープ」が上市されることになります。
米谷 私には「日本人のウェルビーイングを高めたい」という思いがあり、ストレス緩和の次は睡眠と考えていました。
矢澤 世界でも睡眠時間の短い日本人のパフォーマンスを上げるということはとても重要です。人口減少を辿る日本においては、もっと作業効率を重要視しなければならないと思います。働くことにおけるストレスや過度な疲労は睡眠障害の原因にもなり得ますし、その経済損失は20〜25兆円とも言われています。これを楽しく食べることで少しでも軽減していくことが、「機能性おやつ」の大きな役割であるとも考えています。
さて、米谷さんは、江崎グリコを退社した後、2012年4月から教授として近畿大学 農学部食品栄養学科で仕事をしています。
米谷 江崎グリコでは自由に研究をさせていただきました。農学博士という学位も江崎グリコで取得させていただきましたし、そのご恩になんとか報いたいという思いのもと、「仕事を頑張っていたら、企業の外の世界に出ても通用する」ということを、若い人たちのチャレンジ心につなげたいと考えました。
過去に江崎グリコから大学に転出した人はいなかったと思いますし、アカデミアの研究ができるかどうか不安な気持ちもありましたが、ご恩に報いるためには、自分自身もチャレンジしなければという姿勢でした。
矢澤 今でこそ「企業から大学に」というケースは多いですが、当時はそれほど多くはありませんでしたね。
米谷 近畿大学では定年までの8年間、地域貢献を念頭に、奈良県が力を入れている柿や大和橘などの特産物の機能性について、学生さんと一緒に研究してきました。やはり、食の機能性で、社会に貢献していきたいですし、食品企業を目指す学生さんが多いので、食の機能性に興味を持つ人を増やしていきたいですね。

矢澤 2021年にファーマフーズの顧問に就任しましたが、どのような研究をされてきたのでしょうか。
米谷 GABAの作用メカニズムを中心に研究しています。「なぜリラックスするのか」、そのメカニズムの1つとして、自律神経(副交感神経系)が動くことがわかっており、それを深掘りする研究です。また、ファーマフーズでは、認知機能の向上についても明らかにしていますので、「なぜ認知機能が上がるのか」ということも大事です。基礎をしっかりと研究することで、新たな発見が出てきて、GABAの機能性が広がっていくと考えています。
現在、ファーマフーズでは、京都府立大学の岩﨑教授とGABAによる迷走神経を介した満腹感を感じるメカニズムや、九州大学の片倉教授とはGABAの摂取がエクソソーム(体内の細胞から分泌される直径 100nm程度の微粒子。タンパク質やマイクロRNAを含み、別の場所の組織・細胞へ情報を伝える役割を持つ)を介して認知機能にどのような影響を与えるかなどを研究しています。さらに、西日本工業大学の古門准教授(現九州産業大学)とは、GABAの摂取が集中力を高めて、esportsのパフォーマンスを向上させるという研究も進めています。
矢澤 今後どのような方針で研究に取り組んで行かれますか。
米谷 若手の研究者には「人の見た目というのは、誰の目にもわかりやすい健康のバロメーターである」と伝えています。加齢は避けられませんが、齢がいっても心身ともに活き活きとした方は大勢いらっしゃいます。体の中の健康状態が外に現れているのだと思います(肌がつやつや、良い姿勢、はつらつと活動的、など)。心身の健康はとても大切だと改めて思っています。超高齢社会において、このような健康なご老人を一人でも増やしていけるような機能性食品をどんどん作っていければ、大きな社会貢献になると考えています。
矢澤 今回は米谷さんとお話しでき、とても嬉しく思います。ありがとうございました。