矢澤一良博士(早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長)が「ウェルネスフードのこれから」を探る対談企画「矢澤一良博士が行く!ウェルネスフード・キャラバン」第5回は、株式会社吉野家ホールディングス※執行役員でグループ商品本部副本部長、素材開発部部長の辻智子氏にご登壇いただいた。矢澤博士と30年来の親交がある辻氏は、大手企業から引く手あまたの研究者として、健康食品産業の黎明期から、画期的な研究と製品を世に送り出してきた。その辻氏の道程を振り返るとともに、吉野家HDでウェルネスフードの陣頭指揮を執る立場として、外食産業に旋風を巻き起こす新規事業の立ち上げについて話を伺った。世界が驚く吉野家ホールディングスの美容と健康の領域における新施策とは。矢澤博士がその核心に迫る。【記事=中西陽治】(※吉は土に口)
矢澤一良博士(以下・矢澤博士):今回の「ウェルネスフード・キャラバン」は吉野家ホールディングス執行役員の辻智子さんにご登壇いただきます。吉野家さんというと「うまい、やすい、はやい」のキャッチは私たちも現在に至るまで存じ上げておりますし、愛用させていただいている外食チェーンです。
まずはこれまで健康産業に辻さんがどう関わってこられたか、についてお聞きします。
この業界では、私も辻さんと並走させていただいていました。私が辻さんとお会いしたのは、公益財団法人相模中央化学研究所です。
私はそれまで生物系の研究を中心に行ってきましたが、大学の先輩でもある第5代所長の近藤聖さんからお声がけをいただき、研究所に所属しました。その後に辻さんがご参加されました。その頃、生物系グループは小さかったので一緒に研究を行っていましたが、ほどなく「辻グループ」が立ち上がりました。矢澤グループが14班で、辻グループが15班でしたね。
2000年にファンケルに入社し、その後、日本水産(現・ニッスイ)へ。そして現在の吉野家と歩んでこられました。
株式会社吉野家ホールディングス執行役員 グループ商品本部副本部長 素材開発部部長 辻智子氏(以下・辻氏):
私は大学在籍の時代から天然物化学を中心に研究していました。
自然界から生理活性物質を見つける、そういう仕事を引き続き相模中央化学研究所で行っていました。当時の自然界からのスクリーニングソースは、海洋天然物と微生物の発酵物でした。
その後、ファンケルの研究開発部門を管掌しておられた池森政治副社長とご面談させていただきまして、ファンケルに入社しました。ちょうどそのころ相模中央化学研究所が移転するということもあり、ファンケルの研究所が東戸塚に完成するタイミングでファンケルに入りました。
ファンケルから矢澤博士へ研究所を見に来てほしい、との依頼があったとき一緒にファンケルの研究所を見に行ったのがきっかけですね。
矢澤博士: ファンケルは当時、サプリメント事業がぐんぐん伸びており、研究所を新しく設立する、という時期でしたね。まだ当時は機能性表示食品制度もありませんでした、サプリメントメーカーはいわゆる〝売れ筋〟を追っていた時代です。
その中で辻さんはサイエンスの分野で、ファンケルが持っていなかったものをカバーし、ファンケル総合研究所の所長となりました。
辻氏:サプリメント業界がアメリカの真似事から脱却できていなかった時代です。まだ広告先行で、そこに後付けでエビデンスを盛り込んでいく、というやり方が主流で、忙しかったですね。エビデンス、という言葉がそのころから重要視され始めました。
矢澤博士:当時はサプリメントが嗜好品としての位置から脱せていなかったですよね。一般の人に対してより身近に健康に役立つ商品をお届けする、これを辻さんはサイエンスベースで商品化して一般の人にお届けする役割を担ってこられた。ファンケルには9年いらっしゃった。
辻氏:産業として正しく立ち上げる、という使命感がありました。大手食品メーカーがサプリメントや健康食品に参画していない時代です。健康食品ではファンケル、DHC、小林製薬の3巨頭が業界を引っ張っていました。
