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新連載「イノベーションのジレンマ」から読み解く ドラッグストア・薬局の成長・破滅論①

「イノベーションのジレンマ」から読み解く
ドラッグストア・薬局の成長・破滅論①
ヘルスケアワークスデザイン共同代表 佐藤健太


このままの商売のあり方で正しいのだろうか?
今こそ「イノベーションのジレンマ」から学ぶべき


クリステンセンの考え方から展望する
ドラッグストア・薬局業界のこれから


今回、新たに連載を開始することにした。タイトルは「『イノベーションのジレンマ』から読み解くドラッグストア・薬局の成長・破滅論」という大それたものになるが、このタイトルを目にして、ハッとする読者も多いのではないだろうか。アメリカの経営学者であり、コンサルタントであり、ハーバード・ビジネススクールの教授も務めたクレイトン・クリステンセンによる名著「イノベーションのジレンマ」をタイトルに含めたからだ(ぜひ読者皆様には、手に取って読んでもらいたい1冊でもある)。

この「イノベーションのジレンマ」で挙げられた事例や動向を、ヘルスケアリテールの市場を2大チャネルのドラッグストアと薬局、または周辺の業界に当てはめ、ハッピーエンドとバッドエンドのそれぞれで展望し、より良い判断へのヒントとして活かしてもらいたいというのが、この連載のコンセプトである。

ドラッグストアも薬局も、突き付けられている現実は厳しい。それに対して、売り場改善や制度への早急な対応など、小さな軌道修正は見られるものの、それが成長に大きく寄与しているかと問われれば、そうでもない。あくまでも、企業が企業として持続していくための規模にとどまっている程度だ。何の説明もなく申し訳ないが、「イノベーションのジレンマ」では、これを「持続的技術」と呼び、そこから生まれるものが「持続的イノベーション」と呼んでいる。

「持続的技術」によって「持続的イノベーション」を発生させた企業が、こちらも本連載のキーワードである「破壊的技術」によって「破壊的イノベーション」を生み出した企業と遭逢すると、まずは「そんな事業は商売にならない」と否定・放置し、いざ「破壊的イノベーション」からの攻撃を受けると、殻に閉じこもった貝のように動けなくなり、衰退・破滅していく。さまざまな市場で、さまざまなパターンでこうした事例が多発しており、今後事例を紹介していくが、ドラッグストア・薬局業界も、歴史を振り返ると、実はその流れの上にあることが理解できる。

ウエルシアホールディングスの池野隆光会長が、かつて取材で「小売業の墓場は、かつてのナンバー1の看板で埋め尽くされている。当社はそうならないよう、小さなことから大きなことまで日々努力を惜しまない姿勢が重要」と話したように、リテール業界は、今も昔も、常に激戦と向き合ってきたのだ。

さらに、日本においては人口減少社会や労働力不足、あるいは超高齢社会の到来による社会保障費の肥大化など、日々リアルさを増している社会課題がある。それに伴ってGDPが下落していくのは自明の理。社会環境の変化に取り残されたまま、果たして、既存の商売を継続することができるのだろうか。ドラッグストアも薬局も、この課題を乗り越えなければ経営を持続させることが難しいのは間違いない。

さて、ドラッグストアと薬局の動きに目を向けてみよう。

ドラッグストアは2000年、わずか2.6兆円の市場規模だった。2022年に8.7兆円へと拡大し、さらには2025年に10兆円を超える規模になると予測されている。25年間で約4倍のマーケットサイズに急成長を遂げた。狭小商圏に対応すべく出店を強化し、主力のHBCに加え、加工食品や生鮮食品などを他業態からラインロビングし、ワンストップショッピングの場として支持を拡大してきた。マンスリーユースからウィークリーに来店頻度を高め、それをデイリーにしようとフード&ドラッグの可能性を追い求めるのがトレンドとなっている。これがコロナ禍における買い物ニーズに的中、さらには調剤併設・インバウンド対応を推し進め、上場している大手ドラッグストア企業を中心に基本的に業績は好調だ。



薬局は医薬分業の名のもとで、「これでもか!」というほど門前薬局を出店し、2020年に6万軒を超えてきた。なんと、コンビニよりも店舗数が上回っている状況だ。企業の売上高における成長はひと段落しているが、2000年代の“処方箋バブル”で企業規模が爆発的に拡大し、M&Aの後押しもあり続々と大手企業が誕生した。現在は、調剤併設をするドラッグストアに市場を脅かされていることに加え、処方箋市場は2015年まで右肩上がりで7.8兆円まで到達したが、それ以降は微増微減を繰り返している状況にある。大手企業は、この横ばい傾向を乗り越えることは比較的容易だと考えられるが、上位10社の売上シェア率が13.9%と寡占化が進んでいない業界だけに、昨今の大手と小規模の格差がより問題視されていくだろう。さらには調剤報酬改定・薬価改定による経営の不安定さや収益減少、そして限られた投資金額の中でオンライン服薬指導などへの対応など、小規模薬局の経営者は頭を悩ませていることが多い。



