
微生物は約36億年前、地球上で最初に誕生した生命体である。古来から人間は微生物と共に暮らし、その研究を通じ健康増進や生命の維持に役立ててきた。そして今日、破壊的な経済活動が地球の健康を損ねつつある中、ネイチャーポジティブ経済移行の鍵として、微生物が注目されている。好評連載中の「地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス」は今回、特別企画として、桐村氏にサラヤ総合研究所の平田所長を引き合わせ、「人智を超えた“微生物”の力」をテーマに対談してもらった。(コーディネイター:Hoitto編集部・八島 充)
――先のSB国際会議2025(https://sb-tokyo.com/2025/)の基調講演では、「発酵と再生:小さな微生物の大きな力」というテーマが設けられ、桐村さんが登壇されました。今何故、微生物が注目されているのでしょうか?
桐村氏 長きにわたる金融資本主義をベースにした破壊的な経済活動により、人間、また地球の健康が損なわれています。その反省を受け、経済活動を通じ人間と地球を再生する、いわゆる「ネイチャーポジティブ(自然再興)経済」への移行が、世界的に叫ばれています。その作業を、生態系サービスを用いて進めていくという考えのもとに、生命の源、生態系の土台である微生物が、改めて注目されているという訳です。

目に見えぬゆえに無視されがちな微生物ですが、生態系を循環させる重要な役割を36億年も前から担ってきました。私たちも、古来から発酵食品など身近な生活に応用し、また17世紀に顕微鏡の発明によって微生物が発見され、19世紀にパスツールが病気を起こしたり発酵を起こしたりするさまざまな微生物を発見して、健康増進や生命の維持に役立ててきました。
その後、テクノロジーの進化により微生物の解析方法が一層高度化し、これまでブラックBOXの中にあった微生物の存在が次々と明らかになっていきます。多種多様な微生物が世界の根底を支えていることが判明したのは、わずか20年ほど前のことです。ここで得た知見を用いることで、ネイチャーポジティブ経済への移行を本格化させることができると考えています。
――平田さんは、学生時代から微生物の研究を行ってきたそうですね。

平田氏 もともと生物との触れ合いが好きで、少年時代は、生駒山に分け入ってさまざまな生物を採集し、図鑑と見比べて楽しんでいました。そして高校生となった80年代に、「環境破壊」が大きな社会問題となっていきます。「生命をつかさどる環境を守りたい」という思いから、学びの場を大阪大学工学部醗酵工学科に求めました。
大学で微生物学・ウイルス学・醗酵生産学を学び、4年生から極限環境微生物の研究に取り組みました。例えば深海の火山口の中にも微生物が存在し、高温の中で有機物を浄化させ、生命を循環させる役割を担っています。そのような微生物の世界に惹かれ、微生物の力を借りて「私たちの生活を豊かにしたい」と考えるようになりました。
研究を続ける中で、界面活性剤(洗剤)をつくる微生物と出会いました。洗剤と微生物のイメージのギャップに興味を持ち、「この研究は世の中の役に立つかも知れない」と、直観的に研究テーマに選びました。研究を進める中で、ちょうど産業界でも、微生物がつくる界面活性剤、すなわちバイオサーファクタントの研究が始まっており、私の研究を企業に持ち込み調べてもらいました。その企業の1社だったサラヤに縁があり、現在に至ります。
――医師である桐村さんが微生物に感心を持ったきっかけは?

桐村氏 大学の頃から「予防医学」を志していましたが、大学で習う微生物学は病原性の微生物が主で、当時は微生物の存在をそれほど意識していませんでした。
転機となったのは大学卒業後です。人間の遺伝子を調べるヒトゲノムプロジェクトと、マイクロバイオーム(ヒトの体に共生する微生物)のプロジェクトが国際的に立ち上がったのです。これらの研究により、37兆個といわれる人間の細胞を凌駕する数の微生物が、人間の心身の機能を支えていることが判り、医学のパラダイムが大きく転換しました。
これを機に、微生物は極限環境から私たちの体内にまで広く存在し、人間と地球を支えていること、また、地球は微生物の楽園であり、私たちはそこにお邪魔している存在に過ぎないことに気付かされました。そこから、「ヒトと生物は一体である」という生命観で、人や生態系を含む地球システム全体のWell–Beingを考える、プラネタリーヘルスの概念にたどり着きました。
――平田さんが研究されてきた「ソホロリピッド」(以下「ソホロ」)について教えてください。

