長く世の中を混乱に陥れたコロナ禍は図らずも、「自分の健康は自分で守る」というセルフメディケーション推進の機運を高めた。一方ではオーバードーズ問題に際してOTC医薬品の販売規制を求める声もあり、セルフメディケーションの推進には追い風と逆風が乱れ吹く。このほど日本OTC医薬品協会会長の杉本雅史氏(ロート製薬社長)にインタビューし、セルフメディケーションの未来と協会の方針について話を聞いた。(取材と文=八島 充)
――現状のセルフメディケーションの認識についてお教えください。
杉本 「自分の健康は自分で守る」、いわゆるセルフメディケーションの推進は当協会の活動の根幹ですが、残念ながらその概念が我が国に根付いているとは言い難いのが実情です。その理由は、1961年に制度化された国民皆保険という高次元のセイフティーネットにも一因があると考えています。
国民皆保険制度は、医療機関へのフリーアクセスが可能で、納得のいく診断を受けるまで、医療機関と担当医を変え続けることができます。費用の一部は国の保険で賄えるため、経済的な負担も最小限で済みます。
世界に誇るべきこの制度ですが、ややもすると、「健康はタダで(あるいは安価に)手に入る」と考えてしまい、「自分の健康は自分守る」という意識が希薄になりがちです。このことは、「日本の常識は世界の非常識」と言われる、最たる例ではないかと思います。
諸外国の医療費は総じて高額で、「健康を害すれば経済的に苦しくなる」ということを、生活者自身がしっかりと理解しています。その認識の差が、セルフケア・セルフメディケーションの定着の差となって、現れているのではないでしょうか。
――意識を変えるには何が必要なのでしょう?
杉本 我が国の医療費は右肩上がりを続けており、このままでは財政破綻を起こすと言われています。その警鐘は20年前から叫ばれてきましたが、一人一人が実感を持てずに、今日まできてしまいました。
今、その危機は目前に迫っています。何でもかんでも当たり前のように保険医療を受ける世界から、一歩抜け出す必要が生じています。そこで改めて、セルフメディケーションを意識していただきたいのです。
病気になる前、あるいは重篤化する前に、OTC医薬品を用いて早めに手当をすれば、辛い思いをせず、かつ経済的な負担も軽くて済みます。それが結果的に、国の財政を健全化に導き、有限の医療提供体制が維持されるのです。
昨今、人手不足の解消にAI技術の活用が注目されていますが、医療と介護だけは、AIで補いきれない領域と言われています。2040年には、医療の担い手不足が深刻化するという予測も、大きな懸念材料です。
医療を取り巻く環境が厳しさを増す中で、セルフメディケーション推進の機運は、徐々に盛り上がってきました。その意味では当協会にも、フォローの風が吹いていると感じます。
当協会を含む薬業界が創設に尽力してきたセルフメディケーション税制も、これから活用の度合いが高まり、生活者に一層のメリットを感じていただけるようになると信じています。
――昨年末のOTC医薬品の販売制度に関する議論が、セルフメディケーション推進に水を差しています。
杉本 医薬品販売制度の検討会が昨年末に発表した報告書の一部に、OTC医薬品の販売実態に見合わない内容が見られました。これについて当協会も、セルフメディケーション推進の機運を後退させかねないと危惧しているところです。
報告書では、オーバードーズ(市販薬の過剰摂取)の防止策として、「特定された6成分を含むOTC医薬品を、生活者の手の届かない場所に置くべき」とされていました。
現在市販されているOTC医薬品の中で、特定6成分を含む製品は約1500品目と、OTC全体の10%以上を占めます。その1500品目を、薬局やドラッグストアのバックヤードなどに移すとなれば、販売店の日々の負担が大きくなるのは明らかです。
また、オーバードーズの実態を調べていくと、売買に関わる場所や製品のブランドなども明らかになっていきます。当局などと情報を共有しながら、実態を特定して対応を図らなければ、問題の根本解決にはならないと考えます。
OTC医薬品を薬局やドラッグストアで購入しているほとんどの方は、セルフメディケーションの意義を理解し、添付文書を読み込み、正しい活用を実践している、ヘルスリテラシーの高い方たちだと思います。
対して、オーバードーズで問題ないなっている層は、全体のごく一部と想定されます。それを排除するために販売網に一律の網をかけるということは、「行き過ぎである」と言わざるを得ません。
――「行き過ぎ」の是正を政治に訴える必要もあります。