ざっとこんな感じだ。数字だけ見れば、ドラッグストアは絶好調で、調剤薬局もそんなに悪くはない。優れた経営者による優れた経営、そしてそれを具現化する優れた人財・現場力によって、市場拡大を達成してきた。一時、コンビニやスーパーでのOTC医薬品の販売が話題となったが、結局大きな広がりを見せず、ドラッグストアと薬局以外の企業にヘルスケアリテール市場への参入を許してこなかった。

しかし、こうした状況であるからこそ、気を抜くべきではない。薬局は、すでに「破壊的イノベーション」との戦いの火蓋が落とされているし、ドラッグストアも対峙すべきその一角が姿を現しつつあるからだ。クリステンセンの言葉を借りると「優れた経営こそが、業界のリーダーの座を失った最大の理由」。「ドラッグストアが小売業で唯一の勝ち組」と注目されている今こそ、「イノベーションのジレンマ」から学ぶべきタイミングであると筆者は考える。

「イノベーションのジレンマ」を通じてクリステンセンが伝えたかったことを端的に表現すると、「その時点で最高だとされる経営者や市場の勝利者は、『破壊的イノベーション』と直面すると、見下し、かなりの高い確率で衰退・弱体化する」「これを回避するには、新たな『破壊的イノベーション』の創出が不可欠であるが、経営者は狭い視野角になりがちである」「新たな領域にチャレンジするときは、ものさしを捨てること」。この3点である。

これから執筆する記事は、筆者である私が、ドラッグストア・薬局マニアでありながら、一人の読書家であり、「イノベーションのジレンマ」を数え切れないほど読み返したクリステンセンのフォロワーであるという大前提のもとで書かれる。若干捉え方に偏りがあることはご了解いただきつつも、クリステンセンの考え方から学べる部分が多いのは間違いない。読者それぞれに新たな視点への気づきとなれば幸いだ。


持続的イノベーション、破壊的イノベーションとは?
iPhoneが駆逐した市場と、絶対的一流企業の慢心


前項で「持続的イノベーション」「破壊的イノベーション」という語句が出てきたが、これを説明したい。

「持続的イノベーション」とは、世の中に存在する大半のイノベーションであり、製品やサービスの質を高める持続的技術から発生したイノベーションだ。例を挙げるならば、ここ数年のスマートフォンである。

iPhone15シリーズ

Appleが2007年にiPhoneを市場投入して以降、OSの違いはあるもののさまざまなメーカーがさまざまなスマートフォンを毎年のように刷新しているが、あくまでもそれは「電話+カメラ+インターネット+音楽」というスマートフォンの基本的なアーキテクチャに対し、OSの使用感やカメラ性能、通話機能、SoC性能などを向上させ、既存ユーザーの満足度を高めてきた。この技術こそが持続的技術であり、そこから発生した革新が「持続的イノベーション」である。5年前のスマートフォンと今年最新のiPhone15シリーズは、出来ることは基本的に変わりないが、iPhone15シリーズの方が得られるユーザーエクスペリエンスは遥かに優れている。それに投入されたイノベーションが「持続的イノベーション」だ。

LED電球も、同様に「持続的イノベーション」によって誕生した製品だ。かつては白熱電球が主流の市場で、選択肢は数多くの白熱電球と少しの電球型蛍光灯くらいしかなかった。白熱電球はフィラメントを発熱させることで、発光させているが、それには多くの電力を必要とし、さらに電球自体への負担が大きかったため、寿命は1000〜2000時間とされていた。しかし、技術の進化によって発光ダイオードと呼ばれる半導体が電気を流すことによって発光するLED電球が登場した。これによって白熱電球の20〜40倍である40000時間まで寿命が延伸した。購入コストは高いものの、買い換える頻度が劇的に減り、同時にランニングコストの抑制にも寄与し、今では多くの家電量販店などに導入され、スピーディに家庭へと普及していった。白熱電球とLED電球では、使用目的は同じであるが、技術進化によって満足度を高めることに成功している。

一方で、「破壊的イノベーション」とはどのようなものだろうか。「持続的イノベーション」の例としてスマートフォンを挙げたが、Appleが2007年にローンチした初代iPhoneは、「破壊的イノベーション」そのものだった。現在主流のタッチパネルを操作するスマートフォンの第1号であり、それ以前は類似する製品は存在していなかった。

