キリンホールディングスが12月7日(水)に都内で「Kirin R&D Day 2025」を開催した。キリングループにおけるR&D(Research and Development)は、食領域(酒類・飲料)、ヘルスサイエンス領域、医領域における研究開発活動を指す。説明会にはキリンHDより、南方健志代表取締役COOや、R&D戦略担当の藤原大介常務執行役員が登壇し、各領域の研究に携わるキリンの〝スター研究員〟がプレゼンテーションを行った。また後半には、キリンHD、ファンケル、東海大学教授による「抗老化」をテーマにした鼎談が行われ、「Kirin R&D」はキリングループの研究の粋を集めたイベントとなった。【レポート=中西陽治】
キリンHDのイノベーションの源泉となるR&Dをテーマとする「Kirin R&D DAY」が5年ぶりに開催された。この5年の間、キリングループにはファンケル、ブラックモアズが新たに加わり、さらに当時立ち上げ間もなかったヘルスサイエンス事業が加速化したこともあり、多くの投資家、メディアが集った。
オープニングに立った代表取締役社長COOの南方健志氏は、今年のノーベル科学賞で日本から受賞者2名が選出されたことに触れ、改めて基礎研究の重要性を強調した。

「キリングループはサイエンスを基軸とした価値を創造するグループとして、具体的な研究開発の取り組みをご紹介する」と南方社長はR&D DAYの目的を示し、「この5年間で酒類・飲料、ヘルスサイエンス、医薬の各事業の基盤を整えることができた」と振り返った。
その結果、事業利益推移では2023年(事業利益:2015億円)、2024年(2110億円)と過去最高益を更新し、成果が業績向上に貢献したことを明らかにした。
南方社長は「これは、R&Bを軸としたイノベーションの積み重ねがあったことは間違いない」とし「われわれの強みは、約120年前にスタートしたビール事業から脈々と続き、繋がれてきた発酵・バイオテクノロジーにある。これが酒類・飲料、ヘルスサイエンス、医薬の3事業で応用され、かつ創造が行われている。これは決して飛び地への事業拡大ではなく、発酵・バイオテクノロジーを軸にした技術・知識の活用ができる事業への参入だ」と強調した。その上で「これら3事業を通じてグローバルレベルでイノベーションを続け、社会課題の解決を追い求めていく」と力強く宣言した。
各事業領域でのR&Dの成果事例では、キリンの持つ醸造知見により糖質オフ技術や脱アルコール技術を融合させた「キリン 一番搾り 糖質0」(酒類・飲料)、骨の異常につながる低リン決勝に関わる因子(FGF23の機能)を約20年前に研究員が発見し、完全ヒト抗体技術を用いた低リン血症性くる病・骨軟化症の治療薬「CRYSViTA」(医薬)、免疫の重要性を啓発する日本発の免疫関連機能性表示食品「プラズマ乳酸菌」(ヘルスサイエンス)などが紹介された。

南方社長は「これら各事業の成長をしっかりとドライブしていくとともに、各事業の境界や重なり合う部分でも、生活者の課題解決にも貢献していく。それを可能とするのが、キリングループの発酵・バイオテクノロジーと、高い品質保証・生産技術・エンジニアリング力からなるグループ共通のプラットフォームにある」と示した。
その言葉通り各事業をまたぐ形で人財や知財の活用が進めてられおり、共創イノベーションが加速しているという。例えば医薬とヘルスサイエンスの境界では、協発酵バイオの技術を用いたイノベーションを、またはファンケルの化粧品技術を応用した患者のビューティーケアというカテゴリーの創出が可能となった。
研究開発投資と〝スター研究員〟の育成を進める

南方社長は「このクオリティを上げていくべく、R&Dに投資を行い継続した戦略につなげていく。酒類・飲料、ヘルスサイエンス事業においては国内の競合他社やグローバルヘルスカンパニーと比較して決して優位な投資ではないが、今後は研究開発投資をしっかり行い、新たな工程の創出やAI導入といった設備投資、優れた〝スター研究員〟の育成を実行していく。これが事業成長につながり、得られたキャッシュが組織能力開発に回り、成長の好循環を生む」とR&Dへの投資が導く持続的成長について語った。
続いて、常務執行役員で今年よりR&D戦略担当を務める藤原大介氏による「キリングループのR&Dの過去・現在・未来」についてのプレゼンテーションが行われた。
藤原常務は1995年にキリンビールに入社後、2005年に基盤技術研究所(現・キリン中央研究所)に入所し、以来20年にわたり研究開発に携わってきたキリンの〝スター研究員〟だ。

