ウエルシア薬局株式会社が7月に、安心安全に店舗およびサービス等を利用でき、従業員(スタッフ)が安心して業務に取り組める環境を整えるため、「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を策定した。2022年2月厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が発行され、サービスおよび小売業のカスハラ対策方針が相次いで発出されている。 業界トップのウエルシアはカスハラを「お客様(お取引先様を含む)からの当該クレーム・言動の要求内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、ウエルシアグループで働くすべての従業員の就業環境が害されるもの」と定義し、生活者とスタッフのリレーションシップを構築するべく基本方針を打ち出した。今回、方針策定に当たったウエルシア薬局株式会社、執行役員総務本部長の笠原哲氏と総務本部総務部長の長森悦子氏に、方針策定の目的と、カスハラ問題の今について話をうかがった。(取材=中西陽治)

――2025年6月に「改正労働施策総合推進法」が成立し、カスハラ対策が事業主の義務となりました。それに先んじて各企業もカスハラに対する方針を発出しています。その中で、ウエルシアがカスハラに対するガバナンス「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を示された経緯とは。
笠原氏:今年7月にウエルシアでは、改めてグループ全体で「カスハラに対する基本方針」を定めました。これは企業内外に対するカスハラの共通認識のようなものです。
カスハラ対策自体は、2019年から着手しています。やはりこの時期から、従業員やスタッフから「お客様対応で苦労していることがある」という声が多くなりました。そこで社内に窓口を設置し、マニュアルも作成しました。
昨今、国や行政がカスハラ対策をクローズアップしていく中で、ウエルシアとしてもしっかりとした基本方針を打ち出す必要があると考えたのです。
お客様対応の中で、どうしても判断がつきにくい場面があります。〝これはお客様の要望なのか〟〝これは行き過ぎた要求ではないか〟という線引きを、少し明確にしていく必要があったのです。ですから、この基本方針は新設というより、刷新して取り組んでいく、という意志表示でもあるのです。社内向けだったものを、社外にも示せる公式なメッセージとして発信していきたい、という考えが今回の基本方針策定の経緯です。

〝リアルタイムでどう対処すべきか〟現場が望む声を形に
――2019年に社内向けに相談窓口を設置した、とのことですが、それは現場からマニュアルやルールを決めてほしい、という声があったからでしょうか。
笠原氏:窓口自体は、実際に現場で起きているカスハラの〝事後対応〟に留まっていました。カスハラを受けた後に「どう対処すればよかったのか」という相談が多くあって、対処法のやりとりはどうしても電話やメールで説明しなければなりませんでした。この窓口対応における課題はすべて〝事後〟であることだったのです。
カスハラに対してリアルタイムでどう対処すべきか、を社内と現場が望んでいる。この要望に応えるべきだと考えたのです。
店頭でも、介護現場でもカスハラはありますし、ウエルシアグループ全体で対応の柱となる基本方針を定めるべきだと考えたのです。その意味では、カスハラに対する考え方を〝ウエルシアモデル〟にブラッシュアップした、という形です。
――ドラッグストアは専門性ある小売業で、他のチャネルと比べても対面接客の機会が多いことが特徴です。薬や化粧品など、お客様の個人的な部分に触れることもあります。特にウエルシアは「カウンセリング」を強みにしていることから、カスハラにさらされるリスクが高いと思われます。その中で基本方針を定めるのは大変だったのではないでしょうか。
笠原氏:おっしゃるとおりです。ドラッグストアはお客様との関係性が深い業態です。健康に不安があるお客様が訪れる場所で、他の小売業とは違ったドラッグストア特有のものです。
ですからお客様も、感情的なものも含めて焦りや不安の強度をお持ちです。少し情緒的になられている方の対応に当たって、どうしてもお客様が望んでいるものと違った回答や案内をしなければならない場面もあるのです。
例えば、国の方針であるオーバードーズや医薬品の濫用を防ぐために、店頭では濫用のおそれのある医薬品の販売制限をしています。しかし購入する側からすると、その制限をどうしても理解していただけないことがあります。われわれは法律を遵守して販売していますので、このルールや法律をお客様にどうお伝えするか、がドラッグストアの役割であり、ものすごく難しい課題でもあります。
――ドラッグストアだからこそ、慎重にカスハラ対策を考えなければならない、ということですね。
笠原氏:もう一点、ドラッグストアには働く女性が多いということです。ウエルシアでも女性スタッフが7割近くを占めます。
女性スタッフに相談しやすい、という良い面があります。ただその良い点が行き過ぎてしまって、カスハラにつながってしまうことが実際にあるのでしょう。
「ウエルシアで長く働きたい」という想いの強いスタッフが多くいてくれる中で、カスハラが原因で業務が続けられない、ということがあってはならないのです。
店舗が根差す地域の方々と、密接な関係でスタッフは働いていただいています。そのスタッフがより働きやすい環境を求めていかなければ、ドラッグストアという存在意義を保てなくなる、と強く感じています。

