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フードダイバーシティの重要性と未来に持続可能な食文化〜地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス 第30回

地域創生医 桐村里紗のプラネタリーヘルス 第30回/フードダイバーシティの重要性と未来に持続可能な食文化

近年、世界のあらゆる地域で「食の画一化」が進んでいます。

朝食はパンとコーヒー、昼はパスタ、夜はビーフカレー──。私たち日本人の食卓も、気づけば輸入食材に頼ったグローバルなメニューが日常となり、地域固有の伝統的な食文化は急速に失われつつあります。

この「食の均一化」は、私たちの健康だけでなく、地球環境そのものに深刻な影響を及ぼしています。

現在、私たちが摂取するカロリーの75%以上が、わずか12種類の作物と5種類の家畜に依存しています。これは、生物多様性の観点から見ても極めて異常な状態です。かつて世界中には、それぞれの風土や文化に根ざした食材が存在し、それが人々の健康を支えてきました。

しかし、近代農業の進展、特に1960年代以降の「緑の革命」によって、収量を重視した画一的な品種改良が行われた結果、遺伝的多様性は劇的に失われました。たとえば、日本では1880年に約4000品種あったイネが、2000年には160品種にまで減少しています。

このような遺伝子の画一化は、病気や気候変動に対する脆弱性を高め、農業生産全体のリスクを増大させます。

さらに、私たちの食事は「加工」の過程でも多様性を失っています。ハイパープロセスフード(高度加工食品)は、原材料の栄養素や植物が本来持っている生理活性物質を削ぎ落としてしまい、腸内環境を悪化させる一因ともなっています。食材本来のもつ力を取り入れにくくなっている現代の食事は、糖尿病や高血圧などの生活習慣病の増加と無関係ではありません。

このような状況だからこそ、私たちが見直すべきものがあります。それが和食です。


和食は、四季折々の食材を使い、地域の風土に根ざした多様性に富んだ食文化です。主食である米だけでなく、味噌や醤油、発酵食品、海藻、魚、山菜──これらはすべて、その土地の自然と人々の知恵の融合から生まれたものです。

特に発酵食品は、腸内細菌叢(マイクロバイオータ)を健全に保つ上で重要な役割を果たし、近年では「腸内フローラと全身の健康」との関係も多数報告されています。

また、伝統的な和食には動物性タンパク質の摂取が控えめで、植物性食品が多く使われるという特徴もあり、プラネタリーヘルスダイエット(人と地球の両方にやさしい食事法)の理念とも深く重なっています。

世界の食の課題を解決するために、2019 年に世界的な食のコミッションEAT-Lancet委員会が、人間の健康と地球環境の持続可能性を両立させる世界基準の食事法「プラネタリーヘルスダイエット(PHD)」を提唱しました。

これは、プラネタリーヘルスを実現するための毎日の食事バランスの世界標準だったのですが、各国の多様な食文化や食へのアクセスなどの事情を踏まえると実現可能性に無理があることが指摘されていました。

現在は、17カ国から24名の委員で構成されたEAT-Lancet2.0によって、より地域の多様な食生活に対応し、広く世界中の人がそれぞれの国や文化圏で実践できる方法にアップデートが進んでいます。

今年発表予定となっていますので、楽しみに待っているところです。

私たち日本人は、独自の発酵食や多様な食材を使う和食の伝統に則りながら、未来に持続可能な食文化を築いていきましょう。

プロフィール
桐村 里紗 (Lisa Kirimura M.D.)

地域創生医/tenrai株式会社 代表取締役医師
東京大学大学院工学系研究科道徳感情数理工学講座共同研究員
日本ヘルスケア協会・プラネタリーヘルス・イニシアティブ(PHI)代表

予防医療から在宅終末期医療まで総合的に臨床経験を積み、現在は鳥取県江府町を拠点に、産官学民連携でプラネタリーヘルス地域モデル(鳥取江府モデル)構築を行う。地球環境と腸内環境を微生物で健康にするプラネタリーヘルスの理論と実践の書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。

(次回「地域創生医 桐村里紗の プラネタリーヘルス」は5月中旬に掲載予定です)