その当時はトクホや機能性表示食品などの制度すらありませんでしたし、産業として確立する必要があったのです。
矢澤博士:ファンケルはサイエンスを基に、早くからエビデンスベースの商品を開発していました。しかも研究所を一から立ち上げ、自社研究に着手していたことは画期的でした。
その後、辻さんは日本水産に入社された。日本水産がファインケミカルに本腰を入れ始めたのは、辻さんが入社してからのことだと思います。
辻氏:当時、日本水産のファインケミカル事業は、魚油の用途の拡大や魚油以外の機能性素材を開発するための研究者を求めていました。ですから私は中央研究所ではなく、事業部に直結する生活機能科学研究所の所長を務めました。EPAが持つ、筋肉の疲れをとる抗炎症作用などに注目しました。従来のEPA研究の主流だった「中性脂肪を下げる」などの機能とは違った役割を商品に付与したかったのです。その成果はスポーツEPAという製品のカテゴリーになっています。
さらに、新しく取り組んだのが魚肉タンパクです。EPAなど魚油は日本水産の一番の柱ですが、魚油研究だけではせっかくの日本水産の強みが生かせないと思ったのです。魚と肉と卵のタンパク質に違いがあるか、ということをぼんやりイメージしている中で、日本水産が魚肉ソーセージを作っていることに着目しました。
そこから日本水産では魚肉のタンパク質の機能を深耕していくようになったのです。魚肉のタンパク質は速筋の形成に役立ちます。魚は海中を泳ぐ力をもっています。その魚の肉を食べれば、アスリートなど速筋が必要な人にとってのプロテインになるのでは、と考えたのです。
矢澤博士:そして現在の吉野家へ参画することとなるのですが「魚からお肉」というのは驚きでした。当時は牛丼というと、若い人たちがたくさん食べる「ガッツリ」「大盛り」というイメージが強かったと思います。そこから辻さんの強みが生かされる土壌が生まれるようになった。
それでは吉野家さんに入社されてからのご活躍についてお伺いします。
辻氏:私が吉野家ホールディングスに入ったのは、現在の代表取締役社長の河村泰貴さんから「健康を軸に差別化をしたい」という強い想いを打ち明けられたからです。
河村さんは、〝はなまるうどん〟を展開する株式会社はなまるの社長をお勤めになられていたとき、うどんの麺にレタス1個分の食物繊維を入れたうどんを発売しました。それが吉野家グループの「健康の軸」の始まりだったようです。現在の素材開発部の前身となる部署は吉野家グループのはなまるうどんから始まったのです。
河村さんが吉野家ホールディングスの社長に就任され、「健康を軸に差別化」の方針が加速していきます。はなまるうどんの素材開発が吉野家ホールディングスに集約され、専門性のある人材を多く求めていた時に、私にお声がけいただいた、という経緯です。
外食産業、特に牛丼の世界では差別化できるネタがない、という課題がありました。 この課題から一歩踏み出すために、健康を訴求できる独自素材やそれを使ったメニューが必要でした。
矢澤博士:大手牛丼チェーンがしのぎを削る中で、牛丼は「エネルギー補給」という食事から脱却できていなかった、という課題もありますね。実はよくよく調べてみると「牛丼が元来持つ健康価値がある」ということが分かります。
例えば、白米と一緒にタンパク質を摂れば、血糖値の上昇はそれほど高くない、という事実です。
辻氏:おっしゃる通りです。私が河村社長から受けたオーダーは、健康で差別化できる点で「トクホを第一に」とのことでした。ただトクホは開発にコストも時間もかかります。そのオーダーを受けたころにちょうど機能性表示食品制度が立ち上がったこともあり、まずは機能性表示食品に着手しようとしたのです。
ただ、それに着手する前に、対抗勢力として「牛丼で健康を語れるのか」と言われるのは目に見えていました。ですから健康を訴求する食品としてのベースを示さなければなりませんでした。
