モノづくりに必須の要素とは何だろう。いくら高度な技術や開発力があっても、生活者に「必要だ」「役に立つ」と感じてもらえなければ、その商品が市場に根付くことは難しい。そして、「必要だ」と感じていただくには、個々の生活者、さらには社会が抱える課題を正面から捉え、そこに寄り添うことが大切である。このほど、アサヒグループ食品の川原浩社長に、同社のモノづくりへの想いを語ってもらった。食を通じて「社会課題の解決」に取り組む姿勢は今、国内のみならず海外でも実を結ぼうとしている。(取材と文=八島 充)
――アサヒグループにおける、アサヒグループ食品の位置付けは?
川原社長 アサヒグループは、アルコール事業を中核として、「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」と言うミッションのもとに、135年の長きに渡り、「前向きで明るい社会の創造」に貢献してきました。
アルコールには、「リラックス」や「心の解放」あるいは「円滑なコミュニケーション」というポジティブな側面がある一方、近年は一部の不適切飲酒からくるネガティブな声も聞かれるようになっています。真に「前向きで明るい社会の創造」を実現するには、こうしたネガティブな声を払拭する必要があり、その鍵が、「社会課題の解決」だと考えています。
アサヒグループ食品は現在、食の提供を通じて「社会課題の解決」に積極的に取り組んでいます。食は生命の源。身体を形成する上で不可欠な要素です。そこに携わる私達は、「売れる」商品をつくる以上に、必要とされ、望まれるモノをつくる使命があります。
望まれるモノをきちんと提供できれば、その商品は必然的に売れ、結果的に事業も成長します。お客様や社会の信頼を勝ち取り、グループをさらなる高みに導いていくためにも、与えられた使命をブレずに全うしていく所存です。
――「社会課題の解決」を強く発信するに至った背景は。
川原社長 専務取締役として入社した2020年(社長就任は2021年3月)は、新型コロナウイルスが猛威を振るい、社会環境も大きく変化していました。当社も、コロナ禍の人手不足、さらに天候不順や円安による原材料の高騰などを受けて、商品政策の転換すなわち、価格改定を迫られました。
平時の価格改定であれば、新たな価値を付加して実施しますが、今回はそれが間に合いませんでした。こうした現実と直面した時、「当社が提供している商品の価値とは何なのか」という問いを突きつけられました。私達が何故存在しているのか、何故必要とされているのかを、見失ってはいけないと、強く感じたのです。
確かにこの3-4年は大きな変化に翻弄させられましたが、一方では当社の存在意義を再確認し、そのベクトルを社員と共有する貴重な期間となりました。現在はその意義をお客様に発信し、当社と当社ブランドのファンを増やすための活動に、全力で取り組んでいます。
――社内向けの「生理痛疑似体験会」や、一般の方を集めて開催した「介護相談会」、「骨密度測定会」なども、その一環ですね。(下線文字クリックで関連記事に飛びます)
川原社長 「生理痛疑似体験会」は私も実際に体験しましたが、女性があのような苦痛を日々感じていると知ってショックを受けました。この気づきを社員皆と共有したことも大きな財産となりました。かつて男性は女性の生理に背を向けがちでしたが、令和の時代にそれは通じません。当社としても、この課題に真正面から取り組むべきだと、改めて思いました。
――「介護相談会」では、参加した方が御社の商品だけでなく、御社の取り組み姿勢そのものに好感を持っていたようです。
川原社長 そう感じていただけたのであれば嬉しいです!私達メーカーの商品は、店頭で手に取ってもらって初めてメッセージを伝えることができますが、その手前、あるいはその隣で、やれることはまだまだあります。体験型のイベントや当社のWEBサイトを通じて、モノづくりに込めたメッセージをもっと伝えたいですし、その情報をHoitto!さんにも発信していただきたいと思います。
――今年3月に発売された「ララフェム」※も、情報発信が必要な商品ですね。
川原社長 「ララフェム」は大豆イソフラボンとアサヒオリジナルの乳酸菌CP2305を配合した「40代からの女性のゆらぎ」をコンセプトとした商品です。いわゆる「フェムケア」カテゴリーですが、この領域はまだ商品数が少なく、店頭の棚の中で十分な表現ができていません。
ただ、この領域で悩まれているお客様は確実にいるので、各メーカーが研鑽して開発を進め、商品数を増やし、流通と緊密に連携して売場をつくっていけば、市場の芽は必ず出るはずです。当社の「ララフェム」は、その先鞭をつける商品として位置付けています。
※「ララフェム」は第24回JAPANドラッグストアショー(8月30日〜9月1日、東京ビッグサイト)の同社小間に展示されるほか、会場で催されるイベント「食と健康アワード」のノミネート商品となっている(関連記事@Hoitto!:https://hoitto-hc.com/14565/)
――ベトナムでベビーフードの啓発活動に取り組んでいると聞きました。その経緯をお聞かせいただけますか?
