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「ボルネオ環境保全プロジェクト」20周年記念
 〜サラヤ・更家悠介社長インタビュー

近絶滅種に指定されているボルネオのオランウータン

🟰序章🟰

「ワンヘルス(One Health)」。それは、ヒトと動物、それを取り巻く環境(生態系)が相互につながっていると捉え、これらを有機的に保全していく行為が地球上のあらゆる課題を解決するという考え方。

この概念が生まれる以前の2004年に、今回紹介するサラヤの「ボルネオの環境保全活動」は始まった。あれから20年。同活動は、熱帯雨林の動植物を守り、かつ事業の生業となる資源の確保と現地産業の維持に貢献し、ワンヘルスの先駆けとして注目されている。

現在はSGDsの名の下に環境保全の活動が盛んだが、企業が華々しくスタートさせた活動の中には、持続性を失ったものが、少なからず存在する。SDGs、さらにワンヘルスも、「サステナビリティ(sustainability)」無くして、真のゴールはない。

本稿では、サラヤが「ボルネオ環境保全活動」を開始した背景と経緯、実行に移す際の課題とその解決策、さらに持続可能な経済活動のスタンスについて、同社の更家悠介社長に聞いている。各々の事業活動のヒントとなれば幸いである。(取材と文=八島 充)

――サラヤにとってSDGsとはどのようなものなのでしょうか。

更家社長 企業には、将来に渡り利益を上げ、ステークホルダーの幸福度を高め続ける使命があります。ゆえにSDGsは本来、その使命とのバランスをとりながら、進めていくべきなのかも知れません。

しかし、例えば今日の気候変動は、事業のバランスを保てない程のリスクとなってきました。当社はもとより、莫大な利益を上げているグローバルリテイラーでさえも、一企業の活動だけで解決することが、難しくなっているのです。

サンマやワカメなど従来漁場での水揚げ量が減少している

近年は気候変動の影響を受け、各地で海産物の捕獲量が減っています。これは漁業関係者だけでなく、サプライチェーンにとっても大きな問題です。調達先を変更すれば良いという従来の考え方では、持続可能性を担保することもできません。

そうした前提に立てば、企業の行動指針、事業のバランスの取り方が変わるのは必然です。問題の大きさに気づき、1社では解決できないと考えた時に、SDGsは大きなムーブメントとなっていきます。それを求心力として、参画の輪が広がっていくことが理想です。

当社は20年前に「ボルネオ環境保全活動」を開始したことで、そのことにいち早く気づきました。一方通行ではない“つながり”を重視し、消費者や従業員を含むステークホルダーと共に考え、実行に移してきました。この姿勢によって、SDGsとの向き合い方が明確になったと感じています。

――「ボルネオ環境保全活動」に至った経緯をお聞かせください。

1971年に発売を開始した「ヤシノミ洗剤」(写真は現行のシリーズ)

更家社長 遡ること1960年代。我が国は石油系合成洗剤による河川の汚染が深刻でした。これを重く見た当社は、植物性のヤシ油を用い、生分解性に優れた洗剤「ヤシノミ洗剤」を開発しました。さらに70年代には石油ショックが起き、容器等の原材料が高騰していきました。この時もいち早く、環境負荷の少ない詰め替えパックを日本で初めて商品化しています。

こうした取り組みによって、「サラヤは環境にやさしい企業」と認められ、「ヤシノミ洗剤」の売上も伸びていきました。そのような中、ヤシノミ洗剤の原料の一つとして使用していたアブラヤシを原料とするパーム油の生産地:マレーシア・ボルネオ島で、アブラヤシ農園の拡大により熱帯雨林が減少し、そこに暮らす象やオランウータンが絶滅危機にあるという現実を、あるテレビ番組の取材をきっかけに知ることになったのです。

(左)ボルネオ島は、マレーシアとインドネシア、ブルネイの3つの国に属し、世界で3番目に大きい島
(右)パーム油の原料となるアブラヤシ農園は熱帯雨林を切り開いて広がっていった

これを受け、現地に急ぎ調査員を送り、実態の把握と課題解決の手段を探りました。そうして2004年に、野生生物や森を守りながらパーム油の生産を可能にする「ボルネオ環境保全活動」を、スタートさせました。

(左)泳げないオランウータンのために、森と森の間に橋を作る「命の吊り橋」を創った
(右)保護された象を収容する施設の建設にも参画

2007年からは、「ヤシノミ洗剤」の売上の1%を、マレーシア・サバ州政府と共に設立した環境保全団体「ボルネオ保全トラスト(BCT=Borneo Conservation Trust)」に寄付しています。寄付金で農地となった土地を買い戻し、野生生物の生息域となる「緑の回廊」づくりを進めています。

当社は、「環境に優しいと自負していた商品が、一方では環境を破壊する可能性がある」ことを知り、原料調達においても環境に優しいことを誓いました。またここから、環境課題に取り組む上で、サプライチェーンの視座が不可欠であると学びました。

――「ボルネオ環境保全活動」をどのように伝えていったのでしょうか。

更家社長 現地での活動をヤシノミ洗剤のパッケージやHPなどを通じて発信すると共に、一般消費者を「ボルネオ調査隊」として同行するスタディツアーを実施。そして活動に共感してくれるメディアやインフルエンサーを現地に招き、そこで見たこと、知ったことを広く発信してもらいました。これにより、当社を知らない消費者にも、ボルネオの環境問題に関心を持っていただけるようになったと思います。