そこで牛丼を連続して食べ続けたとしても体に悪くない、ということを明らかにするための3カ月の連続摂取試験をヒト試験で行いました。毎日1食、牛丼を食べた後の健康診断の結果から、体重や体脂肪率、血糖値などの数値で有意な変動は見られませんでした。
食品としてネガティブな性質が牛丼にはない、というベースを確立したのです。そこがスタートラインに立つうえでの助走にあたるのです。
矢澤博士:食事としての牛丼の安全性を確認し、機能性を付与する土壌をならしていった、ということですね。トクホ牛丼や機能性表示食品のために必要な研究ですね。
高齢化社会において老化の不具合が出てくることは避けられないことです。そのために予防医学や健康の維持増進が不可欠となってきます。では「国民食たる牛丼で何ができるか」というのはとても重要だと思います。
ベースとなる試験と研究で、前提となる課題をクリアし、いよいよ健康をプラスしてくことになるわけですけども。吉野家さんが先駆けて、牛丼の健康価値に注目したのは当時でも驚きでした。
辻氏:外食企業で、健康を訴求してモノを売ろうとする企業は少ないです。一方で吉野家も、全てのメニューを健康軸にしようとしているわけではありません。
「うまい、やすい、はやい」牛丼がお好きなお客様には引き続きご愛顧いただき、牛丼に新しい価値を求めておられる方に向けても裾野を広げていきたいということです。
矢澤博士:私も吉野家さんの牛丼はよくいただいています。お店に入ると、高齢者やご家族連れ、女性のおひとり様もよくいらっしゃっています。また、今では内食ニーズの上昇によるテイクアウト、あるいはデリバリーサービスなど牛丼に触れる機会は多様化しているように感じます。
辻氏:そうですね。高齢者のお客様も、牛丼をご愛顧いただいています。これは牛丼が体に良いものである証左ではないでしょうか。昔からお召し上がりいただいているなら、なおさら体感していただいていると思います。
矢澤博士:身の回りでも、吉野家さんのお店に行く層が変化していると感じます。都内で展開している「C&C」(クッキング&コンフォート)はその代表的な店舗ですよね。「牛丼ON野菜」や「ON野菜」など、野菜を豊富に使った女性もターゲットとして想定したお店です。
牛丼の食としてのベースをエビデンスで証明していく中で、いよいよ機能性食品「サラシア牛丼」が店舗に登場しました。これは牛丼の機能性表示食品として業界を驚かせました。
辻氏:2017年に店舗で発売した「サラシア牛丼」は機能性関与成分のサラシアをタレに混ぜ、牛丼の上に掛けて食べる機能性表示食品です。
この機能性表示食品を大きなステップとして 2022年に外食チェーン初となるトクホの「トク牛 サラシアプレミアム」が誕生しました。現在では公式通販とイオンさんの冷凍食品コーナーで販売しています。
また、吉野家では異業態とのコラボレーションも積極的に行っています。フィットネスジムとコラボしてうまれた「牛サラダ」も、健康を軸にした商品です。
矢澤博士:吉野家さんは朝限定のメニューも豊富ですよね。
今、時間栄養学の観点から、朝にタンパク質を食べることが体によいとされる〝朝タン〟が知られるようになりました。
辻氏:タンパク質は一日の推奨基準において、一食あたり20gが理想とされていますが、吉野家の朝メニューでは、タンパク質20gが摂れるようになっています。
これを使って、ヒト臨床試験を行いました。朝にコンビニのパンとお水を2週間食べてもらい、ウォッシュアウトしたのち、さらに2週間吉野家に来ていただき朝定食を召し上がっていただきました。脳の血流を測定しながら、記憶など脳を使うテストなどをしている間の血流を測定しました。すると吉野家の朝定食を食べたほうが、脳の血流がよくなり、脳の反応速度も上昇しました。目覚めのスイッチをオンにするためには、吉野家のタンパク質豊富な朝定食が適していることが明らかになったのです。この試験結果の論文を今、作成しているところです。