川原社長 日本のベビーフードは、5ヶ月、7ヶ月、9ヶ月、12ヶ月、1歳4ヶ月というように、成長の度合いで具材の大きさや硬さ、栄養価、味が異なります。これは厚労省が定めた離乳食のガイドライン(「授乳・離乳の支援ガイド」)に準じたもので、口、舌、顎、歯茎等の成長と味覚の発達、さらには食べる喜びを獲得するための、大切なステップとなっています。
ただ、私達には当たり前でも、ここまできめ細かく設計されたベビーフードは他国にありません。母子手帳、ワクチン接種、そして離乳食のガイドライン等々、我が国の育児に関する制度や環境は、実は世界の中でも先進的なのです。
他方、近年のベトナムは経済発展とともに人口が右肩上がりで増え、総人口は2023年に1億人を超えています。直近の年間出生者は100万人にのぼりますが、母親や他の養育者の離乳食に関する知識が不足しており、農村部での低栄養や都市部での肥満など、様々な栄養・発育に関する問題が生じています。
これを重く受け止めたベトナム当局から、「日本の育児制度の仕組みを学び、取り入れたい」との申し出があり、当社がこれを支援することになりました。
その一環で、昨年7月に独立行政法人国際協力機構(JICA)の協力を得て、現地で母子保健に関する調査を開始し、その結果を踏まえて、同年9月にハノイで合同シンポジウムを開催しました。さらに今年4月から7月にかけて、ハノイとホーチミンで、当社製品のテスト販売もおこなってきました。
当面の目標は、ベトナム版の離乳食ガイドラインの作成を支援することで、ガイドラインに沿った商品開発にも協力していきます。ガイドラインに基づき製造できる拠点は同国にないため当社からの供給が先行しますが、将来的には現地メーカーにもプレーヤーとして参画いただき、共に同国の栄養問題を解決していきたいと考えています。
――成功すれば御社の海外展開にも弾みがつきますね。
川原社長 実は以前、ベトナムにベビーフードを輸出していましたが、6年前に撤退した経緯があります。店頭に並べてあるだけで、「7ヶ月からこれを食べさせて」と書いてあっても、その基準が理解されず、受け入れてもらえませんでした。こと食品は国ごとに文化が異なり、自国の価値を一方的に押し付けてもビジネスに結びつかないという反省を得ました。
このことを踏まえ今回は、その国の課題を真摯に学び、理解し、解決する仕組みとともに提案をおこないました。それが当局を動かし、同国の保健機関を巻き込んだ国家的プロジェクトへと発展していったという訳です。
「社会課題の解決」とは、自身の正義を大上段に構えるものではなく、もちろん「売らんかな」を前面に出すものでもありません。各々が抱える課題を正面から捉え、そこに寄り添い、望まれるものを提供することが何より大事です。引き続きそうした活動を展開してまいりますので、当社の今後にどうぞご期待ください。
――ありがとうございました。