――より女性スタッフが働きやすい環境を作っていくことも必要ということですね。
笠原氏:高圧的な言動、といったものは少々ばらつきがあるにしても、やはり女性スタッフの方が多く言われている、という現実があります。
すべてのスタッフが責任者ではないですし、アルバイトさんも含めた方々が、カスハラに対する〝線引き〟の意識を持ち、何かエスカレートした際には本部や責任者に対応を移管できる環境を作っていかなければならないのです。
カスハラが苦しくて退職する人が少なからずいる。この事実をしっかりと受け止め、対応していかなければならない、これが会社としての責任なのです。
客観的な指標を示し、スタッフとお客様に理解してもらう
――ドラッグストア業界全体に言えることですが、カスハラとそうでない要望の線引き、というのはなかなか難しいことではないでしょうか。本人にその気がなくとも、受けた側が「カスハラだ」と感じてしまうと、成立してしまう可能性もあります。このラインはどのように引いていくべきでしょうか。
笠原氏:お客様のほとんどが、私たちの店舗をご愛用していただき、スタッフとよい関係性を築けていると思います。ただ、その関係性の一線を超えた、という判断はある程度受け取った側の感度に左右されてきました。
我慢強い人は自分の感度で「これくらいならカスハラではない」と耐えてしまうことがあるのです。
例えばクレーマーと呼ばれるお客様も、一つ捉え方を変えれば、よくご来店いただいている声が大きいお客様、とも言え、われわれにとってはロイヤルカスタマーかもしれません。しかし今は、必要以上に声が大きいということだけで、スタッフが萎縮してしまう。それぞれの感度が全く違うのだろうな、と思うことがあります。
ですから、そこに企業としての客観的な指標を作る必要があります。例えば言葉の使い方にしても「こういう表現をされたらそれは一定の範囲を超えていますよね」という指標です。

