ヘルスケアインタビュー
吉野家ホールディングスR&D エグゼクティブ フェロー農学博士 辻智子さんに聞く
『健康・おいしさ・安全へ挑む牛丼づくりの極意』
「最も重視しているのは健康(or美容)機能を訴求する場合のエビデンスの確立・・・」
「うまい、やすい、はやい」―このキャッチフレーズで一世を風靡し、食べた人たちを笑顔にする牛丼一筋127年の吉野家【※】。この吉野家を主幹事業とする吉野家ホールディングスは、“健康軸”をベースに、外食企業では初の機能性表示食品の開発やトクホ(特定保健用食品)をデビューさせるだけでなく、高齢者のためのやさしいご飯シリーズ、そして介護を必要とする人たちに向けた食品、昨年2025年には美容分野へ進出するなど、ヘルスケア企業として躍進している。その最前線に立つR&D エグゼクティブ フェローの辻智子さん(農学博士)にインタビューしたテーマは、『健康・おいしさ・安全へ挑む牛丼づくりの極意』。その言葉からは、「たかが牛丼、されど牛丼」であり、そして“すべては人々のために”あることが伺えた。 (取材と文◎流通ジャーナリスト・山本武道)【※】吉の字は、正しくは「土(つち)」に「口(くち)」
キーワードは、「食べることは楽しく、美味しく、そして健康」・・・だからトクホの牛丼を開発
― 毎日、何億食が提供されている外食産業界にあって、“健康軸”の牛丼づくりに携わってきましたが・・・。

辻:私たちが取り組んできたキーワードは、食べることは楽しく、美味しく、そして健康であり、これは当社が経営しているすべての外食店舗が、Made in Japanの食を海外へ提供していくために絶対に不可欠なことです。
健康になるために、まずいものを我慢して食べることはありえないし、好きなものを楽しむ時間を諦める必要はないのではないかと私は思っています。また一日一食分のことだけで、それを正しいとか正しくないとか、健康な食べ物だ、健康じゃない食べ物だと言うのではなく、健康維持を楽しく永く楽しく続けようという考え方であれば、食を通じた健康への道は我慢に始まり我慢に終わるようなものではないとも思います。
ですが、「美味しくて好きだ」と思って食べていただいていた人々の中にも、様々な理由で食べられなくなってしまう方がおられます。そのために開発した一つが、トクホ(特定保健用食品)の牛丼の具『トク牛サラシアプレミアム』です。
血糖値が気になっていて、お医者さんからいろいろ言われたりすると、お米のご飯を食べづらくなってしまい、今まで好きだった食べ物を諦める人は多いと思います。そのような方であっても、トクホの牛丼は血糖値の上昇を抑えることができますので、「食べたい時には血糖値を気にせずに、安心して牛丼を食べることができるという楽しみ方に使っていただきたい」というのが開発コンセプトです。

高齢者や介護を必要とする人たちに向けた『吉野家のやさしいごはんシリーズ®』
― “誰もが美味しく食べられる”ことが健康になるための基本ですし、食の楽しさだと思います。これまで、もりもり特盛で食べていた方が、加齢するにつれて量が食べられなくなったり、肉を噛み切れない方も増えてきましたが・・・。

辻:高齢者の方々が、美味しく食べられる牛丼の具の柔らか食も開発しました。『吉野家のやさしいごはんシリーズ®』です。このシリーズは、見た目も味も牛丼と同じですから、家族が集まった時に一緒に食べて、同じ味を味わっていただくことも可能になっています。楽しく食べていただけることが、当社の願いでもありますから・・・。
食生活は、「これは食べなければいけない」と無理に食べていただくよりも、ならば、どうしたら美味しく食べていただけるかが大切になってきます。このシリーズは、“誰もが一生涯、食の楽しみを失うことがない社会の実現”を目指して咀嚼・嚥下機能が低下した方を対象として開発された商品で、2017年2月から発売しています。
「この歳になって、食べ物を呑み込むことも満足にできないし、どうせ食べられっこないよ」と思われている方のためにという、当社の男性社員の提案が開発に結びつきました。
実は開発のいきさつは、当社の社員が父親から、「牛丼の肉が噛み切れなくなっちゃって食べられない」と連絡がきたことがきっかけです。社員は、「牛丼が好きだったお父さんに、美味しい牛丼を食べてもらいたい」と思い送っていたのですが・・・。そこで会社に、高齢者でも美味しく食べられる牛丼の具の開発を提案しプロジェクトが始まり、登場したのが『吉野家のやさしいごはん®』シリーズでした。
そして2025年10月からは、高まる介護ニーズを見据えて、吉野家の牛丼の美味しさを再現し、食べやすく、しかも塩分を抑えた介護食品も開発し、『吉野家のやさしいごはん®』シリーズの新商品『牛おかゆ』(日本介護食品協議会のユニバーサルデザインフード区分:舌でつぶせる)を発売しました。
モノづくりに対する思い入れは美味しく食べたことによる“笑顔”
― 高齢者の方々が楽しみにしていることは食べることです。加齢に伴い食べられる食品があって楽しめることは高齢者にとって何よりですね。ところで辻さんのモノづくりに対する思い入れですが、どのような点に留意されてきましたか?そしてなぜ食のビジネスに取り組まれたのでしょうか?