藤原常務は1992年に立ち上がった基盤技術研究所での研究を振り返り、「今後、ビールの需要が先細りしていくことを当時の経営者が明確に見抜いており、新たな事業の柱を探索する目的で設立された研究所だった。ここの運営方式が非常に珍しく〝テーマなし・期限なし・マネジメントほぼなし〟だった。ただ一つわれわれに課されたのが〝トップのアカデミアと対等に戦えるだけのレベルを担保すべし〟だった」と述懐する。
その中で藤原常務は自らの成果として、アレルギーに対応する「KW乳酸菌」、抗ウイルス活性の高い「プラズマ乳酸菌」、抗炎症に対応する白麹菌(Aspergillus kawachii)」に含まれるステロール類「14-DHE」を照会した。
「これら3つの物質は非常にシンプルな構成となっており、キリンビールの事業から受け継がれてきた『微生物学』の技術と、医薬事業が約40年積み上げてきた『免疫学』の技術を組み合わせて生まれたものだ」と藤原常務は説明する。
「消費者の感性を知る研究者こそが世界を切り開く」
そして先代経営者で東大農学部卒の研究者でもあった荒蒔康一郎氏(元・キリンHD代表取締役会長)の言葉『サイエンスの一番基本になる原理原則から根差して出てきたようなものというのは、そう簡単には崩れない。生命現象のベーシックからどう根差しているか、常に考えておかないといけない』を紹介し、「淘汰されないプロダクトを創るためには規範に基づいていることが一番である。まずそのロジックが強いものか、信頼足り得るものか、ということを意識していかなければならない」と藤原常務は語った。
「企業のR&Dはアカデミアのそれとは明確に違い、科学の先見性でしか見えない未来の世界がある。最先端の技術がおそらく世界を切り開く最初の砦となる。それを知っている研究者は未来を見透かしていくことができる。その中から、真に人の生活に役立つものを生活者の視点でつかみ取り、プロトタイプとして具体化させていく。そして企業として事業を通じて世に広く届け、価値を問う。そのために研究者に必要なものは、『イマジネーション』『センス・消費者の感性』『最後までやり切る力』の3つだと考えている」と企業研究者としての矜持と覚悟を語った。
「R&D DAY」の目的はキリングループの研究者が、研究開発の現状と未来を示し「われわれが何であったかのかを振り返り、現在の立ち位置を確認し、これからの可能性を提示する」ことにある。
キリングループの未来を示す土台となる研究内容について、研究員自らのプレゼンテーションが実施された。
各プレゼンテーション
①協和キリンの堀田晋也氏による「KHK4951(Tivozanibのナノクリスタル点眼剤)
②キリンHDヘルスサイエンス研究所の野木村大氏による「創薬DX基盤を活用したAI機能性シミュレーション」
③キリンHDヘルスサイエンス研究所の平本絵美莉氏による「LC-Plasmaのグローバル展開に向けた研究開発」
④キリンHDヘルスサイエンス研究所の加藤悠希子氏による「免疫の見える化と免疫ケア啓発への取り組み」
⑤キリンHD飲料未来研究所の藤原優人による「キリン独自の嗜好AI“FJWLA”の開発とビール香味開発の高度化」





プレゼンテーションを終え、藤原常務は「キリングループは日本のみならずグローバルな会社として社会課題に技術力で立ち向かう企業。グローバルな課題は生物資源確保、感染症リスク、高齢化社会、アンメット・メディカル・ニーズと多岐にわたる」と語り、国内のキリンHD、協和キリン、ファンケルの研究開発拠点、オーストラリアのブラックモアズといった現地ニーズおよびローカライズを目的とした海外拠点を整備していく姿勢を示した。
そして「場所や設備も重要だが、結局のところ最後は『研究者個人』の資質にある。キリングループには誇れる研究者を多く有しており、今後も業界をリードする〝スター研究員〟を育成していく」と表明した。
投資については、2035年までに食・ヘルスサイエンス領域における研究開発費を1.5倍に強化。R&D投資も強化し、第1弾として2026年より山口県の微生物科学技術研究所に35億円を投資する。

これら研究開発およびそれに資する投資がスピーディーに行われている理由について藤原常務は「キリングループは石橋をたたく慎重な企業と思われていた。その仕組みを柔軟に解釈し、速度最優先で発想を転換している。また研究についても従前はグループ自前でやろうとする風土だったが、オープンイノベーションを早期に着手し、ステークホルダーとの共同研究を進めていくことに方針を定めた」と説明する。
藤原常務は「われわれは発酵バイオテクノロジーのグローバルイノベーションの中心となる。理念を大切にしながら、研究開発における機能と発想が最大限発揮できるような、自由闊達でわくわくする場であるべきだ。何かの商品をパブリックにするという目的に終始するのではなく、社会を変えるという手段を通じて商品とサービスを生み出していく。そしてその源泉となるグローバルで競争力に貢献できる人財を育成し、世界に向けた貢献を果たしていく」と掲げた。
「R&D DAY」後半では「抗老化研究と社会実装について」をテーマに特別鼎談が実施された。