そうしなければ、ウエルシアグループで働く4~5万人のスタッフに、われわれの想いが伝わらないと思います。そのために、カスハラに対する線引きを明確にしたのです。
防止ポスターで企業としての姿勢を示す
――カスハラの方針を策定することで、スタッフとお客様の関係性は、良いものに発展していくと思われます。その双方に「ウエルシアはしっかりと従業員を守る会社なのだ」と理解してもらえる役割も果たすのではないでしょうか。
笠原氏:スタッフがカスハラ対応に困っている、という声は店舗を周っても聞こえてきます。その不安の部分は取り除いていかなければなりません。
今回、基本方針策定およびマニュアル整備から、もう少し踏み込んで、店頭にカスハラ防止のポスターを掲示するなど、指針を内外に示しています。またスタッフの名札の表記も個人情報ですから少し変更させていただいています。アクションを起こすことで「会社として取り組んでいる」ということを皆さんに知ってもらう機会が広がったと思います。
ウエルシアが企業としてカスハラ対策にこれだけの真剣度がある、というメッセージを込めました。これで完了、ということではありませんが、店頭の変化はこれからスタッフおよびお客様の声に表れてくると思います。
そしてそのフィードバックが、今後より良いお客様とのリレーションシップ構築に役立てていけるのです。
今回を皮切りに、できる限り早い段階で取り組みを進めていくことが、働くスタッフの安心感につながってほしいと思います。
――カスハラに対し声を上げやすくなった。同時に消費者も「気を付けなければ」という意識が育ってきた、という社会構造の変化もあると思われます。
笠原氏:少し脱線しますが、「煽(あお)り運転」というトラブルをよく耳にしますよね。
一つの事故を契機に、今まで見過ごされてきた「煽り運転」という行為がクローズアップされ、社会問題化しました。この「煽り運転」の問題が顕在化することで、車を運転する方々の意識や行為は変わってきた、と思うのです。また、運転しない周りの方々も問題視するようになりました。
このような、苦しんでいる人がいるにも関わらずスルーされてきた問題が、「それではいけない」という風に変わってきたと感じます。
ハラスメントも、ウエルシアグループはもちろん、他の小売業さん、他業態の法人さんも含めた、様々な方面から発信することで、「これはいけない」と意識がシフトするようになりました。
業界全体が社会問題に目を向け、声を上げ、是正していく。これはとても大切な行為です。
ウエルシアグループがやるから成り立つ、ではなく、多くの企業および業界が課題提起することで、社会が、世の中が「そうなんだ」と変わっていく。そしてそれが行動変容を起こし、今よりもっと“当たり前”に――お客様が安心して、気持ちよくお買い物できる環境を整えていきたいと考えています。
誤解やトラブルなく〝健全で自然なお買い物をする〟ということが当たり前の世の中にしていきたい、と強く感じます。
――今回の基本方針およびマニュアル強化に当たって、何か実践的なアクションは盛り込まれたのでしょうか。
難しい〝断り方〟―ー方針に沿って「話法」を例示
長森氏:営業部長やスタッフからは、「マニュアルに記載された判断基準を、実際の業務で活用できる形で明確に示してほしいとの意見が多くありました。

その判断基準の中で、スタッフが一番よかった、知りたかった対応が「断り方」です。今回、その「断り方」を話法にしました。
「断り方」の話法は、企業が責任を持って示していかなければなりません。スタッフはリアルタイムで対応しますから、やはり必要以上の我慢を強いられることが多かった。そこで〝判断基準はここ〟ということとそれを伝える〝話法〟を明確にしました。
例えば、何十分も拘束されいつ切り出すべきか、という基準がありませんでした。ここを具体化することで、少し安心してもらえるのでは、と思います。断り方の話法、はある種その人の属性にも寄るところがあります。例えばクレーム対応の担当者やコールセンターのスタッフは、とても上手です。
ただそうでないスタッフは対応できずに疲弊してしまいますが、マニュアルで「会社が方針としてこう対処すると示しています」という基準があれば、それに沿った対応ができます。
その話法も、「断り方」だけでなく「かわし方」も併記しています。
対応におけるクロージングについて「かわし方」がうまくいかないスタッフもいますので、「こう言えばお客様の気持ちを少し置き換えることができる」と感じてほしいと思います。
笠原氏:1年に1回あるかないかのカスハラに該当するケースに対し、どう言葉に出していくのか、をマニュアルに示すことで、気づきと心構えも伝えられていると思います。
また、全体に周知することで、仮にカスハラに対しマニュアルに沿った対応ができないスタッフがいたとしても、別のスタッフが認知し、後ろからサポートすることができます。これが出来れば、われわれはお客様にきちんと向き合えると思っています。
スタッフ、従業員のみなさんは、われわれの想像以上に言葉を選び・丁寧にお客様に接していただいています。その努力に報いることができるように、方針を発信していきたいと思います。
われわれ会社も、店頭スタッフと同じ温度感でお客様に接する、という意志を示さなければ、矢面に立つスタッフの不安が強くなってしまいます。その不安を払しょくして「会社として対応できる」という姿勢を示していく必要があるのです。
――ありがとうございました。