2007年1月、Appleの共同創業者の一人であるスティーブ・ジョブズ(当時CEO)が、iPhoneのローンチを正式発表した。

「本日、革命的な新製品を3つ発表します。ワイド画面タッチ操作の『iPod』(デジタルオーディオプレイヤー=DAP)、『革命的携帯電話』、『画期的ネット通信機器』の3つです。タッチ操作iPod、革命的携帯電話、画期的ネット通信機器。iPod、電話、ネット通信機器。 iPod、電話…。もうおわかりですね?これは、独立した3つのデバイスではなく、1つのデバイスなのです。名前は、iPhone。本日、Appleが電話を再発明します」



新たな市場が誕生した瞬間だった。スティーブが言うように、これまでiPod、携帯電話、ネット端末はそれぞれ存在していた。それをたった一つの、手のひらサイズのコンピュータにまとめ上げることで、世界のQOLを劇的に高めた。

では、なぜiPhoneが「破壊的イノベーション」と言われたのだろうか。

初代iPhone

iPhoneで出来ることを、それぞれ買い集めると、DAPは400ドル、ガラケーは300ドル、ラップトップPCは1000ドル、デジタルカメラは2000ドル、合計で3700ドルくらいかかってしまうが、iPhoneであるとたったの599ドルで済んでしまう。これまでコストをかけなければ生活に取り入れられなかった経験を、Appleはより安価で提供した。実際に、iPhoneの誕生によって、DAP市場、携帯電話(いわゆるガラケー)市場、ラップトップPC市場、デジタルカメラ市場が全てシュリンクした。特にデジタルカメラ市場では、レンズ一体型カメラ(いわゆるコンデジ)が瀕死状態まで落ち込んだ。わずか200万画素のカメラを搭載しているiPhoneによって、デジタルカメラ市場は2008年以降は予想以上にシュリンク、完全に喰われたのだ。

そして、喰われてしまった市場は、当初はiPhoneを見下していた。「iPhoneのカメラ性能は大したことはない。しかも豆粒以下のセンサーサイズ。デジタルカメラの方が高品質な写真が撮れる」「電話に付加されたDAPなんて、使い勝手も音質も悪い」「日本ではガラケーが主流だから、iPhoneに負けることはない」「日本のユーザーはガラケーのコンパクトさに慣れている。iPhoneは大きすぎる」「あんな小さなコンピュータでは仕事ができない。最低でもラップトップじゃなければ」。各業界は、そう高を括っていた。

しかしユーザーはそうではなかった。DAPより、カメラより、ガラケーより、ラップトップPCよりも機能性・専門性は劣るが、どれも十分に妥協できるクオリティであり、それが1つの小さなコンピュータにまとめられて、しかも安価で購入できることを歓迎した。そして爆発的にiPhoneは世界中に広がり、それを追うように各メーカーがスマートフォン市場に参入していったのだ。Googleは、Appleとのハードウェアでの競合を避け、スマートフォン用Android(OS)を開発し、デスクトップやラップトップにおけるWindowsのような立ち位置を目指し、ハードウェアでの参入のタイミングを見計らう戦略を取った。

iPhoneに喰われてしまった市場のメーカーたちは、品質や中途半端な利便性で勝負を仕掛けた。だが、一部の熱狂的なファン以外からは見向きもされなくなった。MicrosoftやSONYなどはスマートフォン市場に参入しなければならないことに気がついたが、参入したころには、もう完全に遅かった。数年後に撤退か、独自ではなく他社との提携を模索し小規模で展開していく他に道はなかった。

「最高品質を目指すのではなく、それぞれの機能を、あえて一般の生活者が不自由なく使用できるレベルのクオリティまで下げ、ユーザーフレンドリーを追求しつつ、確実に普及する価格設定で供給した」「それによって複数の既存市場からユーザーがiPhoneに流入。各市場に対し、決定的な打撃を与え、各市場の主力プレイヤーの座を奪った」

裏を返せば、既存市場のプレイヤーたちは「高い技術力を『持続的イノベーション』として活用し、一般人から求められていない専門性が高い製品を、一般人が手を出しにくい価格で提供していた。そして、手頃な製品(iPhone)の登場で駆逐された」ということだ。その市場で、優秀な経営者による最良の経営を、優秀な人財が具現化し、絶対的な地位を確立していた一流企業の「我々の技術力をもって」「我々のマーケティング力をもって」という慢心が、iPhoneを見下し、iPhoneが「破壊的イノベーション」だと気づいたころには勝敗が決していた。これが、iPhoneが「破壊的イノベーション」だと言われる理由だ。

華々しく「破壊的イノベーション」の申し子として登場したiPhoneであるが、Appleは次なる「破壊的イノベーション」を見出せず、スマートフォン市場で他社からの突き上げを喰らいながら、皮肉にもiPhoneの「持続的イノベーション」によって企業価値を維持している状況にある。

私たちのドラッグストアや薬局などのヘルスケアリテール企業にとっても、他人事ではない。もう既に、「破壊的イノベーション」との勝負が始まっているのだから。私たちは、ドラッグストア・薬局の未来をもう一度再設計しなければならない。(続く)