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地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス 第34回/自然体験が心身を育てる〜自然欠乏症候群という新しいリスク

私たちは風や水の音に包まれることで
内的環境を調整している


夏休み、日常を離れて、海や山、キャンプに出かけている方も多いのではないでしょうか?自然の中に身を置くと、心身がリセットされる感覚があると思います。


私たち人類は野生動物と同じく、本来、自然と一体化しながら生存するようにできています。自律神経の働きは、多様に変化する環境に自らの心身を適合させます。四季の変化を感じ、土や木に触れ、風や水の音に包まれることで、感覚や情動を育みながら、臓器を外的環境に適合させ、内的環境を調整してきました。


しかし現代社会では、環境のダイナミックな変化に適応できない人が増えています。


都市化やデジタル化の進展により自然との接点が失われ、子どもから大人まで「自然体験の欠乏」が問題になっています。これを「自然欠乏症候群(Nature-Deficit Disorder)」と呼びます。


自然欠乏症候群は、医学的な正式診断名ではありませんが、近年の研究でその影響が明らかになりつつあります。自然体験が不足し、スマホやパソコンに齧り付くことで、注意力の低下、集中力の欠如、ストレス耐性の低下、さらにはうつ症状や不安傾向の増加が報告されています。


子どもの場合、感覚刺激の不足によって脳の前頭前野の発達が遅れる可能性も指摘されています。これは、ゲームやスマートフォンなど限られた刺激に偏ることで、感情のコントロールや創造性を司る領域が十分に育たないためと考えられます。


自然体験は、逆境から立ち直る力を養う「脳の栄養」

一方で、自然とのふれあいは心身に良い影響を与えることがわかっています。例えば、森林浴を行った人では自律神経のバランスが整い、ストレスホルモンのコルチゾールが低下するという報告があります。また、緑の多い環境で育った子どもは、ADHDの症状が軽減する傾向があることも示されています。自然体験は、脳の可塑性を高め、レジリエンス(逆境から立ち直る力)を養う「脳の栄養」といえるのです。


自然欠乏症候群によって、多動傾向になる子供達も増えていますが、大人が問題の本質を理解せず、行動を変えないままに「発達障害」として片付けて、薬剤投与するケースもみられます。


それは本当に、その子本来の気質なのか?スマホ依存はないのか?正常な発達のために必要な適切な五感の刺激ができているのか?など、総合的に判断する必要があります。

もし、自然欠乏が疑われたら、スマホと距離を置き、「自然に触れる習慣」を健康行動の一つとして提案することです。緑地公園で遊ぶことを習慣づける、休日に山や海に出かける、庭やベランダで植物を育てるといった小さな工夫でも、心身の健康に大きな効果があります。


自然を守り再生することで
子どもたちのための健全な未来社会を作る

プラネタリーヘルスの視点から見ると、この取り組みは「人の健康」と「地球の健康」の両方を育みます。自然と触れ合う機会が多いほどに、人は、自然と自分は一体であると感じて、「親自然」的な行動をとり、環境にも配慮する傾向があります。


自然を守り再生することは、未来の子どもたちのための健全な未来社会を作ることにつながります。


自然欠乏症候群は、現代の生活習慣病の一つといえるかもしれません。私たち一人ひとりが意識して自然に触れる機会を増やすことが、健やかな心身を育て、持続可能な社会を築く第一歩となるでしょう。

プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)

地域創生医/天籟株式会社 代表取締役医師
東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学講座共同研究員
一般社団法人プラネタリーヘルスイニシアティブ(PHI)代表理事

予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。

(次回「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は9月中旬に掲載予定です)