辻:健康の基本は食であり、楽しさにあります。しかし、多くの人が長年の食習慣によって、生活習慣病の予備軍となり、自らの食生活を制限することで、その進行を防ぐという事態に陥っています。それに伴って、自然に摂取カロリーや必須栄養素の摂取も低くなり、高齢者ではフレイルなどの総合的な体力の低下が問題となっています。
「我慢」ではなく「美味しい」、「楽しい」で健康を維持するにはどうしたらよいか?幸い私は、自然界にある植物や微生物などが作っている物質を単離し、その分子構造を決定し生理機能を解明することを目指す天然物化学分野の出身でしたので、天然物化学の力で、食べられなくなった食を再び美味しく食べられるよう開発に取り組んできました。
また、サプリメントの開発研究に従事してきた前職の経験も生かせました。サプリメントは食品のカテゴリーに分類されますが、美味しくはありません。美味しく食べられることによって健康になり、“笑顔”になります。それが私の思いであり、食のビジネスに関わりたいと思ったきっかけです。
私は、これまで様々な方たちとの出会いがあって今日に至っています。サプリメントメーカーの研究開発部門で9年間、多くの商品づくりを統括し、その後に水産会社に移籍しました。そこで魚油のEPAや魚肉のタンパク質の機能研究を統括していた時に、牛丼の吉野家で「健康軸で差別化をしたい」と、当時の河村泰貴社長(現取締役会長)からオファーをいただき、吉野家ホールディングスに入社しました。
吉野家の牛丼に関する研究において、エビデンスを確立するために原料メーカーやアカデミアの方々と共同研究を進めていくことによって新しい発見が生まれ、特許出願に至り、そして多くの人材が育ち、新たな人脈、ネットワークが形成され、新しい吉野家像が見えてくることを目指してきました。
当社のキーワードは“健康軸”ですので、私が最初に取り組んだことは、毎日牛丼を食べても健康に悪いことは起こらないことをヒト試験で証明することでした。その基盤のもと、安心・安全、そして健康をサポートするというエビデンスを確立する研究を続けてきた日々でした。
私が最も重視しているのは、健康(or美容)機能を訴求する場合のエビデンスの確立です。エビデンスが確立されている商品を作り、そのことを正しく理解して消費者が購入に至るというプロセスが重要であると考えていますので、ドラッグストアなどの売り場にはエビデンスのしっかりしている商品が配置され、「正しく説明できるスタッフがいるということを期待している」という話に繋がっていきます。
美容と健康の領域で優れた機能を持つダチョウ事業にも進出
― 1899年(明治32年)、東京・日本橋の魚河岸で創業者の松田栄吉さんが、当時流行っていた『牛めし』に目をつけ、魚河岸で働く人の嗜好特性を踏まえ牛丼を編み出し、吉野家を屋号に牛丼屋を始めてから125年後の2024年、新しいビジネスへの取り組みを発表しました。
辻:吉野家では創業125年の2024年8月に、持続可能な未来のための第4の畜種とすべくオーストリッチ(ダチョウ)に関する事業の開始を公表しました。具体的には、当社100%子会社の株式会社SPEEDIA(スピーディア)が事業として取り組んでいた、美容と健康の領域で優れた機能を発揮する高付加価値素材、ダチョウを原料とする商品の販売です。
例えばダチョウの肉は発売してから1年余りになりますが、牛・豚・鶏肉の長所を合わせた完璧な栄養価値があり、また全身捨てる部位がほとんどないくらい有効活用が可能な素材です。特に砂肝とかハツ、レバーといった内臓が美味しいのですが、ただ新しい食を作るうえで最大の課題は、原料の供給をどうやって増やしていくか。そこの部分の技術のブレイクスルーが絶対に今必要なのですね。
まだダチョウの肉と国民の日常の食生活との関係性が十分に結びついていないという部分があります。ダチョウ肉のどんぶりメニューは、一部の店舗で注文して食べることができますが、しかし現在全国に千数百店舗ある中で、30店舗でしか食べられません。さらにダチョウの肉を食べられる店舗を増やしていくためにも、原料供給の技術革新をしなければならならないと思っています。
そこで私が一番思っていることは、これまでの日本の畜産業が、公的研究機関の研究者や獣医さん、畜産業界の人たちが築いた品種改良や人工授精、飼育技術など様々な技術革新の基盤のうえに発展してきたように、それと同じレベルの努力と時間とコストをかけて、ダチョウ産業にも取り組むべき価値があるということです。
ダチョウの機能についてですが、肉そのものは鶏肉と同じように高タンパクですが、鶏肉には含まれていない鉄分が豊富でタウリンもたくさん含まれていますから、食べることで貧血を改善できることが挙げられます。
さらに成長ホルモンの分泌が促進されること、抗疲労効果を示すとされるイミダゾールペプチドも 100g中に200~400mg含まれていますから、ダチョウが持つ機能は、人の健康創造にとても意義のあることが、研究によって明らかになりました。これらの効果は、実際にヒトが食べた時のデータをとって学術雑誌に報告してきました。
特に『SPEEDIAオーストリッチミートもも肉』は、生鮮食品として「日常生活での一時的な疲労感を軽減する」というヘルスクレームを消費者庁に申請し受理(機能性表示食品、申請番号 H1389)されているほか、ミトコンドリアでエネルギー産生に働くコエンザイムQ10の含有量も牛・豚・鶏に比べ最も高い等々、いろいろなメリットがあります。
発売以来、顧客から多くの反響を呼んだスキンケア商品
― ところで、ビューティ分野に進出し化粧品を発売するというニュースは話題を呼びました。オーストリッチのオイルが肌へ美容成分が浸透する効果を促進し、特にナイアシンアミドに関しては、オイルを塗布する前後では23倍の浸透効果があることが判明していることも発表されていましたが・・・。