平田氏 ソホロは糖と油を酵母で発酵させてつくるバイオサーファクタントの1つです。ソホロに用いる酵母はツツジ科など蜜の多い花の花粉に存在し、蜜蜂の行動とともに生息圏を広げるなど、生態学的にも面白い性格で、ハチミツからも見つかっています。なお、ソホロ酵母が発見されたのは1961年ですが、その後長らく抗生物質の素材として研究されていました。ソホロを含めてバイオサーファクタントの界面活性剤としての優れた機能が明らかになったのは70年代に入ってからです。
ただし、いくら優秀な素材でも、経済合理性が伴わなければ社会実装はできません。生物を加工した製品は総じて高額ですし、市場には安価な合成洗剤が流通しています。その壁を越えるべく、約3年をかけてソホロの抽出と量産化の技術を磨き、2001年に環境配慮型洗剤(第1号は食器洗い機用洗剤)として世に送り出しました。


製品化に向けたもう1つの課題は「市販の合成洗剤と同様の高い洗浄能力を有しているのか?」でした。食器洗い機に設けられた厳しい洗浄方法で試験したところ、従来の洗剤に匹敵する高い能力が確認されました。ホッと胸を撫で下ろすと同時に、36億年の長期にわたり淘汰を繰り返し、生き残ってきた微生物の能力に、あらためて感動しました。

当社は創業当時から環境問題と向き合い、洗剤による河川汚染を防ぐ目的で天然洗浄成分の食器用洗剤(「ヤシノミ洗剤」)を1971年から販売しています。時代は石油系合成洗剤の全盛期で、当時としてはかなりチャンレンジングな取り組みでした。
また2000年頃、製品の原料調達から廃棄までの環境負荷を定量的に評価する手法、いわゆるライフサイクルアセスメント(LCA)が広まりますが、当社はそれ以前から、天然成分洗剤の原料となるパーム椰子の活用や森で暮らす動物の保全活動を進めていました。製品と地球環境を一体で考える企業風土があったからこそ、ソホロを用いた洗剤の製品化に成功したと考えます。
――桐村さんの発信されている「プラネタリーヘルス」の考え方にも通じますね。
桐村氏 残念なことに、私たちは日常の生活を通して無自覚に環境を破壊し、それが自身の健康にも跳ね返えるという負の連鎖を繰り返してきました。
生活者の一人一人がLCAの概念を意識することは大切ですが、その意識が醸成されるまでの間は、すべての製品がLCAに準じた仕様となり、使用する私たちが無自覚のうちに生態系サービスを享受できる環境づくりも必要です。サラヤさんのような企業が増えることで、ネイチャーポジティブ経済が当たり前の世界になることに期待しています。
平田氏 ソホロの洗剤は、市場を席巻している石油系合成洗剤とは対極にあるニッチな存在です。ただ、大量生産と大量消費の経済活動はいずれ終焉を迎え、市場に転換期が訪れるでしょう。ネイチャーポジティブ経済への移行は私たちメーカーの使命と心得て、今後も研究に取り組んでいきたいと考えています。
――ちなみに、ソホロの洗剤はウルトラファインバブルを生成するのですよね?
平田氏 ソホロの洗濯洗剤(粉)を浴槽に入れて瞬時に白濁したのを見て、「もしや」と思い調べてみたところ、通常は物理的な力を加えないと発生しないウルトラファイナンバブルを発見しました。ファインバブルには繊維の奥の汚れを引っこ抜く作用があり、それが洗浄力につながっていることもわかってきました。現在はこの原理を応用した入浴剤の開発にも着手しているほか、乳化剤として化粧品への応用、また細胞保存液など再生医療分野への応用もすすめています。
このほか、先の東日本大震災の際に、原発敷地内の土壌汚染でソホロを活用させていただいた実績もあります。ソホロは高い生分解性と水性生物毒性の低さが特徴です。微生物もほとんど殺さないので、様々な土壌汚染の現場で活用できると考えています。
桐村氏 天然成分で安全性の高いソホロなら、人間のみならず、あらゆる生物が存在する領域で応用が可能ですね。
平田氏 研究を始めた頃は、ソホロの可能性がここまで広がるとは考えもしませんでした。これは私たちの研究の成果というより、微生物が己の力を見せつけているように思えるのです。最近では、「お前はこの機能にまだ気づいていないのか?」という微生物の声が聞こえてくるようで…どっちが実験されているのか分からない状況です(苦笑)。
――大変興味深い話です。今回の対談を、桐村さんはどうお感じになりましたか?
桐村氏 あらためて、「人智を超えた微生物の力」に脱帽ですね。これまで人間は、自らの知恵だけで世界を変えようとしてきてきたために、生態系と対立する場面を作ってきたように思います。しかしこれからは、地球の生態系をつかさどってきた「微生物の叡智」を最大限に活用し、人と微生物が一体となった社会を築いていく必要があります。
生態系サービスを活用したネイチャーポジティブの先端事例を示されているサラヤさんの努力には、心から敬意を表したいと思いますし、産業界が微生物を当たり前のように活用していくことによって、人間が健康になり、ひいては地球の健康も守られる。…そんな社会が遠からず訪れる未来への期待感を、この対談で強く持ちました。