この試験の最初の糸口は、「朝食をしっかり食べる人は幸福感がつよい」というデータが発表され、その幸福度をもっと具体的にデータにすれば、より朝食の重要性が図れると考えたのです。
こういった研究も「吉野家だからこそ確固たるエビデンスを基に発信していかなければ世の中には認めてもらえない」と考えるからです。
矢澤博士:本当にその通りだと思います。辻さんのその姿勢が、外食チェーンの中で稀有な価値として認められているのでしょう。
矢澤博士:8月28日(水)に「吉野家ホールディングス新規事業発表会」で発表されました、「あの吉野家が」と世界に驚きを届ける新しい施策がありますよね。吉野家さんはいったい何をされるのでしょうか。
※追記【参考記事:【吉野家HD】持続可能な未来のため“ダチョウ〟事業を開始】
辻氏:ずばりオーストリッチの美容と健康領域における展開です。オーストリッチつまりダチョウを食材として、さらに全身の健康に資する高付加価値な素材として活用する新たな事業を始めます。
なぜ「オーストリッチ」なのかについてですが、河村社長が経営企画室にいた頃、中国に出店することになった時に感じたことが始まりでした。
河村社長は「中国でこのまま牛丼を販売し続けるとなると、牛肉が足りなくなるだろう」と予感されたそうです。タンパク質クライシスにもつながる牛肉不足の課題に対し、「このままでいいのか」という危機感を持たれていたのです。そこで牛肉に味も色も似ていて、育てるうえでの飼料効率が牛より優れていることから地球環境にも貢献する、新しい畜肉を開拓しよう、と思われたのです。
ちょうど私が吉野家に入社したころに、観光用のダチョウ牧場から、畜肉部門の事業譲渡を受けることが決まりました。
その頃はまさか私がダチョウの事業にアサインされるとは思っていませんでした。
最初の内はブリーダーとして購入した親鳥の卵からヒナが生まれ、ヒナを育てて成鳥にするというサイクルを回すだけで、肉を生産して販売するには程遠い段階から始まりました。そののち、産業として「オーストリッチから得られる様々な素材の機能性を研究するべきだ」ということで、オーストリッチミートやオイルを研究する時点で、私は吉野家グループの化粧品事業を担う会社「SPEEDIA(スピーディア)」の代表になりました。
矢澤博士:オーストリッチの肉の機能と言われて最初に思い浮かぶのは、脂質が少ないこと、イミダゾールペプチドが多いのだろう、という点です。
辻氏:おっしゃる通りです。オーストリッチミートのもも肉は、イミダゾールペプチドで抗疲労の機能性表示が届出受理されています。オーストリッチの肉を使ったメニューは一部の吉野家店舗からスタートします。ローストビーフ風で野菜と一緒にご飯に盛り付け、西洋ワサビ風のタレで味付けした丼です。またオーストリッチの骨はコラーゲンが豊富で、ガラスープにするとおいしいのです。
矢澤博士:健康志向の肉として、飼育するのは大変かもしれませんが、新しい資源としてとてもおもしろいと思います。
「オーストリッチの美容と健康の領域での展開」とありましたが、美容に関しての展開につきまして。
オーストリッチは鳥ですから、そのオイルは化粧品にとっても有用ではないでしょうか。似た素材としてエミューのオイルが化粧品に用いられますが、そこに近いような活用法があるのでは。このオーストリッチのオイルを化粧品に応用する会社が「SPEEDIA」となるのですか。
辻氏:おっしゃる通りです。オーストリッチはエミューと種が近しいです。ただ、オーストリッチのオイルについては最初から化粧品にしようと思っていたわけではなくて、血管内皮細胞の培養系で、バリア機能を高めることを示唆する結果が得られたのがきっかけでした。細胞に振りかけて、その電気抵抗を測る試験管レベルでの実験結果です。