鼎談にはキリンHDヘルスサイエンス研究所の研究開発ユニット長の平田潤氏、ファンケル総合研究所所長の寺本祐之氏、東海大学医学部教授の西﨑泰弘氏が登壇。
西﨑氏は「以前は〝抗老化〟は怪しげな印象を持たれていたが、変わりつつある。例えば今では10歳若返らせたら賞金1億ドルというコンペが開かれている(Xプライズ財団 コンペティション)」と抗老化研究の活況ぶりを紹介し、「老化というものは誰にでも訪れる自然現象だが、ある程度対応が可能だということがサイエンスで解き明かされている」という。

ファンケルの老化細胞除去作用素材「キンミズヒキ」
それを受けて寺本氏はファンケルにおける抗老化研究を示し、14種の老化のホールマークのうちの一つ「細胞老化(老化細胞)」に対する「キンミズヒキ」の老化細胞除去作用について説明した。

寺本氏は「キンミズヒキはバラ科の植物で、古くから民間薬として用いられてきました。2015年に脳機能素材として、約4000種類の素材から選定した中で、2020年に老化細胞除去作用が見つかった。さまざまな試験を重ねる中で、エビデンスが積み上がっており、このような素材に巡り合えたことは幸福な発見の一つ」と語る。
寺本氏はトクホ制度に関する検討会(消費者庁)委員などを担当した経験から「キンミズヒキは江戸時代に和え物など食用としてもちいられていたこともあり、食経験が豊富で、安全性が高いうえにプラスアルファの効果が見いだせたことは極めて重要だ。これが具体的に普及する価値があるものとして捉えられていることは抗老化研究にとって僥倖と言える」と喜びを表現した。

功労化研究でのハードルについて寺本氏は「健康な人の老化細胞を測る技術が世の中に定着していなかったため、この“測る技術”の開発から始めなければならなかった」と振り返る。
病気ならば手術や治療の段階で組織を取り出すことができるが、健康な人からは血液レベルに留まる。その血液から老化細胞の測定が可能かを検証し、5年単位ごとに老化細胞の変化を測る技術の開発からスタートしたという。その技術から、年代ごとに老化細胞が増加していく傾向が確認され、やっとその細胞に対する効果を研究することができた。
平田氏はその道程を見て「この評価方法の確立は、研究の基本だと改めて思った。全ての基準、いわば研究基盤とも言うべきものだ」と研究者として共感を示した。
日本の麹から生まれた「14-DHE」の抗炎症作用研究
平田氏はキリンHDの抗老化研究の一例として日本食特有の素材である「麹」の研究について述べた。

「日本は世界一の健康長寿国であり、その秘訣が日本食を中心に息づいていると感じる。その一つである麹は、疫学調査による肌水分量や肌のキメが改善されるなどの報告が出ており、日常生活においても発酵性素材を用いたスキンケア商品といった情報の浸透が進んでいる」と平田氏は背景を紹介。
その上でキリンHDは麹に含まれる「14-DHE」に抗炎症作用があることを確認。さらにヒト試験では肌の皮膚水分量の維持・向上、メラニン量の減少、肌の調子が良くなる体感向上も確認されている。
また、ファンケルとのグループ横断の研究では、「14-DHE」により、肌のエイジングサインである黄色いクスミやハリが改善されたことわかった。

〝アンチエイジング〟に〝ストップエイジング〟の観点を
西﨑氏は「ファンケルがキンミズヒキで『老化細胞』をターゲットにしたキンミズヒキ、キリンHDが『抗炎症』をターゲットにした14-DHEと、異なるアプローチで抗老化を研究している。これにより守備範囲を広くカバーできることは素晴らしいこと」と評価した。
抗老化研究に対する考え方として、西﨑氏は「例えば“若返り”つまり、若いころに近づけるイメージは素晴らしいことだが、現状の状態を維持する、あるいは食い止める状態をつくることも非常に重要。その意味では、抗老化研究はアンチエイジングに対し『ストップエイジング』という考え方を取り入れるべきだろう」と提言する。

寺本氏も「抗老化が一般の方々にも期待される理由は、『老化細胞』という原因があり、その言葉が響いたのではないか。老化に対し、夢のまた夢と思われていた“改善”がサイエンスベースで語られるようになり、一般の方々も現実味をもって自分事として捉えられるようになったのだろう」と分析する。
これまで無理だと思われていた「抗老化」が研究の力で現実味を帯びてきた。ただ重要なのは「なんとなく若返る」というイメージではなく、「本当に若返りを実現できるかを、科学の力で正しく証明できるのか」――そのためにはサイエンスを確実に積み重ねながら原理原則をしっかりと押さえていくことが重要だ――3人の研究者はR&Dに根差す思いを共有し、鼎談を終えた。