平田氏 プラネタリーヘルスという新たな概念をどのように受け止め、実践していくべきか。私たちはまだ、そのスタートラインに立ったばかりです。桐村さんが鳥取県長府町で取り組んでいるプラネタリーヘルスの実証実験は、フィールドワークの重要性を示していると感じます。私たちメーカーもその思いをしっかりと受け取り、世の中の役に立つ製品を多くの方に使っていただき、桐村さんの描く理想に近づけるよう、これからも努力していきたいと思います。
1つ愚痴を言わせて貰えば…我が国の「家庭用品品質表示法」における洗浄剤は、大きく「石鹸」と「洗剤」の2つしかなく、界面活性剤にバイオサーファクタントのソホロを用いていても、「合成洗剤」としか表現できません。近年は環境への貢献を重視する生活者が増えており、私たちはそのニーズに応える製品をつくっているのに、正しく理解されていない…。この状況を、同じ志を持った方々と共に、変えていきたいと思っています。
桐村氏 私が代表理事を務める団体「プラネタリーヘルスイニシアチブ」は、このほど一般社団法人格を取得しました。その狙いは、生活者への啓発と共に、生活者がアクションを起こしやすい環境をつくるための政策提言です。サラヤさんの課題の領域で、私たちにできることもあると思います。これからも互いの情報を共有し、皆でプラネタリーヘルスのアクションに繋げていきましょう!
――Hoitto!編集部も、引き続きプラネタリーヘルスの活動を応援していきます!本日はありがとうございました。
(次回「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は7月中旬に掲載予定です)
連載「地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス」ほか関連記事は以下URLで
(https://hoitto-hc.com/tag/プラネタリーヘルス/)
-819x1024.jpg)
プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)
地域創生医/天籟株式会社 代表取締役医師
東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学講座共同研究員
一般社団法人プラネタリーヘルスイニシアティブ(PHI)代表理事
予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。
タグクラウド
AJD DX Fromプラネット JACDS OTC医薬品 PB SDGs アサヒグループ食品 イオン ウエルシア カルビー キリン サプリメント サラヤ スギHD スギ薬局 セミナー チルロッチ ツルハ ツルハHD ドラッグストア ドラッグストアジャーナル ファンケル フェムケア プラネタリーヘルス プラネット マツキヨココカラ マツキヨココカラ&カンパニー ラカント ロート製薬 佐藤製薬 免疫 化粧品 卸売業 富士経済 富士薬品 小林製薬 市場動向 意識調査 日本調剤 桐村里紗 機能性表示食品 決算 第25回JAPANドラッグストアショー 薬剤師 薬学生 調剤薬局 調査 食と健康アワード2024 食と健康アワード2025