自然資本に立脚した企業価値を創造する「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が提案されてから、企業活動、バリューチェーン全体での負荷の最小化と製品・サービスを通じた自然への貢献が求められています。
医薬品や健康補助食品の原材料も生命を維持する水や食糧も、生態系の供給サービスの恩恵を受けていることを考えると、医療・ヘルスケア産業の自然資本の依存度は決して低くはありません。
開示が求められる自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)※1 は、金融機関や投資家からの企業の信頼度の指標となると考えられ、今後企業は対応を迫られることになります。
企業活動における自然への依存度や影響、リスク、機会の評価により自社による自然損失を止めることと、生物多様性への貢献により世界全体の自然損失をとめ、回復軌道に乗せることが求められています。
TNFDでは、まずは自然への依存度や影響、リスク、機会を特定・評価することが求められています。
例えば、医薬品の分野における、主な影響を、研究開発・製造・販売・アフターフォローに分解してみると、
研究開発の段階では、
・原材料調達における自然からの搾取
・新規ウイルスの発生や流出のリスク
・研究による廃水・廃棄物発生による汚染
ーーなどの影響があります。
製造の段階では、
・工場建設のための土地の利用
・製造過程における排ガス、廃水・廃棄物の発生
販売の段階では、
・輸送における二酸化炭素の負荷
・輸送に伴う外来種の流出リスク
アフターフォロー
・梱包材、包装などの廃棄物
・医療廃棄物の発生
ーーなどが挙げられます。
これに対して、AR3Tフレームワークを用いて優先度をつけて取り組んでいきます。
AR3Tフレームワークは、目標達成に向けた企業行動を優先順位付けして整理する方法で、
自然への影響の回避(Avoid)>削減(Reduce)>回復・再生(Restore /Regenerate)の順に優先して実施すべきとされています。そして、変革(Transform)として、ネイチャーポジティブ実現のためには企業を超えたシステム全体の変革が必要であるとして、イニシアティブへの参画や生物多様性を高める政策提言やサプライチェーンの構築など、社会システム全体の転換に向けた行動を推進しています。
例えば、医薬品の研究開発においては、
回避として、
・環境に配慮した原材料の調達
・希少種の保護
・水資源の利用を控えた開発や手法の確立
削減として、
・水資源の再利用や
・動物実験の低減
回復・再生として
・種の保全
・希少種の保護
変革として
・関連イニシアティブへの参画
・生物多様性評価の実施
・動物実験の低減や禁止を業界団体において検討する
ーーなどの行動が検討されます。
丁寧に自然への依存度や影響、リスク、機会を特定・評価することは、自社の在り方やこれからの方向性を見つめ直す良い機会になります。
人の健康やウェルビーイングを実現したいと思えばこそ、人というシステムと社会、経済、生態系、地球全体のシステムとの相互関係を踏まえ、全体を健全化することが、中長期的なリスクを回避し、地球と共に発展する企業成長へとつながることになります。
ぜひ、共に考え、業界をあげて、また分野を横断した連携をはかり、実現していきましょう。
※TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは
企業や金融機関が、自然資本や生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示するためのフレームワークを確立することを目的として設立された国際組織。パリ協定やSDGsの内容に沿って、自然を保全・回復する活動に資金の流れを向け、世界経済に回復力をもたらすことを目指している。TCFDが気候変動をメインテーマとしCO2の排出削減を目指して行動しているのに対し、TNFDは生物多様性をテーマとし、より広い範囲を対象としている。
プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)
地域創生医/tenrai株式会社 代表取締役医師
東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学講座共同研究員
日本ヘルスケア協会・プラネタリーヘルス・イニシアティブ(PHI)代表
予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。
(次回「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は10月初旬に掲載予定です)
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