杉本 はい。1つは自民党内に結成された「セルフメディケーション推進議員連盟」との連携です。衆参合わせて約60人が名を連ねる同議連とは、密な情報交換を続けています。
先日も議連の総会に参加し、先の検討会の報告書が「行き過ぎだ」と意見を述べさせていただきました。議連の方々もこれに賛同していただき、「応援する」との言葉もいただきました。
結局、オーバードーズ問題の本質は、孤独や孤立、世代分断、将来不安などを背景にした社会の問題であり、何故このような社会になったのか、その原因を追究しなければ、解決はありません。
仮に薬局やドラッグストアで販売を規制しても、新たな方法で入手を企てると予想でき、根本が解決されない限り、この問題はイタチごっこになりかねない。時間はかかりますが、こうした議論を粘り強くしていくべきでしょう。
また今回の件では、日本チェーンドラッグストア協会(JACDS)とも共同歩調の関係にあります。すでにJACDSは、風邪薬の購入客にレジで声掛けして確認をとるなど対応をしています。店舗に勤務する薬剤師、登録販売者、その他スタッフが、OTC医薬品の適正使用に向けたゲートキーパーの役割を果たしており、今後もその役割に期待しています。
なお検討会の報告書は、医薬品分類を簡略化して生活者にわかりやくするという内容もあり、全てを否定するものではありません。ただ一点、オーバードーズ問題で販売に一律の網をかける規制について、先の議連やJACDSと一緒に、修正を呼びかけていきたいと考えています。
OTC医薬品の大容量品についても様々な意見がありますが、大容量品はファミリーユースに応える製品群であり、オーバードーズ問題だけに焦点を当てるのは見当違いです。これも実態調査をした上で、議論の俎上に載せるべきでしょう。
――様々な問題を解決する鍵が「ヘルスリテラシー」の向上であると思えます。
杉本 私もそう思います。先月の当協会の総会開催時にも発表しましたが、このほど協会のポータルサイトを刷新し、医薬品の適正使用を促す情報を強化しました。5月20にフェーズ I を公開し、追ってフェーズ II への取り組みを進めます。
フェーズ Ⅰ では、生活者が知りたい情報を網羅して既存サイトを再構築し、OTC医薬品の飲み合わせに関する情報や、セルフメディケーション税制、オーバードーズの啓発なども、スマホでも気軽に閲覧できる仕様としました。
社会人はもちろん、小中学校の「薬育」の副教材として活用していただける資材も公開しています。なおフェーズ II では、電子版お薬手帳で医療用医薬品とOTC医薬品をつなぐ情報も提供していく予定です。
【フェーズ I の内容】
●セルフメディケーションとは
●OTC医薬品(市販薬)の基礎知識
●自分にあったお薬をえらぼう おくすり検索機能
●OTC医薬品(市販薬)の正しい使い方
●症状別アドバイス(症状により会員企業各社提供の関連サイトへのリンクも役立つ情報として掲載)
●ピックアップ記事(関心の高いトピックに応じて選定 例:飲み合わせ・食べ合わせ、スポーツと薬、おくすり手帳を作ろう、オーバードーズとは)
関連記事:「【OTC薬協】生活者向けOTC医薬品情報提供サイトを刷新」(https://hoitto-hc.com/12701/)
――2015―2018年の在任を経て、2023年に再度会長に就任されました。4年間の環境変化をどう見ていましたか?
杉本 第一次会長職を降りてすぐコロナ禍となりましたが、この間にヘルスリテラシーはグッと高まったという実感はあります。
それを示す1つの事例として、生活者による市販の抗原検査キットの活用が挙げられます。市販の抗原検査キットの累計販売数量は約2年で4536万個、医療費に換算すると3400億円を超える規模になっています。
コロナ禍で世の中が混乱し、一時は医師も患者の受け入れを躊躇しました。そうした中で薬局やドラッグストアは「セルフチェック」の窓口となり、結果として感染症の予防あるいは発症後の早期対応を実現し、医療費の抑制にも貢献しました。
この間は当協会の加盟社も含め、フル稼働でキットの生産にあたり、流通を途切れさせないよう努めてきました。これには厚労省からも一定の評価をいただいており、今後は一般用検査薬などのセルフチェックに関する環境整備も整うものと期待しています。
セルフチェックの市場が拡大するか否かも、生活者のヘルスリテラシーの向上にかかっています。Hoitto!の読者もまずは、このほど刷新した協会のポータルサイトを訪ねていただき、正しい情報をもとに、自身のセルフメディケーション推進に、お役立ていただきたいと思います。
――ありがとうございました!