私は直観的に細胞を皮膚の細胞にしてみたらどうだろう?細胞膜の電気抵抗のインピーダンスを変えることで皮膚への浸透性に影響が出るのではないかと考えました。それ自身が皮膚に浸透しやすいことは植物性のオイルや馬油でも確認されていますが、他の成分を浸透させる役割がある、ということを発見しました。
オーストリッチオイルはヒトの皮脂によく似た脂肪酸組成なので、安全でおそらく細胞間脂質になじんで浸透する作用があると思われます。例えば洗顔後に細胞間脂質が不足した時に塗布すると、整えられて浸透していく、という風になると考えています。
美容成分の浸透を促進するかどうかは、一つ一つの美容成分に対して確認する必要があります。外科的な手術で取った皮膚を薄くスライスして、フランツセル(垂直型ガラス製の拡散セル)に挟んで、滴下した成分がそのセルから下層へ降りてくるか、を測定するのが化粧品業界では一般的です。
それを使って、オーストリッチオイルを与えておいた皮膚切片に何もしない状態に比べて、より多く下に沁みとおるかを測る実験を行いました。
加齢とともに皮膚の脂も減少し、乾燥しやすくなりますから、高齢者にとってもスキンケアはとても重要です。また、年齢・性別を問わず、皮脂が酸化変性することでいろいろな肌トラブルが発生する可能性があります。洗顔をしてから皮脂を健全に整えることはスキンケアの基本です。
オーストリッチオイルでメイク用品を作るのではなく、スキンケアを体の一部で健康のバロメーターを測る手段として捉え、そこにアプローチする商品を開発していきます。それがSPEEDIAの「グラマラス ブースターオイル」です。Eコマースで販売を開始しています。
矢澤博士:吉野家さんが化粧品、というのは驚きです。そこにはオーストリッチの可能性に着目したからなのですね。オーストリッチを全部使おう、というサステナブルな観点につながります。
辻氏:オーストリッチのオイルを化粧品に活用することについて、私たちは食品として食べるうえで発生した一部をいただいている、という考え方に立っています。命を尊重しながら、その価値を高めている、という考え方です。
もう一つに、動物由来の脂は固形で、融点の違いから植物性のようにサラサラしていません。これは物性的な差ですが、化粧品のテクスチャーとしてはサラサラしたものが好まれる傾向にあります。オーストリッチオイルは他の動物性のオイルより融点が低いので、サラサラしています。オーストリッチオイルは、化粧品原料オイルとしての物性面、製造・開発におけるサステナビリティという面で、とても優れていると思います。
辻氏:オーストリッチの可能性はまだまだあります。
ひとつは、羽も素材として応用できます。羽はケラチンを含む化粧品原料として、爪や髪質のケアに向けた研究が進んでいます。
もうひとつにオーストリッチの首の血管は枝分かれしない長い血管で、これは例えば糖尿病などで傷ついた血管への応用などが期待されています。
また、有名なところでは、京都府立大学でダチョウ博士として著名な塚本康浩学長が、ダチョウで抗体卵を作っていますよね。ダチョウに抗原を打つと卵に抗体が現れます。そこから抗体を精製して、マスクや化粧品に応用されています。このようにオーストリッチは全身が機能性に満ちた素材と言えるのです。
矢澤博士:辻さんのように研究を食・化粧品に落とし込み、一般消費者に届けてこその研究者だと感じます。
私からリスペクトする辻さんにお聞きしたいのが、研究者としての秘訣とは何ぞや、ということです。
もちろん、研究者は最善を目指し研究を進めているのですが、その研究をどうやって一般消費者の手に口にお届けできているのか。その秘訣についてお伺いしたいですね。
辻氏:ひとつに、良い人間関係が基本にあると思います。例えば太陽化学さんと吉野家でグアーガムと牛丼のコラボレーションで、健康訴求を強化していますが、太陽化学さんとは永いお付き合いがあり、蓄積した関係性が実を結ぶことがあるのではないでしょうか。