――当初から社内の理解も得られたのでしょうか。

更家社長 活動そのものはもちろん、「1%の寄付」を決めたときは、社内から反対の意見も出ました。また、取引先である小売業にも、還元すべき利益を寄付することを理解していただく作業が必要でした。

ただ、ボルネオ保全活動が多くの環境関連の賞を受賞し、マスコミやインフルエンサーに発信していただいたことで、消費者の認知が高まり、取引先の理解を深めることができました。それを実感した社員が、「私たちの活動には大きな意義がある」と前向きに考えるようになり、持続可能な活動となっていきました。

実際に1971年に発売を開始した「ヤシノミ洗剤」の売上は、現在も右肩上がりが続いています。発売当初購入してくださった層は70代となりましたが、その子供や孫まで3世代に渡り購入を続けてもらっています。そのリピーターの多くが、「環境問題に真摯に向き合っている」ことを評価してくれています。

また、今春に発表された日経の「企業イメージ調査20023」では、「地球環境に気を配っている企業」の25位に選出されました。当社の評価が広く知られていることは名誉なことですし、そうした1つ1つの評価が、私達が事業をおこなう上でのモチベーションとなっています。

――サラヤの事例は、SDGsを目指す多くの企業の参考になると思います。

更家社長 SDGsの最大の産物は、17の目標と期限を定め、国や企業あるいは個人各々の取り組みに“座標軸”を与えたことでしょう。また2015年まで推進してきたMDGs(Millenium Development Goals)が途上国の課題解決が目的だったのに対し、SDGsは地球上の全人類が対象となったために、参画する意識も大きく変えました。

その一方、温暖化や気候変動に伴う課題はますます深刻になってきました。さらに、人口増加を背景にした食料や資源の奪い合いが、戦争に発展しかねない状況となっています。SDGsという枠組みは、そうした問題を皆に意識させ、行動変容を起こすきっかけになりましたが、大切なのは2030年のゴールではなく、今の課題を子供や孫の世代に積み残さないことです。


――「ボルネオ環境保全活動」から始まった取り組みが、現在のBLUE OCEAN PROJECTS※につながっているのですね。

大阪・関西万博にお目見えするBLUE OCEAN DOMEのイメージ図

※サラヤのBLUE OCEAN PROJECTS

1)大阪・関西万博パビリオン BLUE OCEAN DOME: 2025年の大阪・関西万博にて非営利活動法人ゼリ・ジャパン(ZERI JAPAN)が出展するパビリオン「ブルーオーシャンドーム」に協賛。「プラスチック海洋汚染防止」「海業の持続的発展」「海の気候変動の理解促進」を世界に発信し、ネットワークの拠点形成を目指す取り組みを支援する。

2)対馬プロジェクト:対馬で海洋プラスチックごみを全量回収し、資源化・エネルギー化のプロセスを確立し、そのエネルギーを活用した産業育成や脱石油、サーキュラーエコノミー化を目指す。

3)モーリタニアプロジェクト:大西洋に面したモーリタニアで、地元の方々と共にZERI JAPANと協働して、ネットを使わないバブルフィッシング、藻の育成によるブルーカーボンの吸収プロジェクトなどビジネスを通じ持続可能な漁業(Blue Fisheries)に取り組む。

4)Blue Coasterの開発・造船:100%再生可能エネルギーで動く、プラスチックやマイクロプラスチックの回収など様々な用途に対応可能な多目的沿岸用ボートの開発を応援。

5)帆船BLUE OCEANみらいへ万博キャンペーン: ZERI JAPANが運航管理する帆船BLUE OCEAN みらいへを活用し、大阪・関西万博の気運醸成や海の豊かさや大切さの普及キャンペーンを支援。

6)水産資源のサプライチェーンイノベーション:最新の冷凍システムを活用し、食品産業の活性化による地域産業との連携と共創に取り組む。高品質な冷凍食品開発と衛生管理のトータルソリューション提案により、安全・安心で高品質な商品と事業支援を実現する。

7)ブルーオーシャン・イニシアチブとの共創アクション:ブルーオーシャン・イニシアチブに参画し、海洋に特化したスタートアップや研究機関など「海」に関わる意思ある企業や団体との共創アクションにチャレンジする。海洋プラスチック汚染対策、持続可能な水産資源の管理と「海業」の創出、ブルーカーボン普及促進など喫緊の海洋課題解決に取り組んでいく。

更家社長 当プロジェクトの出発点は“海”ですが、それだけにとどめるつもりはありません。理念を共にする皆と力を合わせて、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を目指しています。

昨今は各国企業がサーキュラーエコノミーに関する大規模投資を進めていますが、当社のような規模だからこそできる活動があると自負しています。また、今流行っているESGは投資家目線の活動ですが、大切なのは消費者が率先して行動を起こす環境づくりです。来年の万博は消費者に情報を伝える絶好の場だと考えています。皆さんもどうぞBLUE OCEAN DOMEに足を運んでください! 


――Hoitto!は今後もサラヤの活動も応援していきます。本日はありがとうございました。