辻:化粧品事業は、脂肪組織から得られるオーストリッチオイルの研究から生まれました。オーストリッチオイルは、古来より怪我や火傷の治療などに伝承的に用いられてきたという報告もありますが、スピーディアでは新たに高機能美容成分に対する浸透促進効果や保湿効果などをヒトの皮膚を使って研究し、製品化しました。
オーストリッチオイルを配合した『グラマラスブースターオイル』『グラマラスエイジングクリーム』を手始めにフェイスマスクやハンド&ボディミルクなどを開発し、さらに2025年12月19日から男性化商品の販売も開始しました。
スピーディアが男性化粧品を開発したのは今回が初めてで、吉野家をご愛顧いただいているお客様の肌の悩みに寄り添うために誕生しました。この男性化粧品『SPEEDIA メンズオールインワンミルク』は、吉野家公式通販ショップで販売を開始し大きな反響をいただいています。
一番最初に誕生したグラマラスブランドの『ブースターオイル』『エイジングクリーム』などのスキンケア商品は、吉野家公式通販ショップに加えて日本調剤やヨドバシカメラのオンラインストアなどで販売しており、リピーターも増えてきました。「日常のスキンケアとして、もう手放せない必需品になっている」という嬉しいお言葉もいただいています。
吉野家のお客様が、これだけご期待してくださり応援してくださっていますので、お客様の美と健康に貢献できる商品として、そのご期待にお応えしたいと思っています。
(関連記事:https://hoitto-hc.com/15379/ Hoitto2024年8月28日付所載)
“ヘルスケアステーション”としてのドラッグストアへの提言
― トクホ、機能性表示食品、高齢者や介護される方が対象の食品に加えてコスメ部門への進出は、老舗の牛丼チェーンとしては大きなチャレンジでした。課題は、普及先のルートですね。
辻:これからも新しい機能の追求、社会への貢献度も含めたバランスが上手く取れるような商品開発を考えないといけないし、販売ルートもそうです。例えばドラッグストアでは、ビジネスだけでなく社会への貢献も一緒に組み合わせることで、説得力のある拠点だと思っています。新しいものを世の中に広めるというのは本当に難しく、それこそ努力を重ねて壁を乗り越えていくことですが、価値だけが際立ちすぎてもよくないし、価格もバランスを取れるようにしています。
その点、ドラッグストア店頭では、「何かお困りごとはないですか?」と、地域の人々のセルフメディケーションのサポートができるようなスキルを持つ人材が常駐していますから、期待しております。
小売業ですからモノが先に立ってしまう傾向がありますが、私が希望することは、ドラッグストアが多くの商品を取り揃える中で、エビデンスがしっかりとした商品を置いてほしいこと。そして来店されたお客様が、購入する際に迷っていたら、店のスタッフが、「これおすすめですよ」とアドバイスしていただける店であってほしいですね。

