ヘルスケア情報サイト「Hoitto! ヘルスケアビジネス」(ヘルスケアワークスデザイン株式会社)

【連載】薬剤師・紗耶華の奮闘記② 気付いた違和感 ― 認知症のはじまりと私の葛藤


本連載の筆者・三浦紗耶華さん


【連載】薬剤師・紗耶華の奮闘記②
気付いた違和感 ― 認知症のはじまりと私の葛藤


とても明るい、気さくなおばあちゃん。店頭でもずっと他の患者さんとのお話に夢中で、いつも楽しそうにしている方がいました。

しかし、ある日を境にその方の様子に、なぜか違和感を抱き、私の心がザワザワし始めるのです。「話が噛み合わない…」「以前からこんな方だった?」えっ???なんか…今までと違う気がする。「私は馬鹿だからさ~」と何度も繰り返しています。以前は丁寧に塗られていたはずの口紅が、輪郭を越えています。

飲んでいる薬は1種類。血糖降下薬のみ。しかし、朝・昼・夕で服用する錠数が異なるため「飲む時間帯ごとに錠数が違うと間違えることはないですか?」と聞くと「前は間違えなかったんだけど、最近は数が合わない時があってね~。馬鹿だから仕方がないよ。」と明るく笑っています。

ひとまず、【朝】【昼】【夕】で薬袋ごとに大きくその時に飲む錠剤の数を書いてお渡し。「次来る時、今回渡した薬を全部袋ごと持って来て欲しい。」と伝えました。
翌月、残薬を持って来ることもなく、また「馬鹿だからさ~」との会話…。

私は認知症を疑いました。

でも、毎回お一人で来局される方です。ご本人に「認知症じゃないですか?」なんて言えるはずもなく…と、思っているのは私だけなのか。その時の私はご本人には何も伝えることが出来ませんでした。なので、その方が持って来る処方元の医師へ、薬局での言動が今までと違う。様子がおかしい気がする。との旨を手紙で報告しました。その時に書いた手紙が下記です。

いつもお世話になっております。先生におかかりの〇〇さん(生年月日:昭和〇年〇月〇日)について気になり先生にご検討いただきたくご連絡申し上げます。

昨年末くらいから、コンプライアンス不良が疑われ、残薬が多くなっております。先生のご指示通りに薬を服用出来ていないようで、ご自身も「馬鹿だから、飲み忘れちゃう。」とおっしゃるようになった為、薬袋などに工夫をし、飲み忘れ防止に努めております。

薬局では時折、今までのご様子と違った行動や発言が見える時があり、認知機能低下の可能性を懸念しております。クリニックでの言動などはいかがでしょうか?先生のお考えなどお聞かせ頂けますと幸いです。よろしくお願い申し上げます。

しかし、その医師からは特に連絡も追加処方もなく、どうする事がその方の幸せに繋がるのかを考えながらも、何も出来ず時間だけが過ぎていきました。

そして、半年近くが過ぎた頃、娘さんに連れられてきたその方は、他院(脳神経内科)を受診し、認知症薬が追加になったのです。ホッとしたと同時に、自分の無力さを痛感。私は、その方の異変に気付きながらも、何も結果を出すことが出来ませんでした。もっと早く受診し、少しでも早く対処することが出来たのではないかという後悔。どこまで踏み込むべきか躊躇した自分を責めました。

この方の経験から、きっと今の私なら「これ、やってみませんか?」と軽く認知症チェックリストなどを渡し、一緒に試してみないかと、ご家族はどこにお住まいかなど、サラッと聞いてみるでしょう。もし、そのことで患者さんが気分を害されたとしても…。

以前、認知症専門の施設を見学した際に、「自分の部屋が、わからなくならないように。」と、各部屋のドアに貼られた、顔写真を見たことがあります。認知症の方は、自身の顔をどのように認識しているのか、その施設の方は「症状は人それぞれなので、はっきりしたことはわかりませんが、若い頃の自分しか「自分」と感じない方もいますし、完全に自分の顔を認識していない方もいます。」と教えてくれました。

「わからない」ことを知った時の恐怖心は、私たちの想像をはるかに越えるでしょう。迷ったままなら怖くない道のりも、「迷った」と気が付いた時、世界は急に心細いものへと変化します。忘れてしまっている、わからないことがあると知った時の恐怖。認知症の方は、この恐怖を何度経験するのでしょうか。症状が進行し、すべてを忘れてしまえたら楽になるのでしょうか…。考えただけでも胸が締め付けられます。

自分らしくいられるようにお手伝いすること。そして、患者さんを支えるご家族の力になること。そのために薬剤師として何ができるのか、私は今も考え続けています。薬剤師として、病気や副作用の早期発見はもちろん大切な務めです。そこに加えて「寄り添う」という言葉の本当の意味を、私は日々模索しています。


母として薬剤師としての堀美智子


母はいつも「紗耶華は紗耶華。あなたは、あなたよ。」と私を、おそらく私が生れた時から「一人の人間」として扱ってくれました。「私の娘だけれど、紗耶華には紗耶華の考えがあって、紗耶華の生き方があるのよ。」と常に言ってくれました。なので、私が娘を出産した際にも「子どもは神様からの預かりものよ。決してあなたの所有物ではないから、自分の思い通りにしようと思ったらダメよ。」と言われました。

母と同じ薬剤師という職についた私は、周囲から母と比べられることがあるかもしれません。けれど、私はそれをまったく重荷には感じていません。母が私を「紗耶華は紗耶華」としてこの道を歩めるように育ててくれたからです。母は、私を娘としてたくさん愛してくれましたが、私を一人の人間として尊重してくれました。母に「ママにコンプレックスを抱くことなく育ててくれて、ありがとう。」と伝えると「ママにはないものを、紗耶華はたくさん持っているわ。まっ、ママの方があなたより、たくさん良いモノを持っているけどね‼」といつも笑っていました。

「あなたは、あなた。」どんなことがあっても、どんな病におかされても、その人はその人です。本来の姿を見失ったように感じ、「こんな人ではなかった」とご家族は戸惑い、悲しむこともあるかもしれません。それでも、ともに重ねてきた時間や、笑い合った記憶までもが消えてしまうわけではありません。たとえご本人が忘れてしまったとしても、その人らしさは、周囲の心の中に確かに残り続けます。綺麗ごとかもしれませんが…。

カタチとしてはもう存在していないママのこと、ママらしさを今も身近に感じている私が、「ママらしさ」「堀美智子らしさ」を忘れることは一生ありません。

大好きなママへ愛を込めて…
三浦 紗耶華