去る3月17日、公益財団法人日本ヘルスケア協会主催による、第4回日本ヘルスケア学会年次大会にて、『ヒューマンヘルスからプラネタリーヘルスへ』と題した基調講演に登壇させて頂きました。
当然ながら、医療・ヘルスケア業界は、ヒューマンヘルスやヒューマンウェルビーイングの実現を目標としています。人生100年時代と言われて久しいですが、このままの経済活動を続けた状態で、今生まれた子供たちが100歳まで生きた時、世界はどうなっているでしょうか?
私たちの体を構成するのは、水と食べ物です。
良い水と質の良い食べ物は心身の健康を維持するためにとって非常に重要です。
しかし、私たちの食糧を得るための農業や畜産、また輸出入に伴う運搬や製造、フードチェーンにおいては、水資源や化石燃料、肥料、プラスチックや紙の消費など多くのコストがかかります。
そうした人の経済活動の増加と、海や陸、森の生態系や環境への負荷の増加は、見事に相関しています。こうした生態系への負荷は、気候変動や土壌の劣化による栄養価の低下など直接的、間接的に人をも脅かします。
例えば、ハイパフォーマンスを得るためにプロテインの摂取が人気です。
特に、ミルク由来のホエイプロテインはアミノ酸バランスも吸収率もよく、トレーニングの筋肉修復に愛用されます。
しかし、人の健康と共に地球の健康を考えるプラネタリーヘルス的と言えるのでしょうか。
ホエイプロテインの原料となるミルク。
有機畜産が盛んではない日本では、多くは慣行畜産と言われる方法で育てられています。
本来食べる牧草や藁などの繊維質が豊富なエサの代わりに濃厚飼料と呼ばれるとうもろこしや穀物や大豆を中心にタンパク質や炭水化物、脂肪分が多く繊維質が少ないエサを与えられ、ほとんど運動をせずに不健康に育てられます。本来食べるはずのない濃厚飼料を与えることで牛の腸内環境は乱れ、炎症を起こします。ミルクには炎症を誘発するオメガ6系脂肪酸を多く含むようになり、アレルギーの原因にもなります。
国産牛のほとんどは、外国から輸入した飼料を食べます。とうもろこしや大豆は、多くがアメリカや南米などからの輸入です。
今、世界の穀物の生産の3分の2は、人の食べ物ではなく、人が食べる肉や乳製品となる家畜の飼料です。増え続ける人類の重要なタンパク源としての家畜を育てるために、多くの土地が大量生産用の工業型農業のために切り拓かれ、大量の農薬や化学肥料を使った単一栽培のために使われ、土地は痩せ、生態系は崩れ、水が汚染されています。
ブラジルのアマゾンも農地転用されることにより、豊かな生態系が失われ続けています。
人の健康、それも栄養素という部分だけに注目して、関連する全体を見ないと、結局は健康に良いつもりのものが健康にも環境にもネガティブな影響を与えることになります。
ミルクがNGと言いたいわけではありません。
有機的な管理放牧など、持続可能な放牧方法はあります。
牧草を食べながら健康的に運動しながら育つ牛は腸内環境も良く、炎症を抑えるオメガ3系脂肪酸や代謝を高める共役リノール酸の含有量が多くなり、健康にも寄与します。
工夫次第で可能な方法はあるのですが、まずは消費者も生産者も小売業者も、フードチェーンに関わる全ての人が、自分の健康やヒューマンヘルスという部分ではなく、関わる全ての要素を最適化するプラネタリーヘルスという考えを持つこと。
その上で、業界全体で、価格面など現実的な様々なハードルを越えるための努力を前向きに進めていくことが必要です。
簡単に実現できることではありませんが、未来に人と地球が持続可能な世界を存続させていくためには、ここでドラスティックな対策が求められています。