食べることによって、来店されたお客様が、どういったベネフィットを得られるか、購入した食品を食べることで、その人がどのように喜んでいただけるか、その価値をどう伝えるかでしょうね。また店頭で、地域住民の間に高まるセルフメディケーションニーズに対して、どのようにリテラシーを高めていくかも心要になってきます。
そのためにも、いろいろな情報を収集し咀嚼して、日頃から研鑽した知識を相談の際にお客様に提供していくことが望まれます。ドラッグストアこそは、健康になるための方法を紹介していただける場であり、まさに“ヘルスケアステーション”でもあります。
店内に、市民講座や健康イベントの情報を掲示したりしていただければ、たまたま買い物にこられたお客様が、「自分も心配していることがあるので話を聞きに行こうか」といった、そんな感じで知識を得る糸口になる場というか、そうした活動もしてほしいと願っています。
それに近年、ドラッグストアでは食品の取り扱いが増えていますが、そこで食品を購入される方の多くは健康にとても関心があり意識の高い人たちです。健康意識の高い人にフォーカスした商品に情報を添えて提供してほしい。それがドラッグストアの役割ではないでしょうか。
例えば、「1本のペットボトルのドリンクが、なんでこんなに高いの?」と言われたとしても、「これは、科学的な裏付けのある表示機能性表示食品で、血圧を下げる機能がある」ことを、ていねいわかりやすくお伝えすれば納得して買っていただけることになるでしょうから、ドラッグストアは、私が期待しているルートの一つです。
<記者の眼>
牛丼の新しい路線を切り開いてきた辻さんとの出会いは、新しい機能性素材に関わる研究会をリードする傍ら、様々な講演会の講師として、またテレビの健康特集のゲストとして招かれるなど、ヘルスケア産業界の隆盛に貢献する矢澤一良さん(現早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長)が主催するセミナーだった。
食事をしながら、登壇した講師が講演中でも、誰もが質問をすることが許されたユニークな会で、会場の椿山荘で矢澤さんから辻さんを紹介していただき、吉野家ホールディングスがヘルスケア路線を歩んでいることを初めて知った。
以来、牛丼ファンの一人としてだけでなく、記者として辻さんに取材を申し込み、はなまるうどんの社長から吉野家と吉野家ホールディングスの社長に転身された当時の社長の河村泰貴さん(現取締役会長)にもインタビューさせていただいた。
ちょうど牛丼のトクホがデビューした頃だったが、辻さんは現在、吉野家のR&D エグゼクティブ フェローとして活躍中だ。今や吉野家ホールディングスは、牛丼のトクホや機能性表示食品、ダチョウ事業への取り組みを始め、オーストリッチオイルを独自原料として掲げて美容分野にも参入するなど、老舗の牛丼企業からヘルスケア企業としても挑戦している。
なお、もう一つ付け加えておきたいことがある。それは、災害時や非常時にローリングストックできる非常用保存食の缶飯シリーズを開発し、2019年5月から発売していることだ。保存食には、高機能玄米『金のいぶき』と吉野家の牛丼の具、焼鶏丼の具、豚丼の具などが合体した常温で食べられる『ご飯缶詰』などがある。

これまで災害の発生時には、多くのボランティアが駆けつけ、たくさんの衣類や食品が現地に届けられる一方、ドラッグストアも地域のインフラとして重視され、その機能が活用されてきた。そのドラッグストアを、2026年に“防災拠点”として位置付けて、9月1日の“防災の日”に向けて様々な防災グッズを店頭に登場させる企画が進められている。音頭をとるのはJACDS(日本チェーンドラッグストア協会)。
同協会では、これまで災害が発生した際には、即医薬品や衛生用品、食品等々多くの救援物資を届けてきたが、デビュー7年目になる栄養価の高い非常用保存食の缶飯シリーズも、いざという時の防災必需品として、ドラッグストア店頭の防災コーナーに、さらにキャンプを始めアウトドア用品等々・・・幅広い活用が期待できる。
多くの国民が笑顔で食べている牛丼。そのストーリーの始まりは、遡ること127年前になるが、食べる楽しさは、過去も今もこれからも果てしなく続いていく。「たかが牛丼、されど牛丼」である。(山本記)