矢澤博士:なぜ多くの研究者が辻さんと関わりを持ち続けたいと思っているのか。論文を読んで内容を理解できる基礎があることは大きいと思います。辻さんと長年お付き合いしていると、その基礎をもってお話ができる、得られるものが多い、と思っていらっしゃる方がたくさんいるのではないか、と思っています。
辻氏:ありがとうございます。いろいろな機能性の宣伝文句もどんな論文にそれが出ているのか確認したくなり、その裏づけを読んでいるうちに知識が増えるのかもしれないです。
私は自分の興味があることに熱中させてくれた方々に支えられてきました。矢澤博士は相模中央化学研究所時代に一時期上司でいていただいたこともありました。私は上司に恵まれていると思いますね。
矢澤博士:相模中央化学研究所ではあっという間に辻グループを立ち上げて、リーダーとして陣頭指揮を執っていましたね。
そして今では学会研究会の理事や重要なポジションに就いておられます。外食チェーンに務めながら、学会理事も兼任される方はそうそういません。でも辻さんのご活躍を見ると「なるほど」と納得されますね。辻さんにはアカデミアの懐にすっと入っていける魅力があるのでしょう。
辻氏:いわゆる健康食品産業の中核におられる方々から、私は健康産業のダイバーシティの申し子と言われることがあります。アカデミアばかりの中で吉野家ホールディングスの企業人として参加し、また男性ばかりの中で女性は特徴的に映るのでしょうか。
矢澤博士:最後に、河村社長が吉野家を引っ張っていく中で、辻さんはどうリーダーシップをとっていかれるのか。健康を軸とするミッションをどのようにイメージしていますか。
辻氏:外食産業はこれからますます発展していくと思います。家庭で料理をする機会もだんだん減ってきていますし、その分外食産業の競争は激しくなっていくでしょう。また気候変動や人口問題に起因する食料供給の課題、それに関連する原料の高騰など、食の供給と安全性確保は厳しい環境にあると思います。
私の役割は、これを技術で乗り越える挑戦をすることですね。逆境の中にあってもブレイクスルーをして、出来るだけ安価で優れた食をお届けするのが吉野家グループの役割だと思います。
吉野家ホールディングスはお客様目線、つまり「for the people」ですから、新たな加工技術や素材を探求していくべきです。これまで注目されてこなかった食材をおいしく食べられる方法や、植物由来の代替肉など、食品の技術は発展していますから、適宜取り入れながらお客様においしくて栄養価値のある食をお届けするのが吉野家のミッションだと思います。
――ありがとうございました。
株式会社吉野家ホールディングス
執行役員
グループ商品本部副本部長
素材開発部部長
辻 智子 氏
(プロフィール)
1979年 味の素株式会社入社
1988年 米国ロックフェラー大学博士研究員
1988年 米国ペンシルバニア州立大学博士研究員
1989年 財団法人相模中央化学研究所入所
1999年 株式会社ファンケル入社(2007年 取締役執行役員総合研究所長)
2008年 日本水産株式会社(現・ニッスイ)顧問(2009年 生活機能科学研究所長)
2015年より現職
早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門 部門長
矢澤一良 氏
(プロフィール)
1973年 株式会社ヤクルト本社・中央研究所入社、微生物生態研究室勤務
1986年 (財)相模中央化学研究所入所(主席研究員)
2000年 湘南予防医科学研究所 設立(主宰)
2002年 東京水産大学大学院(現東京海洋大学大学院) 水産学研究科 ヘルスフード科学(中島董一郎記念)寄附講座 (客員教授
2012年 東京海洋大学 特定事業「食の安全と機能(ヘルスフード科学)に関する研究」プロジェクト(特任教授)
2014年 早稲田大学ナノ理工学研究機構 規範科学総合研究所 ヘルスフード科学部門 研究院教授
2019年より現職